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WyvernCourier  作者: 市太郎
現地人との遭遇です
10/34

10 私、ガーター派なんです。

 

 

 

 アナタ達の知らない世界から、とでも言えばせっかく歩み寄ってくれそうな雰囲気を台無しにしそうな気もする。

「大陸を越えた極東の島からです」

 かなり端折った上に勘違いを狙った回答だが、今はこれで良いだろう。いずれ機会が巡ったときに訂正すれば良いわけだし、嘘も方便である。

「そんな遠くから……どうりで、タテシナ殿は色々と……習慣が異なるようで」

 暗に物を知らぬと言われている気もするが、笑顔で誤魔化しておく。

「先ほど、両手を挙げたときも皆様驚かれたようで……何せ、大陸の習慣も作法も知らない不調法者なので教えて頂きたいのですが、どういった意味なのでしょうか?」

「あぁ……タテシナ殿の暮らしていた島では祝術がないのでしょうか」

「祝術という言葉もありませんでした。どういった意味ですか?」

 静かにどよめくご一行。マーセンさんに代わり、本職らしきローフさんが答えてくれた。

「祝術とは精霊へ捧げる祝詞を詠う、あるいは舞うことを言います。精霊の姿を見ることができ、精霊へ伝える祝詞という言語、精霊が喜ぶと言われる舞を修得した者が祝術士といいます。祝詞や舞はある程度修練すれば使うことも可能ですが、精霊は万人に見えるものではないので素質が問われるのです」

 ちょっとローフさんが得意気のようだ。

 ん? ということは、羽付きヤモリが見えた私も祝術とやらを学習すれば使えるようになるのだろうか。

 そう問いかけるとローフさんは小首を傾げて考える仕草を見せた。

 ……いや、呼んでないから。

『呼んだ?』とばかりに手首から顔を出してきたヤモリの頭を撫でて引っ込めさせる。

「タテシナ殿へ精霊が移ったこと自体が稀なのですが、契約した精霊は今まで見ることのできなかった第三者にも見えるようになったりもします。タテシナ殿に祝術士としての素質があるか、申し訳ないのですが今直ぐにはお答えできません」

 魔法使いっぽいことができたらちょっと私カッコイイって思っただけなので、そんなに恐縮してお詫びされるとこちらが申し訳ない気分になります。

「普通、祝術は祝詞を詠うことで精霊の力を借りるわけですが、流派によっては詠わずに舞によって力を借りる場合もあります。舞による祝術は少数なのですが……」

「つまり、私の動きがその……祝術を行っているように見えたというわけですね」

「お恥ずかしながら……タテシナ殿はご存知ないようですが、毒竜を従える者は本当に珍しいのです。三頭も毒竜がいれば軍力の弱い小国を容易く壊滅することも可能です。それだけタテシナ殿は我々には脅威に見えるということなのです」

 この巨体なので暴れたら人間なんぞはプチッとあの世行きだろうが、お馬鹿な秋火を見ているとそんな凄い存在なのだとは想像しづらい。自重するよう善処致します。

 先ほど、ニレスさんが諫めてくれたときも言っていたが、それだけ凄いワイバーンを後ろに侍らせていたら、祝術とやらをするよりも命令した方が確かに早い。一歩踏み出して首を伸ばせば届く距離なだけに。

 私にその気があれば簡単なのに、詠ったり舞ったりと手間をかけて祝術するなんぞ無駄だということか。今更だが納得。

「その、信じられないとは思うのですが、私も少々困っている状況で、皆さんとここで会えて助かったと思っています。こちらの習慣がさっぱり分からないのですが、皆さんに怪我をさせようと思っているわけではないとご理解頂ければ助かります……」

 まぁ、お互い様なのだろうけど。なにせ、さっき逃げていった連中が山賊だったという確証もないし。彼らの言い分を保証する、私の言い分を保証する第三者がいないのだから、お互い様子見しながら距離を測るしかないわけだ。

 無駄に彼らの神経を逆撫でないよう気を付けよう。

 そんなやり取りをしていると、ニレスさんが馬車から顔を出して手招いてきた。

 譲ってくれる洋服が揃ったようである。馬車へ向かうには連中を割って通り過ぎないといけないのだが、手刀を切ったらまた構えられるかもしれないのでヘコヘコ頭を下げつつ歩き出す。

