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WyvernCourier  作者: 市太郎
現地人との遭遇です
12/34

12 私、口先だけなんです。

 

 

 

 闇、闇、闇である。

 月が二つもあるので、背後にいるニレスさんやヘルートの顔を見ることはできる。

 右には秋火、左には屠竜が並び飛んでいるが、飛燕は一回り大きいこともあって互いに羽を広げると十数メートルは優に離れている。そのため騎乗者の顔まではっきりとは見えない。

 視線を転じて景色になると覚束なくなる。

 下を見れば、森だか林らしき木々が並び、平野だか草原、畑か何か、そしてまたもや木々が続く。

 途中、ぽつりぽつりと小さな村と思わしき集落も過ぎたが、灯りを落としていることもあり、気を付けていないと暗さで見落としてしまうほど小さく、たちまち通り過ぎてしまうので飛燕たちの速度が案外早いということにも気付く。

 前と左右を見ても目を引く高層な建物も灯りもなく、目を眇めてみたが地平線と大地の境はとても曖昧で、目立った凹凸は見あたらない。

 ローフさんが数刻で着くと言っていた街とやらは既に通り過ぎている。

 通過してきた村に比べればそこそこ大きな街だったようだが、数点の灯りが燈っているだけで逆に寂寥感が募ったような気分になった。

 体感的に三十分は過ぎていると思うのだが、つまるところ退屈なのである。

 ニレスさんと世間話をしようにも最近のドラマなどで会話が弾むはずもなく、ニレスさんの後ろにいるヘルートの空気読め的な眼差しもあって後ろを振り返る気にもならない。

 ニレスさんがかけてくれた風の加護とやらのお陰もあり、寒くはないしドライアイになる心配もなくありがたいのだが、つまるところ眠くなるのである。

 先ほど殺されそうになったとか、そんなことは重々承知であるのだが、緊張感を維持しなければと思う傍から船を漕いでいるのだ。

 幾度目か頭が落ちたとき、ハッと顔を上げて慌てて口元を拭う。これを何度も繰り返しているのだが、背中がほんのりと暖かい。

 不思議に思い振り返れば、ニレスさんの胸にすっぽりと背を預けて寝ていたらしい。美しい(かんばせ)が直ぐ目の前に! 涎の痕とか無いことを祈る! 化粧を落としてないが大丈夫か私の顔よ!

 慌てて背を正した私にクスリと笑いを漏らすニレスさん。美人は失笑も美しい。笑われているのは私だが。垣間見えた後ろのヘルートはあからさまに呆れ混じりの眼差しだった。ヘルートが言いたそうなことは大体見当付くが、眠くなるものは眠くなるのだから仕方ないではないかっ。というか、ニレスさん案外胸が硬かった。硬さに痛みを覚えたというわけではないが、服の下に皮の胸当てでもつけているのだろうか。

「すいません」

「別に構いませんよ。昼ならまだしも、代わり映えのない景色では眠くもなりましょう。普通は既に寝入っている時刻ですしね」

 宵っ張りなので普段でしたらまだ起きている時間だったりします。とはもちろん言わないが。

「この森を越えて平地が見えたらいったん休憩を入れましょうか。毒竜を携えているのでうっかり忘れがちですが、アナタは騎調士ではありませんし、長い時間を飛行し続けているのも大変でしょう」

 ある意味、膀胱が大変になりそうですが、まだ何とかなりそうです。

 平地に下りたら花を摘める場所があれば嬉しいのだが。お花摘みとか、自然が呼んでいるからとか、雪隠がとか通じるだろうか。トイレは通じなさそうだし、どう切り出そうかなどと思っていたら、ヘルートが厳しい声でニレスさんへ囁いた。

「ニレス様、翼魚(よくぎょ)が追ってきております」

 三人が割と至近距離にいるのと、風圧を感じない加護のお蔭か普通より小さな声でも聞こえてくる。

 今まで寝入っていた体の温かさと寝起きということもあってちょっとぼんやりしていたが、ヘルートの囁きでパッと浮かんだ漢字は飛ぶ魚。飛ぶ魚と言ったら当然トビウオである。小さな堅いパンを一つ食べたきりなのでお腹が空いているのだ。塩焼きでトビウオ食べたい。

 ニレスさんが背後を振り返ったのは至近距離なだけに直ぐに分かった。

 空にいるトビウオ、そんな思いで振り返った私の期待は裏切られたわけだが、誰に文句をつければいいのだろうか。ヘルートか。ヘルートにだな。八つ当たり対象はヘルートにしよう。

 まだ距離はありそうだが、月明かりに浮かぶ陰は大きい。

 一瞬、鳶かと思った。翼を広げたシルエットが鳥に見えたのだ。

 ただし、鳶にしては大きさが異様だと直ぐに思いなおす。

 翼魚という鳥の背に人が乗っているのが見えた。人と鳥との対比からして、翼魚とやらは人間を一人乗せられる大きさのようである。

 三人も乗せられるワイバーンに比べれば小さいのだろうが、私の知る鳥の範疇を越えている。ワイバーンとか祝術士という存在からして既に私の常識を覆されているわけだが、初心者なので小出しにして欲しい。

