〝調律者〟は例え神にも負けない
「は――ッ!」
目の前の巨体に向け、全力で拳を振るう。
対して、相手は愚鈍に体を震わせるのみ。
――ダンジョンに潜り始めて、すでに7日が経った。
あれから1日も外に出た日はないし、あとどこまでダンジョンが続いているのかはわからないけど、結構進むこともできた。
途中神様からのびっくりなお知らせもあったしね。
――眼下にたたずむ巨体に向けて、蹴りを放つ。
だけど、それもまた巨体を揺らすだけでダメージにはならない。
「強いっていうか...でかいなぁ、こいつ」
なんだろう。低身長な僕に喧嘩売ってるのかな? もしそうなら買うよ、その喧嘩。
もう二度と口をきけないレベルにまで凹してあげる。口、ないけど。
――さて、そんなことを考えていても得に攻略にはつながらない。
かなしいけど、僕のこの小さな体じゃそこまでの力を出すことができないのが現実だ。
レベルアップするごとに、筋力は上がる。だから肉弾戦で出すことのできる攻撃力も上がるというものだけど、それが通じるのはある程度人と同じような大きさの敵だけ。
巨人とか、そんな感じのサムシングには魔法的攻撃で応戦しないとダメージを与えることすらできないのだ。
故に、僕は魔力を練り上げる。
この一週間で、僕は魔力を扱うすべをマスターした。自分専用の魔法なんてものも何個か作り上げちゃったし、中二病が一回はあこがれる〝魔眼〟——いや、〝神眼〟なんてものも作り上げた。
さすがに〝神眼〟に関しては威力とかもろもろがやばすぎてそう簡単には使えないけど、ロマンある術ってことに変わりはない。それこそ、僕の〝調律者〟としての仕事が始まってから「くっ、この力はなるべく使いたくなかったんだけど――〝神眼〟」とか、そんなときに使おうかなと思っている。
かっこいいよね、ああいうシュチュエーション。男ならだれでも一回は経験したいと思うんじゃない? 知らんけど。
――そして、練り上げた魔力を右手に集める。
「――我、神と人との狭間に立つ者」
詠唱、それは魔法を行使する際に使うイメージの補助道具みたいなもの。
「我が名は清水彼方。理を結び、理を断つ」
だけど、普通の魔法ならここまで大業な詠唱など必要ない。
「天は裂けよ、地は鎮まれ」
僕のこの詠唱に本能的恐怖を感じたのか、無限にはなってくる触手をよけながらも、詠唱を続ける。
「秤を正すは、我が使命なり」
おっと危ない。ついつい触手に当たってしまうところだった。
だけど、避けるのもこれで終わりだ。
「僕の前に跪け――《天秤回帰》」
巨大な魔方陣が瞬き、僕の目の前に大きな天秤が現れる。
――裁定の天秤、とでも呼ぼうか。
それは、対象の〝罪〟、そしてこの世界における〝存在価値〟をはかりにかける。
〝罪〟と〝存在価値〟が釣り合う、または〝存在価値〟が上回れば対象に何か起きることはない。
けれど、もし〝罪〟が上回ってしまえば――対象はが誰であれ、ソレはもれなく消滅する。
これは、そんな僕専用の魔法——いや、〝権能〟だ。
〝現人神因子〟のおかげで権能が使えるようになるとは聞いていたけど、まさかここまで早く使えるようになるとは僕も想像していなかった。
いや、どっちかというと僕のダンジョン攻略速度がバカげていただけなんだろうけど、それでも予想外だもの。
―――そして、天秤がしっかりと〝罪〟に傾く。
「残念だったね、君はどうやらこの世界に必要ないと判断されたらしい」
天秤が光る。まばゆい光が瞬き――次の瞬間、僕の前から巨体は消え去った。
このダンジョンは、チュートリアルダンジョンだ。
初心者が、戦えるようになるためだけに作られたダンジョン。
――だからこそ、ほかのどのダンジョンよりも深くなっている。
ダンジョンとはそこに行けば行くほど敵が強くなるもので、その法則はもちろんこのダンジョンにも適応される。
僕はそこで、神様たちも驚愕する速度で最深層まで駆け抜けた。
途中で神様から連絡が入ってきたんだけど、どうやら僕がそこまで早く踏破するとは思わず途中で層を増設する羽目になったらしい。
「......行ける」
つい、口から零れ落ちる。
「......ふふ、ははは......っ。はははは!」
今の僕なら、神だって倒せるだろう。いや、僕を転移させたような神様たちは無理だろうけど、そうじゃなくてこの世界の下級神とか、そんな感じの神々を。あの神様たちはね?うん。世界を超えて干渉することのできる化け物みたいな方々だから。
いずれ僕もあれくらいの強さには至れるんだろうけど、今は無理だね、今は。
よくあるでしょ?魔王の背後に実は邪神がいましたみたいな物語。
今の僕なら、魔王もろともその邪神ごと滅ぼすことができる。