「そこで待っていて」

 一緒に付いてこようとする飛燕の鼻先を押さえ、内心ビクビクとしながら馬車の中に入った。

 馬車に乗るのも初めてなのだが、イメージしていた物とはちょっと変わった作りになっていた。

 幌のついた荷馬車ではなく、人が乗るための天蓋付きな箱馬車なのだが、側面にあるドアより後ろが長い。

 見張りのようにヘルートがドアの傍で仁王立ちをし、ニレスさんが馬車の中から差し出してくれた手を借りてお邪魔した。

 中に入ると座席は前後で向かい合わせるのではなく、電車のように側面にあり、扉より後ろ側には荷物が置かれていた。

 子供なら楽に入れそうな横長なトランクボックスが三段重ねられ、一番上にある箱の蓋が開けられている。

 グララド王とやらに献上する荷物はこの箱ごとなのだろうか。私が両腕を目一杯広げて端を掴める大きさなのだが、ワイバーンにどうやって持たせれば良いだろうか。背中に積ませるか? 足で掴ませる方が楽か?

 そんな算段をつけている私にニレスさんが声をかけてきた。

「こちらの衣服にお着替えください」

 そう言って差し出された衣服なのだが、折り畳まれているとはいえ、ちょっとした高さがある。

 礼を言って受け取った衣服をいったん座席に置き、断りを入れてから背負ったままの鞄をそろそろと下ろした。さすがに私も学習したわけである。

「では、着替えが済むまで外でお待ちしておりますので」

「ま、待ってください!」

 ニレスさんが外へ出ようとするのを、クロークの裾を掴んで慌てて引き留めた。にわか学習なので成果が追い付いていないが、渡された衣服の量が多いのだ。

 動きを止められたニレスさんが驚いた表情で振り返ったので、更に慌てて裾を掴んでいた手を離す。

「着方が分からないので教えて下さい!」

「は?」

 戸惑った声を漏らしたニレスさんだが、私の服装を見て納得したのか小さく頷いた。

 重ねられた衣服を順に並べると八枚になった。

 動きやすいようにとお願いしたので、一つは布の厚さからもズボンなのだとは分かる。

 裾の短い物は股引(ももひき)的なアンダーなのだろうか。二枚もあるが重ね着か?

 一枚は皮のケープだから分かるが、残り四枚が悩む。多分、上に着る物だとは思うのだが、丈の短い物ほどインナーで良いと思って構わないだろうか?

「取り敢えず、着る順番を教えてもらえますか?」

 ジャケットを脱ぎ、シャツのボタンを外しながらニレスさんに問いかけたが返事がない。

 訝しく思ってニレスさんを見れば、視線を反らせていた。少し目が泳いでいる感じもするが、恥入る美人もなかなか乙である。

「ニレスさん?」

 既にシャツも脱いでしまい、スカートはそのままだが上はキャミとブラのみだ。安売りではないそこそこお高い上下揃いの下着である。見せる相手は未だいない私であるが、下着を集めるのが趣味なのだ。ほかに金の掛かる趣味はなく、もっぱら投資先は下着である。ちなみに、私はガーター派だ。ガーターこそ至高だ。異論があるなら作文用紙五枚に綴って提出して欲しい。

 別にニレスさんも一緒に脱いで、下着についてガールズトークをしましょうよ! と今はさすがに言う気もないが、美人にそう恥入られると自分がガサツ過ぎるのかと恥ずかしくなってしまう。ためらいなく脱ぐけどな!

 しかし、女同士だからと豪快に脱いだのがいけなかったか? イスラム圏よりも戒律が厳しいのだろうか。またもや失敗か? やることなすことタブーに触れていていい加減くたびれてくる。

 相変わらずニレスさんは私からさり気なく視線を反らしたままだったが、着る服を一つずつ手渡してくれた。

「失礼しました。まずは、こちらから羽織ってください。紐がありますので、解けない程度に結びます。次は、こちらを」

 一番下に着るインナーはブラの役割なのか、基本は薄い生地だが胸の膨らみ部分は布が重ねられていて少し厚く、着物のように前を合わせて胸の下を紐で結ぶ。

 次に言われたのが腰丈の薄いシャツでこれは被る。素材はどれも綿っぽい。次は股引だ。

 遠慮なくスカートを脱いだら思いっきり顔を背けられてしまった。今日のパンツは可愛いのだが見てもらえなくて残念だ。キャミは白のレース仕様だが、ブラ、パンツ、ガーターの三点セットで、桜色の生地に黒の刺繍と無駄にやる気溢れたエロ可愛い路線なのに。いつでも勝負へ挑めるのにっ! 挑む相手がいないけどっ!

