〝異世界勇者〟は世界に抗えない
「さて、おぬしらに集まってもらったのには一つの理由がある」
彼ら学生がこの世界に転移してきて、かれこれ数週間がたった。
これまで彼方以外の彼ら転移者がしていたことといえば、自身の〝固有スキル〟の研究、そしてこの世界についての座学のみ。
神々が危機しているように、この王国の周辺諸国は戦争を起こしそうな怪しい動きをしている。
王、そして騎士団長――剣聖としては、〝魔王〟との戦い以外に〝勇者〟を使いたくないと考えているのだが、いかんせん他国は〝賢者〟などの有用な因子所持者を戦争に起用してくる可能性が高く、最悪の場合は〝勇者〟たちに戦争に出てもらうことも考えている。
―――しかし、〝勇者〟たち本人がそれを知る余地はない。
それでなくとも異世界転移という状況に困惑しているというのに、そんな彼らにすぐさま「戦争に出てくれ」言うのはさすがにひどいとこの国のものは理解しているから。
異世界から人を召喚するなんていう所業をやってのけるほどには切羽詰まった状況だが、それでも〝召喚の被害者〟ともいえる彼らにそれを言わないくらいの良識は持ち得ているのだ。
直前になって言うのでもそれは遅いと断言できるが、それで断られてしまったらそれでこの国はおしまい。そう、この国の上層部は割り切ってしまっているのである。
結城をはじめとした転移者たちが、王を見つめる。
かれこれ最近は毎日顔を見合わせていたため、そこに緊張はない。
―――我が言いたいことを言ったら、荒れるんだろうなぁ。
王は、まるで自分のことではないかのように思いながら――言った。
「そなたらには、本日より武術の訓練を受けてもらうことになった。講師は〝剣聖因子〟の騎士団長、アドルフだ」
「1週間ぶりだな。今日からお前らを訓練することになった、アドルフだ」
いきなりの訓練の決定に、群衆がざわめく。
「無理だ!」「戦争なんて俺は行かないぞ!」「まだ学生なのにどうして!!」
さまざまな声が、この部屋に響く。
しかし、アドルフはそれを一瞥し、続けた。
「訓練に――戦争に参加したくないと言うのなら、それでもいい。後方支援として動いてもうこともできる。しかし――」
それなら、とアドルフを見つめる群衆を見つめ、一拍おき、続ける。
「――戦場で一番死亡率の高い役職は、後方支援班だ。どうしてかわかるか?」
――おそらく、結城たちは予想することができなかったのだろう。
実際に、地球で起きていた戦争に関しては後方支援班の死亡率が一番高い、なんてことはないのだから。
しかし、ここは異世界。彼らが選択した〝固有スキル〟のように、地球でいう〝神秘〟の力が当然として扱われる世界だ。
「お前らの世界には、私たちの世界のように〝スキル〟や〝魔法〟といった力がなかったのだと聞いた。それなら、わからないのも当然なのだろう」
アドルフは語る。この世界特有の力について。
〝魔法〟―――それは、この世界の〝理〟を一時的に変質させ、〝そこにあるはずのないもの〟を出現させる力。
例えそれが概念であれど、術者の技量次第でいくらでも書き換えることができる。
魔力を消費して使用するが、魔力は使用すればするほど総量が増えるため戦争などでは魔力量の多い人が多い。
〝スキル〟―――それは、自身の極めた〝ソレ〟をさらに強化する力。
例えソレが誰であれ、世界に認められるほど極めたのならば、誰でも取得することができる。
魔力を消費するわけではないが、体力を消費する。
この世界の住人からすると、おそらく必殺技のような立ち位置だろう。
そして、〝固有スキル〟―――それは、神々が目をつけた人物に与える、まさに神のような力を持った〝スキル〟。
流石に神の〝権能〟と比べると手も足も出ないほどには劣化しているが、それでも人の身で軽い天変地異を起こすことを可能とする、強力な力だ。
普通の〝スキル〟とは違い、努力したところで極めたところで手に入ることはないが、所有している〝因子〟が特別な場合は持っていることが多い。
もちろん、普通の〝スキル〟よりも多くの体力を消費する。
ちなみに、彼方本人は気づいていないのだが、彼が最初から持っていた【転移】は〝固有スキル〟に分類される。
