〝調律者〟は食欲には逆らえない
――戦法が決まってからというもの、初めての戦闘は最も簡単に進んだ。
相手に一撃を与え、その後【転移】で後ろに移動する。
そしてさらにまた一撃を与え――を繰り返す、ヒットアンドアウェイ戦法、完成だ。
ここで役立ったのが、僕の【転移】は何かエネルギー的なサムシングを消費するわけでもなく、ただただ無限に使うことができるというもの。
神様は言っていた。
僕はいずれ世界に干渉する力――〝権能〟を使えるようになると。
力を消費せず術を行使するなんて、そんなのゲームじゃ絶対にあり得ないし――もしかしたら、この【転移】もすでに〝権能〟のような行為の術に足を踏み入れているのかもしれない。
そんなことを考えながら――――飛んでくるウサギを【転移】で避け、横っ腹に蹴りを与える。
すでに何度も繰り返しているおかげで、なかなかにいい一撃が入った。
「グギャ?!」
うん。控えめに言って、虚無。
さっきから何回も攻撃してるしそりゃ良い一撃だって出しやすくなるよ。
ゲームでいうクリティカル攻撃をかれこれ100回以上は与えてるのに相手は倒れる気配もない。何これ、クソゲーかな?
この世界に関しては他の転移者――〝勇者〟たちよりも詳しい自信はあるけど、それでもさ、僕、この世界初心者なんだよ。
もうもちょっとこう、ほら。
最初のスライムとか、ステータス説明おじさんとか、出すタイミングあるじゃん。
そもそも転移した僕が悪いことは理解してるんだけど、それでもいきなり放置プレイは人道的にどうなのよ。人じゃないけど。
――とまぁ、そんなふうにぼやいていると。
かれこれ1000回以上は攻撃したかな? とにかく、ようやく推定ホーンラビットくんを討伐することができた。
「やっとかぁ…」
僕のレベルはI。詳しいステータス表記はないけれど、最低でも攻撃力は1ってことになるだろう。
その状態で攻撃を1000回以上――つまり、今のウサギくんのHPは最低でも1000以上ということになる。
この世界にクリティカル判定があるのかわからないけど、僕結構クリティカルっぽい攻撃連発してたからね? それで1000回以上ってなかなかに終わってると思う。
もっとこう、初心者に優しい世界づくりにしよ? それじゃあみててつまらないのかもしれないけど。
「…さて、それじゃあ次はどうしようかな」
休みなしに攻撃していたせいで、少しお腹が空いてきた。
目の前には――多分ウサギなホーンラビットの死体。
…死にたてほやほや。まだ腐ってはいない。
…食べる?いや、これ食べれるのかな?? どうなんだろう。
毒攻撃とかをしてくることはなかったから毒があるわけじゃないと思うけど、食べても大丈夫なのかな。
「迷ったら行動、僕の好きなキャラクターもそうしてたし…いざ、実食と行こうかな」
火をつけるための道具は…あ、そう言えばこの世界には〝魔法〟があるらしいし、それを使ってみようかな。
確か、〝魔法〟を使う方法は〝そこに在る〟と強くイメージすること。
ウサギの死体を持ち上げ、軽く地面が発火しているイメージを固める。
…ついた。
特に木のような可燃物を置いているわけでもないのに、洞窟の石の床をメラメラと燃える炎に、ウサギの死体を掲げる。
〝魔法〟、割と簡単だったな。これも神様パワーのおかげなのかな。
このイメージだけで世界に自分を押し付ける荒技を果たして〝魔法〟と言っていいのかはわからないけど、とりあえず便宜上そう呼ぶとしよう。
〝魔法〟を使ってみた感じ、僕の体から何かが抜けていく感じがした。
多分、これが魔力というやつなんだろう。後少しこの感覚を体験すれば、多分僕は魔力のコントロールというものをできるようになる気がする。あくまで気がするだけど、多分これは絶対だ。
そもそも、僕たちがこの世界に転移するときに神様が使ったのは列記とした〝魔法〟であり、一度僕は膨大な魔力というものを浴びていることになる。
多分、そのおかげで体が魔力に対して敏感になっているのか、多少の力の流れでも感じ取ることが容易になっているのだ。
果たしてこれが僕のみなのか、それとも他の〝勇者〟たちにも適応されているのかはわからないけど、うまくこれを利用すれば結構な速さで強くなれる気がする。
いつこの状態が終わるかはわからない。転移してきたばかりの、今日が勝負だ。
