〝調律者〟はロールプレイから逃げれない
地味なジーパンに黒いパーカー。
何年も散髪に行っていないせいで長くなった髪を後ろでまとめ、低身長なりになんとか背を高く見せようと厚底の靴を履いている。
なぜか制服制度のない学校なので常にジーパンと黒いパーカーを着用している。
それが、いつも僕が学校でしている格好である。
さて、そんな目立たない地味な格好をしているつもりだったのだけど、どうやら異世界でこの格好はだいぶ目立つようで―――
「謇九r謖吶£縺ヲ縺昴?蝣エ縺ォ蟇昴%繧阪′繧鯉シ!」
「あはは、ちょっと何言ってるかわからないかなーって」
―――どうしてか、槍を突き付けられていた。
あれから、神様のお願い――僕が〝調律者〟となり、勇者と魔王陣営の戦力を常に一定にする――を聞き届け、この世界に送ってもらったわけなんだけど。
――言葉、聞き取れないなぁ。
どうやらここは日本のゲームをもとに創られた世界のようで、神々が娯楽として鑑賞してる世界なんだとか。
勇者と魔王を適当な世界から転移させてきて、それらを戦わせて遊ぶとかいう超絶趣味の悪い遊びを神々はしているわけなんだけど、僕はそれの調整役に選ばれたわけだ。
けど、生半可な実力じゃ勇者陣営魔王陣営ともに調整することはできないため、一応成長限界をなくすという〝現人神因子〟と〝調停者〟という特別なジョブ、あと〝神格〟なんかを植え付けてもらっている。
〝神格〟に関してはいらないのでは?と思ったけれど、神様たちはどうしてか僕に独占欲というかそんな感じのサムシングを抱いているようで、マーキング的な意味合いで植え付けてきたとかなんとか。
まぁ、そのおかげで神様特権みたいな力も扱えるようにはなっているらしいけど、平和な日本でぬくぬくとラノベを読みながら生きてきた僕からすると正直実感がない。
そんなことより早くレベルアップしてみたいかな、とか思っちゃってるしまいだし。
しかしまぁ、そのレベルアップどころか外に出ること自体が難しそうな現状なんだけど。
「譌ゥ縺上@縺ェ縺?→縲∝絢縺吶◇?!」
―――ッスーーー、うん。
何を言ってるか全くわからない。
まあ考えれば当たり前か。違う世界の言葉なんてわかるはずないよね?
神様、自動翻訳機能とか付けてくれればよかったのに。
とまぁ、そんなことを考えても結局何も始まらないわけで、取り敢えず無害だよアピールとして両手を上げる。
それにしても――と、あたりを見渡す。
周りにいるのはたぶんこの国の兵士さんたちと、僕の元クラスメートたち31人。
クラスメートたちは結構な数がいるのに全員僕のことを見て首をかしげてるし、兵士さんたちは妙に焦った顔をしながら僕にやりを向けている。
ええ、なんで?僕なにもしてないよ?
何かあったことといえば...クラスメートたちと少し遅れてこの場所に出現したくらい。そのせいかな?そのせいか。知らんけど。
何かこの状況を脱する方法はないかなーと頭を働かせるも、ラノベに染まり切ったこの頭じゃ自殺かこの兵士さんたちをみんな倒すくらいしか思いつかない。
うーん、これが日本人の弊害。何をしようにもすぐにネガティブな方向に思考が言ってしまう。
しかしそんな悩みもつかの間――
《――ごめん!自動翻訳スキル渡すの忘れてたわ!今渡したからその状況何とかしていてくれるかしら。神様ネットワークで炎上してるのよ》
あの女神さまの声が頭に響き、どうやら翻訳スキルとやらを僕に授けてくれたようで――
「さっさと言え!お前は何者だ!!」
――さっきまでは何を言っているかわからないギャーギャーわめいているだけだった兵士さんたちの声が聞こえるようになっていた。
それで、この状況を何とかしろ、かぁ...
何者か、と問われてるし〝調律者〟だよ、と答えてもいいけど、それじゃあ信じてくれるとは思わないし逆に殺されるかもしれない。
この中で誰よりも伸びしろがある...というか成長限界がない僕だけど、スタート地点はみんなよりも下。運動せずに小説漫画読み漁ってた僕の身体能力の低さをなめてはいけない。
だったら、なんとかこの場で僕のことを納得させるようなことを言わなきゃいけないんだろうけど――
「――何者か?僕を見てもそれが理解できぬキミたちにそれを告げる価値はないかな」
うん、なんでだろう。口がこう、勝手にね?