あれは例えこの世界でなくとも神々の住む〝神界〟や、異世界に転移することさえ可能とするのだ。
〝現人神因子〟唯一の〝固有スキル〟であり、いくら使っても何も消費しないという破格の性能を誇る。
「――さて、ここまで聞けばわかる人も出てくるだろう。こんな力がある世界で、特に力を持たない人間が狙われないわけがなかろう? この世界の力を使えば、例えそれがいくら距離が離れていようと、いくらでも攻撃することができるのだ」
顔を青ざめる転移者たち。まだ、学生の身分の彼らには重い現実が、次々とのしかかる。
「これを聞いて、少しでも訓練したいと思った奴はついて来い。少なくとも――この国最強格の兵士には鍛え上げてやろう」
――ウジウジしてはいられない。
そう思ったのか、彼ら転移者はアドルフについて行くのだった――
◆
「なぁ、結城。俺ら、無事に俺らの世界に変えれるのかな」
「...どう、なんだろうな。この世界にこれたんだから変える方法がない、とは思わないけど...もしあの白い空間で出会ったのが本物の〝神〟なら――俺らは帰れない可能性のほうが高いんだろうな」
アドルフについて訓練に向かう、その途中。
クラスの中心人物結城と、クラスでムードメーカーを担っている佐藤は、二人話していた。
「ど、どうしてなんだ?〝魔王〟を倒したら...神様に世界に返してもらうことだって――」
「――そもそも、根本的に俺らの認識は間違えているかもしれないんだ」
結城は思う。
――果たして、本当に〝魔王〟を倒すことだけが神の望みなのか、と。
結城は、彼方が「彼、主人公補正でも持ってるんじゃない?」と言うレベルで勘がいい。いや、勘以外にも、さまざまなところでその〝主人公補正〟の効果を発揮する。
――根拠のない、何もヒントもない状態でもいきなり思いつく妙案。
――少し考えただけで、確信は持てなくとも物語の本質に辿り着くことのできる勘。
――やけにトラブルに巻き込まれるその体質。
これ以外にもさまざまな事柄が結城の周りではおき、それを全て結城は解決してしまうのだ。
――そして今、結城はその〝主人公補正〟を最大限に稼働させている。
「俺らをこの世界に送ったのが、本当に神様だったと仮定しよう」
「あ、あぁ」
「それじゃあ――おかしいと思わないか?」
――神、と言うのは全て人では抗えないほどの圧倒的な力を有しているはずだ。
少なくとも、この一つの世界に縛られている〝魔王〟など、簡単に滅ぼすことができるのではないか、と。
「…少なくとも、俺らを〝勇者〟にすることができたんだ。なら、神様が〝魔王〟を倒せないとは思えない」
「たし…かに?」
「じゃあ…神様が俺らをこの世界に連れてきたのには何か意味があると思うんだ」
「別の目的…だけど、何も言われてないぞ?」
結城は唸る。考えるが、真相には辿り着けないから。
実際に、結城のその考えは合っている。
神が求めるのは〝娯楽〟であり、〝魔王〟との戦いの間に生まれる〝人間ドラマ〟。
〝魔王〟を生み出したのだって、〝勇者〟を生み出したのだって神々自身なのだ。
自身で生み出した存在を滅ぼせないなど、ありえないのだから。
今はこの世界に彼方という〝調律者〟――遊戯の調整役がいるが、もし神の気にいる人材がおらず、この世界を鑑賞してて面白くなかったら――実際に神々はこの世界をリセットしていただろう。
そこに慈悲など存在しないし、あるのは神の不満だけだ。
「俺らは…どうすればいいんだ?」
結城も、果たして神々がそこまでの性格をしているとは思わなかっただろう。
地球では神は清らかな、人類の味方だと信じられている。
そんな世界で生きてきた人間が、例え〝主人公補正〟を持っていたとしても、実際の神々が娯楽のために世界を生み出し、人類と魔族に戦争させ、そのドラマを目的にするとは思い付くことは不可能に等しい。
「ま、まぁ。結城のことだしある程度はあっているんだろうけどよ、今はとにかく〝魔王〟を倒すことだけ考えようぜ。それらが俺らの最優先目標なんだからよ」
「そう…だな」
話終わったところで、ちょうど訓練場に着いた。
彼らは初めての訓練に緊張で震えるのだった。