まあ、この世界の〝魔王〟に関してはあの神様たちが選んで管理してるんだから、そんなシュチュエーションありえないんだろうけど。邪神に関しても生まれた瞬間消されるらしいし。
だけど、それができるだけの力がある、というだけでもロマンだ。
「取り敢えず、いったんは修行終了かな」
ある程度の力は手に入れた。どうやら、神々の選んだ〝勇者〟——つまりは、僕の元クラスメートたちに手を出そうとしている奴らもいるらしい。
僕初めての第三勢力ムーブだ。今の勇者たちでは勝てない相手を、目の前で消す。
楽しみだな――と、そんなことを考えながら、僕は【転移】を発動させるのだった。
◆
「ねぇ!あの子勝っちゃったわよ!!私が創ったボスに簡単に勝っちゃったわよ!!」
―――あたりに人影以外は存在しない、真っ白な世界。
そこでまた、神々は彼方を鑑賞していた。
「お、おぉ...この短期間で自身の権限を理解し、〝権能〟としてはまだ使えないから魔法を介して使用......なんだ? あいつ化け物か??」
神々の予想では、彼方がここまで至るのに1年はかかるというものだった。
――しかし、彼方はその予想をいとも簡単に覆した。
ダンジョンに潜るということは常に〝死の危険〟が付きまとうというのが常識だというのに、彼方は一度も傷という傷などおっていない。ダンジョンに潜り始めて負ったけがといえば、ついうっかり強く蹴りすぎて足をねん挫したくらいだろうか。
――狡猾に、慎重に。
自身に与えられた唯一のスキル——【転移】と、そして自身の存在を認識できなくする【認識阻害】アビリティ付き眼鏡を使用し、自分がダメージを負うことないように立ち回る。
たとえ相手が自分より遅かろうとも、油断せずに【転移】を使ったヒットアンドアウェイ。これがもしゲームなら相手はどんなクソゲーだと叫びたくなるようなムーブを永遠と繰り返し、確実に経験値を会得する。
しかし、もちろん戦闘に痛みはつきものであり、それを理解している彼方は自身が負ける可能性なんてない魔物と正々堂々(?)拳で勝負。
―――それを繰り返し、彼方はすでに――レベルCまで至っていた。
「この世界の平均レベルってXXXとかそこらへんだったわよね?」
「あぁ、それ以上レベルを上げようと思ったら上位種に進化する以外はないな」
「成熟した〝魔王〟ですらレベルLだもの。今の彼方にゃ手も足も出ないんじゃない?」
神々が話を続ける。
「〝現人神因子〟だからレベル上限はないといえよぉ...これ、あと少しで俺らにも追いつくんじゃね?」
「それはさすがにないんじゃないかしら? 私たちに追いつこうと思ったらレベルという概念ごと消さなければいけないもの」
「さすがにそれにはまだ早いかぁ...いやそでれもあの世界の神くらいなら簡単に消せると思うけど」
「あの子...このままどうなっちゃうのかしらね」
神々が彼方を〝調律者〟に任命したのは、「なにこの子面白い。ちょっと調律者に任命してみよ☆ 下界で奪われるのは嫌だし〝神格〟も付与してっと」的な、まさに行き当たりばったりのテンションによるものだった。
故に、「まぁ強くならなくても面白いならいっかなあ~」程度に神々は考えていたのだが――結果はまさにこれ。
ただただ移動が楽になったら便利かなというテンションで創った【転移】スキルを自分たちでは思いつかないような方法で利用し、たったの一週間でその世界の神々を超えるだなんて、予想外も予想外だろう。
「まあ、一応これで修業はやめるみたいだし、これ以上化けるならまだ先ででしょうね」
「対魔物だからこそ躊躇なく殺せてたのもあるだろうし、相手が人間となったらどうなるか、だな」
「あの子だったら相手が人間でも邪魔なら普通に消しそうな雰囲気はあるんだけど...」
「さ、さすがにな? 一応元人間だろ??」
「たしかレベルCLになったら種族選定が始まるのよね」
「今あいつの種族〝未定〟だしな...もうちょっとなにかあるだろうよ。まだ人間のままとか」
「めんどくさかったんだもの。別にいいでしょう? そんな些細な問題」
「いや、別にいいんだけどよ...」
もし彼方が最初勇者グループから離れていなかったら、種族でまた問題になっていたのだろう。しかし、当然ながらそんなことを神々が考えているはずない。
問題になったのなら問題になったで、それを見るのもまた面白いと考えるのがこの神々だ。
――そうして、神々はまた彼方の鑑賞に戻るのだった。
なお、またすぐにチュートリアルダンジョンに新たな階層を作らされるようになるのは別の話である。
あとがき――――
キャンプ中
夜空を眺めながら執筆しました
いやはやまったく、台風にさらされながらの執筆は困難を極めましたよ()