どうやら僕のロールプレイスイッチが入ってしまったようで、兵士さんたちみんなを敵に回すようなことを言ってしまった。後悔はしていない。
とにかく、ここから逃げ出すために手を考えなければ。
神様が言うには、声の大きさは関係なく「ステータス」と唱えれば自分の情報が見えるんだとか。
スキルとか、それがわかれば何とかこの場面を脱出できるかもしれないしやってみようかな。
「ステータス」
そうつぶやいた瞬間、視界にホログラムの板のようなものが現れる。
――――――――――
名前: 清水 彼方
種族: 未定
年齢: 16
レベル: I
因子: 現人神
職業: 調律者
スキル: 自動翻訳 転移
権能: レベル不足です。解放されていません。
――――――――――
...なるほど?とにかく転移使えば何とかなるかな。
まあ発動条件とかもわからないんだけどステータスみたいに呟けば行使できるのかな?
よくわからないけど――とにかく。
「それじゃあ、キミたちのレベルもたかが知れてると分かったし――【転移】」
にやりと笑いながらそう唱えた瞬間、ふわりとした感覚が僕を襲うのだった――
◆
「あいつ...なんだったんだ?」
あとから現れた彼方。それを見ていたクラスメートたちはみな同じ違和感を抱えていた。
――あいつって、あんなこと言うキャラだったっけ?
地球での彼方は他人に何か言われるのを嫌い、表立って何か発言するのを避けていた。
小中ともにその性格のせいでいじめられていたも同然なのだから、それは当然と言えるだろう。
問題の、彼方の性格。
それは――世界を物語としてしか見ていないというもの。
自分の死に方には意味を持たせたいと願うし、他人のことをキャラクターとしか見ない。
逆に言えば、その性格のおかげで何があってもそれを〝イベント〟ととらえ、「怒らない」ということはあるのだが...それも、果たして良いことといえるかはわからない。
面白いと思えば身の振り考えず突っ込むし、テンションが上がればいきなり自分の理想とするキャラクターのロールプレイを始めてしまう。
今日、この日まではこの問題行動を彼方が実行することはなかった。
つまり、高校のクラスメートたちがでこの状態の彼方を見るのは初めてといえるだろう。
故に――クラスメートたちは、あの彼方を見てなにもできなかったのだ。
「あいつって...あんなこと言うだな」
「というかいきなり消えなかったか?」
「ま、まあ。いても空気みたいなやつだったし消えて正解なんじゃないか?」
「そ、そうだよ!あいつなんかいなかったって特に問題ないって!」
彼方から感じた異質な雰囲気。それは埋め込まれた〝因子〟故ともいえるのだが、それにおびえたクラスメートたちは何とか話を変えようとする。
だが――この時、彼方について話し合っておけばあんなことにはならかったのは違う話。
◆
さて、何も考えずに転移してきたのはいいものの。
「ここ、どこ?」
あたりを見渡せば、そこに広がるのは草原だけ。
早速僕は、いわゆる「迷子」ってやつになっていた。
「そういえば、神様からなにかもらってたっけな」
この場所がどこかは後で考えることにして、とにかく今は自分の持ち物を調べよう。
腰に掛けた袋を外し、中身を覗いてみる。
「...なにこれ?」
袋に手を突っ込み、眼鏡のようなものを取り出す。
――入っていたのは、二種類の眼鏡のようなものだった。
そういえば、この世界ってだいぶファンタジーな世界みたいだし、魔道具とかそんな感じなのかな――と、そんなことを考えながら眼鏡をつけてみる。
するとあら不思議、あたりのもの全てにタグのようなものが見えるようになった。
「鑑定眼鏡、かな?」
僕知ってるんだ、こういうのはタグっぽいの押せばそれの詳細が見れるんだって。
ということでワクワクしながらさっそくもう一つの眼鏡のタグに意識を集中してみる。
...認識阻害のアビリティがついた眼鏡、かな?
もうちょっと集中してみると、どうやらこの眼鏡には【認識阻害】のアビリティ――スキルの劣化版のようなもの――が付与されているようで、それをかけると僕という存在を認識はできても、特になにか違和感を抱くこともなく、さらには記憶にも残りにくくなくなるものということがわかった。
もっとも、僕を集中的に探している人からは逃げることができないそうだけど、それでも戦闘にも諜報にも、たんなる目立ちたくないときの対処法としても役に立ちそうだ。重宝させてもらおう。
「...よし、取り敢えず探検するか」
他にすることのない僕は、魔物とかそんな感じの敵にばれることがないように認識阻害眼鏡をかけ、歩き始めた。