 気を取り直して股引を穿く。ズロースと言えばいいのだろうか。これも生地が薄く太股程度の長さだ。更にもう一枚、膝丈の股引。そして生地の厚いズボン。全てウェストが余る作りになっているので、通されている紐を結んで落ちないようにするのが基本らしい。

 インナーといいアンダーといい数枚重ねなければならないとは、こちらの女性は大変そうである。

 次は厚手のボタン付きシャツ、ウールシャツのような手触りだ。

 そして毛糸でざっくりと編まれたチュニックを被り、皮のフード付きケープを羽織ってようやく着替えが済んだ。クロークは丈が長すぎるので却下となったらしい。ついでに靴のサイズも合わないのでパンプスのままである。

 正直、モコモコしすぎでモッサリ感が半端ない。しかし、先ほど飛燕に乗っていたときの寒さを思えば妥当ってところだろうか。

「お手数おかけしました。ありがとうございます」

 着替えを手伝ってもらったニレスさんに礼を告げると、呆れ混じりというかしみじみとした様子でニレスさんが教えてくれた。

「タテシナ殿はよほど良い環境で育ったのですね。この辺りでは伴侶以外の男性に女性が肌を見せることを良しとしておりません。先ほどのように足を見せた衣服ですと、無用な災いを呼ぶこととなりますので気をつけた方がよろしいでしょう」

「はぁ……すみません」

 私にとっては不可抗力だったのだが、ニレスさんが心配してくれての苦言なので大人しく頷く。

「以後気を付けます。こちらでは、女性の前でも着替えは控えるべきなのですか?」

 郷に入れば郷に従えというし、そういう風習なら知っておくべきかと思って問いかけてみると、一瞬呆けた様子のニレスさんだったが素っ気なく背を向けられてしまった。

「……ええ、そうです」

 何だろう。その微妙な間は。美人に冷たくされるのは寂しいのだが。

 肩を落としつつもニレスさんに続いて鞄を手に馬車を出る。入れ替わりにマーセンさんとワロールさんが馬車の中へ入っていった。献上する商品を運び出すのだろう。

 さっきも思ったが、トランクボックスをワイバーンへどうやって括り付けるのかと、ついでにニレスさんへ問いかけてみる。

「箱は全てここに捨てていきます。グララド王へ献上する品は重ばりませんので大丈夫ですよ」

 さっきの素っ気なさが嘘のような笑顔で答えてくれた。

 不法投棄と思わなくもないが、馬車を運ぶわけにもいかないし致し方ないのだろうが、豪華さはないがしっかりとした作りの馬車なので勿体ないなと思う。

 私と歳がそう変わりないように見えるニレスさんだが、一瞬機嫌が悪くなったりする様子から、私が想像しているより実際にはもう少し若くて気分にムラが出てしまうのかもしれない。アングロサクソン系は老けて見えるというし。

 ここは大人の余裕で流しておこう。

 しかし、実際には幾つなのだろうか。

 クエリさんは肌が黄色人種っぽいからそう外れなさそうだ。目が細いので冷めた雰囲気だが、見た感じ二十五から三十といった感じがする。

 マーセンさんは脂の乗った四十代前半で、ワロールさんは寡黙で渋さが滲んでいるように見えるから三十代後半。

 ヘルートには思うところがあるので精神的に未熟さが残る三十代前半。若造と言いたいところだが、二十代というにはちょっと顔が老けて見える。

 目が大きいリラバさんは一見二十代前半そうだが落ち着いた雰囲気からして二十代後半、ローフさんも落ち着いているから二十代後半ってとこだろうか。

 ニレスさんも見た目に比べて落ち着いているけど、他の人たちに比べれば若く見えるので二十代前半、と思わせて実は十代後半という説も捨てがたい。

 などと一人勝手に予想している私へ、ニレスさんと入れ替わりに近寄ってきたリラバさんが人懐っこい笑顔で夕食らしいものを分けてくれた。

 とっても肉厚でカッチカチなジャーキーである。釘が打てそうだ。イジメではないよ……ね? その甘い笑顔でイジメているわけではないよね?

 

 

 


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