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豊かな土壌

作者: はまゆう
掲載日:2026/02/21

その国は、ひどく清潔で、ひどく効率的だった。

「見てください。煙突から煙一つ出ない。わが国の火葬技術は世界一ですよ」

「死んだらセラミックの箱に入って、高層ビル型の納骨堂へ。これこそが文明だ」

 そんな潔癖な国に、隣国から大量の「移住者」が押し寄せた。

「……火葬は困る? 土に埋めろだと?」

 役人は顔をしかめた。

「不衛生だ。伝染病が流行ったらどうする。そもそも、死者のために明け渡す土地なんて一坪もないんだ。嫌なら帰りなさい」

 移住者の代表は、静かに首を振った。

「我々の体は、土に還ることで次の命への『贈り物』になるのです。どうか、あの不毛の荒野を貸してください。あそこなら誰の邪魔にもならない」

 議論の末、政府は妥協した。

「いいだろう。ただし、この『急速分解カプセル』に入れて埋めてもらう。一滴の汚水も漏らさないという条件だ」

 数年後。その「不毛の地」を見て、国民は目を疑った。

「なんだ、この森は……! 砂漠だったはずだろう?」

「信じられない。見たこともない大輪の花、蜜のように甘い果実。木材は鋼鉄より頑丈だ」

 調査に訪れた学者が、震える声で報告した。

「彼らの肉体には、故郷の未知の栄養素が凝縮されていたんです。それがカプセルで効率よく土に溶け出し……ここは今や、地球上で最も豊かな楽園です!」

 欲深い国民たちの態度は、一変した。

「土葬……いや『バイオ・リサイクル』こそ、エコロジーの最先端じゃないか!」

「火葬なんて資源の無駄だ。俺も死んだらあの森の一部になりたい」

「金なら出す! 特区に埋葬する権利を売ってくれ!」

 国は空前の繁栄を謳歌した。誰もがこの完璧な解決策を称賛した。

 だが、さらに数十年が過ぎたある夜。大地が激しく鳴動した。

「おい、見ろ! 木が……木が歩いているぞ!」

「馬鹿な、森が移動している! 国境へ向かっていく!」

 何万もの死者の記憶と遺伝子を吸い上げた木々は、一つの「意志」を持つ巨大な生命体へと進化していた。

「止めるんだ! それはわが国の財産だぞ!」

「無駄です! 奴らは自分たちが蓄えた命のエネルギーを、根に抱えたまま故郷へ帰ろうとしているんだ!」

 翌朝、そこには一粒の養分も残っていない「死の荒れ野」が広がるだけだった。

 清潔で、効率的で、そして何も育たなくなった空っぽの土地。

「飢え死にする……。もう、この国には土を耕す力すら残っていない……」

 絶望に沈む海岸に、光る「種子」が流れ着いた。添えられた手紙にはこうあった。

『親愛なる隣人へ。お礼に、私たちの故郷で生まれた「究極の植物」の種を贈ります。土がなくても、空気中の湿気だけで育ちます』

 国民は飛びついた。

「救世主だ! 彼らは恩を忘れていなかった!」

「美味い、この実は最高だ! 力がみなぎってくるぞ!」

 だが、半年後。

「……なあ、最近体が重くないか?」

「ああ。なんだか、怒るのも笑うのも面倒になってきた。ただ、日光を浴びていたいんだ」

 ある朝、公園のベンチで動かなくなった老人に、医者が駆け寄った。

「……おい、足を見ろ。靴を突き破って『根』が出ているぞ!」

「先生、こっちの若者もです! 皮膚が緑色に変わって……呼吸が、光合成に変わっている!」

 手紙の裏側には、小さな文字で追伸があった。

『この植物は、食べた者の意識を統合し、大地と一体化させます。もう争う必要はありません。あなたがたも、私たちと同じ「森」の一部になれるのです』

 数年後。

 そこには、ただ静まり返った広大な森が広がっていた。

 木々は一列に整然と並び、まるで都市計画のように美しい。

 風が吹くと、森全体から穏やかな溜息が漏れる。

「ああ……静かだ……」

「……動かなくていい……。これが、最高に効率的な……人生だ……」

 森の入り口には、かつての移住者たちが立てた看板が、新緑に埋もれながら立っていた。

「ここは、世界でもっとも豊かな、人間専用の植木鉢です」

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― 新着の感想 ―
めちゃくちゃ面白いですね。長編にしてもいけるくらい面白いのではと思いました。
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