第5章 シグマ12の乗組員
オメガの青い光が完全に消え、ドリアンは完全ではない闇に包まれた。
この惑星には独自の夜の輝きがあった。岩を覆う地衣類が淡い緑色の光を放ち、まるで大地そのものが燐光を呼吸しているかのようだった。黒い樹皮の木々はその光を吸収し、弱い赤い脈動として返していた。まるで世界の皮膚の下を血管が脈打っているかのように。
ドリアンはクレーターの地面から突き出したシグマ12の船体の破片に腰を下ろした。
金属は冷たく、時間だけでなく“別の何か”によって腐食されていた。結晶化した有機物の層が装甲板に張り付き、まるでこの惑星がヘリオン技術を消化しようとして、歪んだ共生関係しか築けなかったかのようだった。
エイペックスの緑色の血の臭いが、蒸発した毒の金属的かつ化学的な匂いと混ざり合い、重く空気に残っていた。
ドリアンはゆっくりと呼吸し、スーツに最悪の成分を濾過させた。心臓の鼓動はもう荒れてはいなかったが、あの咆哮の記憶――神経を凍りつかせたあの“気配”――はまだ残っていた。頭蓋の付け根を見えない手で締め付けられているようだった。
「オメガ……」
声を抑え、囁くように言った。
「起きてるか?」
返答は外部投影なしに、直接脳内に届いた。夜の静寂を壊さないためだ。
『常に起動しています、閣下。低消費モード稼働中。何かご用件でしょうか』
「ただ……話したい。この場所は神経にくる」
短い沈黙。オメガがその感情を処理しているかのようだった。
『理解できます。あなたはこの惑星到着から半日も経たないうちに、エイペックス級存在と交戦しました。コルチゾール値は上昇していますが、許容範囲内です』
ドリアンはかすかに乾いた笑いを漏らした。
「コルチゾールじゃない、オメガ。
……あの咆哮だ。音だけじゃなかった。
惑星そのものが言ってるみたいだった。“お前はここに属していない”ってな」
再び沈黙。
『妥当な解釈です。咆哮時、低周波帯に弱いサイオニック成分を含む波動を検出しました。この生態系で進化した種族が、神経系に直接影響を与える威嚇・通信手段を獲得している可能性は否定できません』
ドリアンは傾いた金属にもたれ、紫色の空に散らばる見知らぬ星々を見上げた。
「じゃあ……この惑星は俺を嫌ってるのか?」
『惑星を擬人化するのは推奨しません、閣下。
ここは生態系です。あなたは外部から侵入した撹乱要因。
それに応じて反応しているだけです』
ドリアンは闇の中で微笑んだ。
「慰めになるよ」
しばらく沈黙が続いた。
夜風が遠くの音を運んでくる。湿った軋み音――何か巨大なものが森の中を動いているような。低い唸り――昆虫か、有機的な機械か。
咆哮はない。
惑星は……起きた出来事を“消化”しているようだった。
ドリアンの視線は再びシグマ12の残骸へ向かった。
船体は二つに分断され、船首はほぼ完全に埋没し、中央から後部はクレーターの壁に寄りかかる形で天然の避難所のようになっていた。内部照明はとっくに失われていたが、非常用パネルのいくつかが鈍い橙色の光を放っていた。
ドリアンは立ち上がり、戦闘後の関節の痛みを感じながら、破壊された入口へ向かった。
気密シールは何世紀も前に死んでおり、扉は壊れた口のように開いていた。
中へ入る。
内部は古い金属、焼けたオゾン、そして甘ったるい腐臭が混ざった匂いだった。
主通路は約二十度傾いており、壁に手をつきながら進まなければならなかった。
非常灯が不規則に明滅し、時が止まった光景を照らす。破壊されたコンソール、腸のように垂れ下がるケーブル、床に残る暗い染み――乾いた血か、惑星由来の体液か。
オメガがドリアンのスーツから柔らかな光を投射した。
『パッシブスキャン起動。表面の68%に生体残留物を検出。大半は既知の収集体と一致します』
ドリアンは艦橋に到達した。
座席は破壊され、いくつかは基部から引き裂かれていた。