…だけど、まぁ。
せっかく目の前から美味しそうな匂いが漂ってきたんだ。
今は、お肉にかぶりつくとしよう。
初めて食べた異世界のお肉は、地球で食べたどんなご飯よりも美味しく感じた――
◆
「うん、美味しかった」
お肉の油でベタついた手を軽く払い、〝魔法〟でホーンラビットの骨を燃やす。
さっきから何度か試しているおかげか、〝魔法〟は割と使いこなせてきたと思う。
うわっ、臭い。
生々しい匂いというかなんというか、なんか腐った卵みたいな匂いがする。
食べた後の骨って燃やしたら変なにおいするんだ。昔のお葬式とか地獄だったんじゃない? 知らんけど。
――と、そんなことを考えながら立ち上がる。
「うーん、これからどうしようか」
魔力的には、まだまだ余裕がある。
けだるさというかそんなものも感じてないし、なにより今も現在進行形で回復して言ってるから。多分、さっき倒した魔物——ホーンラビット(僕命名)を食べたから回復が始まったのかな?ゲームみたいに何かを食べるか睡眠、それで回復するんじゃないかなとボクは睨んでいる。
あと、そこに付け加えるなら、感覚的には最初よりも今のほうが魔力総量が増えている気もする。こう、なんか感覚的にわかるんだよね。コントロールはマスターできてないけど認識だけはできるイメージ。
よくラノベとかでは魔法を使うほど魔力量が増えるっていうけど、どうやらこの世界でもそれは適応されるらしい。神様たち、グッジョブ。
ということで、とにかく僕はまだ戦えるわけだ。お腹もいっぱい。体力も回復したしね。
「さっきのホーンラビット、なかなかにおいしかったし他の魔物もたぶんおいしいと思うんだよね」
確か、地球でウサギ肉は普通に食べられてた気がする。
ゲームでもウサギ肉は定番食材だったし、この世界にも適応されているんだろう。
だったら、もっと他にも美味しい獲物がいるんじゃないかなって。
何か一つのRPGを基にこの世界を作ったわけではなくて、いろんなRPGをごっちゃまぜにしたらしいし、もしかしたら僕の強さが届けばドラゴン肉とかも食べれるんじゃないかな。うーん、楽しみ。
おいしいものを食べるためにも、今はレベルを上げないとね。
さっきのウサギ一体では特にレベルが上がることはなかったし、このダンジョンがチュートリアルダンジョンということはほとんど確定というもの。
僕の攻撃力が低いのか1000回以上攻撃しないと倒せないことはわかっているけど、攻略法についても問題なく使うことができる。
さぁ、初めてのダンジョン探索、楽しもうか。
――そんなことを考えながら、僕は適当に進むのであった。
◆
「あら? 彼方君、どうやらダンジョン探索始めたらしいわよ」
―――白以外、何もない空間。
そこに、今もなお神は集まっていた。
「お、どこのダンジョン? 俺が創ったダンジョンならボスあいつにけしかけてレベルアップさせることもできるけど」
「バカ、やめなさいよ。そんなことしたらあの子死ぬわよ?」
「いや、あれで死ぬくらいならただただ弱かったってだけだろ。世界には戻れないにしろ生き返れるんだし問題ねぇって」
「そこに〝神になって〟、という装飾が付きますけどね」
彼らが話すのは、やはり彼らお気に入りの彼方について。
神々にとって世界を眺める以外の娯楽はないに等しい。〝勇魔戦争〟に関しては、まだ〝勇者〟と〝魔王〟を転移させたばかりで何の進展もないため、彼方を眺めることは彼らの唯一の娯楽となりつつあった。
「――お、ホーンラビット倒したな!」
「たしかあのダンジョンに出てくる魔物、どれもHPがバカみたいに高いし対して経験値ももらえないやつじゃなかったか?」
「あぁ、あれ俺が創ったチュートリアルダンジョンの一つだな。その代わりどの魔物も美味いし食ったら魔力回復兼魔力総量増加効果付きだぞ」
「...彼方、それ知らないんですよね?」
「というか俺らあったことないし...」
まるで思春期の子供のお泊り会や修学旅行のように騒ぐ神々。
「...彼方、見事にホーンラビット強化種を食べてますね」
「...あいつ、魔法教わってないのに火起こしてやがる」
「...え、こわ」
「しかもあいつ自分の魔力総量の増加にも気づいてるんだけど...」
「「「え、こわ」」」
くしくも、神の内心が一致した数少ない時であった。




