豊かな土壌
その国は、ひどく清潔で、ひどく効率的だった。
「見てください。煙突から煙一つ出ない。わが国の火葬技術は世界一ですよ」
「死んだらセラミックの箱に入って、高層ビル型の納骨堂へ。これこそが文明だ」
そんな潔癖な国に、隣国から大量の「移住者」が押し寄せた。
「……火葬は困る? 土に埋めろだと?」
役人は顔をしかめた。
「不衛生だ。伝染病が流行ったらどうする。そもそも、死者のために明け渡す土地なんて一坪もないんだ。嫌なら帰りなさい」
移住者の代表は、静かに首を振った。
「我々の体は、土に還ることで次の命への『贈り物』になるのです。どうか、あの不毛の荒野を貸してください。あそこなら誰の邪魔にもならない」
議論の末、政府は妥協した。
「いいだろう。ただし、この『急速分解カプセル』に入れて埋めてもらう。一滴の汚水も漏らさないという条件だ」
数年後。その「不毛の地」を見て、国民は目を疑った。
「なんだ、この森は……! 砂漠だったはずだろう?」
「信じられない。見たこともない大輪の花、蜜のように甘い果実。木材は鋼鉄より頑丈だ」
調査に訪れた学者が、震える声で報告した。
「彼らの肉体には、故郷の未知の栄養素が凝縮されていたんです。それがカプセルで効率よく土に溶け出し……ここは今や、地球上で最も豊かな楽園です!」
欲深い国民たちの態度は、一変した。
「土葬……いや『バイオ・リサイクル』こそ、エコロジーの最先端じゃないか!」
「火葬なんて資源の無駄だ。俺も死んだらあの森の一部になりたい」
「金なら出す! 特区に埋葬する権利を売ってくれ!」
国は空前の繁栄を謳歌した。誰もがこの完璧な解決策を称賛した。
だが、さらに数十年が過ぎたある夜。大地が激しく鳴動した。
「おい、見ろ! 木が……木が歩いているぞ!」
「馬鹿な、森が移動している! 国境へ向かっていく!」
何万もの死者の記憶と遺伝子を吸い上げた木々は、一つの「意志」を持つ巨大な生命体へと進化していた。
「止めるんだ! それはわが国の財産だぞ!」
「無駄です! 奴らは自分たちが蓄えた命のエネルギーを、根に抱えたまま故郷へ帰ろうとしているんだ!」
翌朝、そこには一粒の養分も残っていない「死の荒れ野」が広がるだけだった。
清潔で、効率的で、そして何も育たなくなった空っぽの土地。
「飢え死にする……。もう、この国には土を耕す力すら残っていない……」
絶望に沈む海岸に、光る「種子」が流れ着いた。添えられた手紙にはこうあった。
『親愛なる隣人へ。お礼に、私たちの故郷で生まれた「究極の植物」の種を贈ります。土がなくても、空気中の湿気だけで育ちます』
国民は飛びついた。
「救世主だ! 彼らは恩を忘れていなかった!」
「美味い、この実は最高だ! 力がみなぎってくるぞ!」
だが、半年後。
「……なあ、最近体が重くないか?」
「ああ。なんだか、怒るのも笑うのも面倒になってきた。ただ、日光を浴びていたいんだ」
ある朝、公園のベンチで動かなくなった老人に、医者が駆け寄った。
「……おい、足を見ろ。靴を突き破って『根』が出ているぞ!」
「先生、こっちの若者もです! 皮膚が緑色に変わって……呼吸が、光合成に変わっている!」
手紙の裏側には、小さな文字で追伸があった。
『この植物は、食べた者の意識を統合し、大地と一体化させます。もう争う必要はありません。あなたがたも、私たちと同じ「森」の一部になれるのです』
数年後。
そこには、ただ静まり返った広大な森が広がっていた。
木々は一列に整然と並び、まるで都市計画のように美しい。
風が吹くと、森全体から穏やかな溜息が漏れる。
「ああ……静かだ……」
「……動かなくていい……。これが、最高に効率的な……人生だ……」
森の入り口には、かつての移住者たちが立てた看板が、新緑に埋もれながら立っていた。
「ここは、世界でもっとも豊かな、人間専用の植木鉢です」