メインスクリーンは割れていたが、副端末の一つがかろうじて電力を保持していた。
近づき、触れる。
弱い駆動音と共に画面が点灯した。
【アクセス制限 ― シグマ・プロトコル】
【認証が必要です】
ドリアンは掌をバイオメトリクスリーダーに置いた。
スーツが高位ヘリオン標準の遺伝署名をエミュレートする。
【アクセス承認 ― 臨時指揮官 ドリアン・アストラ】
【ようこそ、オフィサー】
古いシステムだったが、最低限の権限は認識した。
複数のフォルダが自動で開く。
最初は艦長ログ。
最後の映像ファイルを選択した。
映像は歪み、ノイズに覆われていた。
中年の男。引き裂かれたヘリオン制服、汗と乾いた血に覆われた顔。背後では艦橋が混乱に包まれ、赤い警報、走り回る士官、飛び散る火花。
「――任務187日目、シグマ12。
深部峡谷セクターにてアーティファクトの存在を確認。
エネルギー反応は……規格外だ。
ヘリオン、同盟種族、いずれの技術とも一致しない。
ゼノ考古学班は“帝国以前”、あるいは“ヘリオン以前”と推定している」
艦長はカメラを真っ直ぐ見た。
血走った目。
「深層スキャン起動以降、現地生物の行動が変化した。
単なる捕食者ではない。
……組織化されている。
パターンで攻撃し、何かを守っている。
地上班との通信は6時間前に途絶えた」
爆発。
艦が揺れ、艦長はコンソールに掴まる。
「炉心が破損。下部装甲を何かが貫通した。
通常の酸ではない……合金を有機物のように溶かしている。
もしこれを見つけた者がいるなら……
アーティファクトには触れるな。
回収を試みるな。
それはこの世界の一部だ。
それは――」
映像はノイズに飲み込まれた。
ドリアンはしばらく黒い画面を見つめていた。
「オメガ……ヘリオン中央に、シグマ12の記録は?」
『リアルタイムアクセス不可。ただし歴史プロトコルによれば、シグマ12は“深宇宙探査中に消失”と分類されています。生存者なし。原因は小惑星衝突または航行障害と推定されています』
「嘘だな……」
ドリアンは低く呟いた。
「隠蔽したんだ」
さらに奥へ進み、研究区画へ。
扉は封鎖されていたが、スーツの切断ツールで慎重に開いた。
内部はほぼ無傷だった。
破壊された冷凍コンテナ、散乱したサンプル。
そして中央、封鎖プラットフォームの上に――
それがあった。
断片。
人間の拳ほどの大きさ。
不規則な形状。
黒く虹色に輝く表面は光を吸収し、かすかな青い脈動として返していた。
周囲には爪痕と酸の痕跡。
生物たちが破壊を試み、失敗した痕だ。
オメガが即座にスキャンした。
『未知物質。除去されたエイペックスの中核と類似するエネルギー署名を確認。生体・技術的接続の可能性。警告:残留サイオニック放射を検出。直接接触は非推奨』
ドリアンは一歩近づいた。
断片は……鼓動しているようだった。
光ではなく、もっと深い何かで。
突如、精神に刺すような圧迫感。
痛みではない。
映像が閃く。
地下に広がる無限のトンネル。
有機的な氷の間で眠る、山より巨大な存在。
惑星全体を神経系のように繋ぐ黒い根のネットワーク。
ドリアンは後ずさり、息を荒げた。
「オメガ……見えたか?」
『視覚的には確認できません。ただし神経活動の急上昇を検出。サイオニック・インターフェースの試行と推測されます。対象は何らかの形で活性化しています』
「……これが奴らの目的だった」
ドリアンは呟いた。
「そして、死んだ理由だ」
長い時間、断片を見つめた。
破壊したい衝動。
理解したい衝動。
そして決断。
「触らない。
だが、この惑星に完全に回収させるわけにもいかない」
危険物用の密封コンテナを取り出し、磁場で浮遊させたまま断片を収容。
装甲区画に格納した。
『警告。複数の第一次接触および隔離プロトコルに違反しています』
「分かってる」
ドリアンは答えた。
「だが、この世界がこれと繋がってるなら……
ヘリオンは知るべきだ。俺経由でもな」