 一、二、と目に入るシルエットは十羽、それらが追い付け追い越せの勢いで近づいてきているのだ。

 渡り鳥のようにV字の編隊を組んで見えるので見落としがあるかもしれない。

 後ろのニレスさんとヘルートの様子が緊張していることもあり、不穏な雰囲気だと否が応でも感じてしまう。

「やつらも大概しつこい」

 ニレスさんが低く零す。

「あの……あれは?」

 厳しい眼差しで背後を振り返っていたニレスさんが私の問いに向き直る。

「……空賊です」

 ヘルートが息を飲んだように思えたのでそちらを見るが、背後を向いたままで表情が伺えない。

「空賊、ですか?」

「空賊です」

 キッパリと告げるニレスさんに押し切られているような気もするが、山賊もいたことだし、こうして空を飛べるペットもいれば空賊がいてもおかしくはないような気がする。

 一晩で二度も強盗に合う確率には首を傾げてしまうが、そんなに物騒な世界なのか。本当に、この先どうしたらいいのだろう。先を心配する前に、現状をどうにかしないとではあるのだが。

 ニレスさんは再び背後を振り返りヘルートに聞く。

「あれだけの翼魚だ。騎調士もいるだろう」

「毒竜の翼に翼魚が追い付くというのも怪しいです。風の祝術士がいると思って間違いないでしょう」

「何人いると思う」

「騎調士一人、風の祝術士が二人……いえ、三人。他の祝術士が四人に弓士二人かと」

「妥当な編成だな」

 打てば響くようなやり取りに口を挟む余裕も雰囲気もない。

 秋火と屠竜の方はと見れば、騎乗している連中も既に気付いているようで背後を気にしていた。

 改めて肩越しに振り返ると厳しい表情で考え込んでいるニレスさんの横顔がある。

「……タテシナ殿」

「はいっ」

 何かを決断したようにニレスさんが顔を上げた。

「毒竜をお借りしたい」

 お貸しするのは構わないがどうすればいいのだろうか。

「まず、一頭をぶつけもう一頭を援護へ回らせます」

 ぶつけるって、乗っている人は大丈夫なのだろうか。鞍も手綱もないのに?

 戸惑う私にニレスさんが微かに笑みを返してきた。

「大丈夫です。彼らはこういうときの為に鍛えられておりますし、ちょっとやそっとでは振り落とされたりはしません。それに風の加護がありますので、万が一落ちても死ぬことはありませんから大丈夫です。まぁ、風の加護はあちらも受けているでしょうから落ちても死ぬことはないでしょう」

 最後、忌々しそうな呟きだったが聞かなかったことにしよう。

「翼魚は本来そう賢くはありません。寧ろ獰猛で本能の部分が強いのですが、毒竜を襲うほどではないのです。騎調士を失えば統率は崩れ逃げ出すでしょう。騎調士を早く落とせれば楽ですが毒竜をぶつけようとすれば祝術士が間違いなく邪魔してきますので、もう一頭で援護もしくは撹乱を狙います。また向こうの祝術士にはローフが対抗します」

 分かるような分からないような。取り敢えず、ぎこちなく頷く。

「えっと、飛燕は参加しなくても大丈夫ですか?」

 数では空賊の方が上回っている。秋火と屠竜だけで間に合うのだろうか。いくら毒竜が強いとか凄いと言われても、できたら怪我をして欲しくはない。もちろん、騎乗しているみんなが誰一人欠けないでいて欲しいというのも本心だ。

 私の問いにニレスさんが困ったような笑みを浮かべ、不意に私の片手を取った。何をする! 美人にそんなことをされたら、こ、心の準備が!

「綺麗な手をしている。労働を知らない手ですよね。このような荒事は不慣れなのではないですか?」

 そっと手を離すニレスさんに、失敬な! 立派に働いていますから! と言う気はない。ニレスさんの言う労働が肉体労働の類だとは見当がつく。

 しかし、そういうニレスさんは結構手が荒れているのだなと。肌触りが硬いと思った。節くれだっているし、指も長いですね。本当にお嬢様なのか? と喉元を見るがクロークをしっかりと羽織っているので判断しかねる。

 実戦経験もあるのだろうか。物騒な場所だからニレスさんに限らず、こちらのご令嬢は武術の一つや二つは嗜んだりするのだろうか。実際、ニレスさんは祝術士でもあるわけだし。しかし、今はそんなことに気を取られている場合ではない。

「その……争いごととは無縁でしたが……手段があるのに何もせずただ襲われるだけなのも嫌ですし。飛燕たちが本気になれば逃げ切れるというわけでもないのですよね?」

 手の荒れ具合を見て胡散臭かろうが私の環境を思いやれる人だ。足手まといな私がいるのに、逃げ切れるなら最初から秋火をぶつけろとは言わないだろう。合気道でもしていれば良かったかもしれないが、武道とは無縁なので私自身は役に立たないけれど、頬を叩かれたら股間を蹴り上げるぐらいはしたいぞ? 実際にできるはずもないので本当に気持ちだけだがな!

「……いざとなれば覚悟していただけますか?」

「善処します」

 善処――なんて便利で良い言葉だろう。言われるとムカつくが、言うだけなら大好きな言葉だ。

 ニレスさんが麗しい笑みを浮かべる。

 ヘルートが片手を挙げ、ワロールさんとローフさんが手を挙げて応えた。

「秋火! 屠竜!」

 風を切る中、距離もあるのに声を張り上げる必要もなく二頭がこちらに顔を向ける。

 一つ頼むよワイバーン君たち。

 

 

 


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