〝悲劇の主人公〟は運命から逃げられない
「わぁ、いろんなものがあるね!」
どこか疲れた様子の結城の右隣で、相澤が言った。
―――まるで日本とは思えないような街並みの大通り――リバース王国王都。
〝勇者〟として召喚された相澤、結城、そしてリバース王国第一王女のアリス・ディーバは、結城を囲むようにして大通りを歩いていた。
「ふふふ、ここは私たちの国――リバース王国一の都市ですから。王都なので当たり前といえば当たり前なのですが、それでも他国の都市と比べても規模が大きいと言われているのですよ?」
相澤のその問いに答えるのは、結城の左側を歩くアリス。
国民からの支持率が王族の中でも群を抜いている、聖女ココにありけりといわれても違和感を感じないほどに性格が良い結城の同い年だ。相澤と同じく、結城に対してほんのりとした好意を抱いている。もっとも、本人はそのことを自覚していないようなのだが。
ちなみに、王政とはいえ、国民の支持によって王族が存続できているこの国において支持率が高いというのは大きく、特に男女差別のないこの国において次国王になるのはアリスではないかとすら言われている。
まあ、次の国王を決めるためにもまずは〝魔王〟を倒さなければ何も始まらないことを国民は理解しているため、公に言うことはないのだが。
「俺...ほんとに今日こんなことしててよかったのかな」
結城がぼーっと店を眺めながらつぶやく。
毎日自分、そして仲間の勇者たちを守るために師――〝剣聖〟アドルフと訓練をしている結城にとって、訓練を休むことというのは心のよりどころを失うことと同義だ。
それに、悲しいことにこの世界では〝勇者〟が召喚された時点で〝魔王〟が倒されるのが確定されているかのように認識されており、〝魔王〟を倒した後のために〝魔王〟を倒す前に〝勇者〟を殺してしまおうという馬鹿な考えを持つ国が動いている。刺客はこの国、何なら王城にまでまぎれているのだ。
そんな世界でいまだ中途半端な強さしか持っていないのに安全な場所から出るというのは、結城にとって膨大なストレスになること他ならない。もっとも、この外出に誘った相澤は結城のために誘っているということを結城は理解しているため拒まなかったのだが。
―――怖いなぁ...アドルフさん。それに、周辺諸国の動きも。
相澤曰く、どうやら今日訓練を休み城下町に遊びに行くことはアドルフに伝えてあるらしい。そのことを信じ、自分からアドルフに訓練をしないことを言わなかった結城は、たぶん怒られるであろう明日と、そして刺客が襲ってこないかに恐怖していた。
王城の中は比較的衛兵が見張っているため安全だ。
それこそ、〝剣聖〟のおかげで世界で上位の実力を持つもの以外は結城達勇者を襲えない状況にある。
――じゃあ、果たして衛兵のいない王城の外だったら?
そんなの、敵からしたらまさに「襲ってください」といっているようなものだろう。そこには目標の〝勇者〟だけでなく支持率の高い王女までいるのだから、敵対国家からしたら的そのものだ。
「どうしたの? 雷くん。もしかして人が多くてびっくりしちゃった?」
考え込んでいた結城の顔を相澤がのぞく。
「あ、いや。王女様まで出てきてよかったのかちょっと不安になってね。大丈夫? 反乱勢力に襲われたりしない?」
「あ、それは私も思ったんだよね。大丈夫なの? 誘ったら普通に来てくれたけど」
「大丈夫ですよ。一応、私たちを守るための兵士は隠れてついてきているので」
王女様の答えは、兵士が自分を守っているというものだった。
「そうなの?!」
相澤が驚きの声を上げる。
それと同時に結城は周りへと意識を広げ、気配を探った。
―――1...3...5......20人くらいかな、ついてきてるのは。
いわれるまで気づかなかったとはいえ、この国...いや、世界最高峰の兵士――〝剣聖〟を師に持つ男だ。
結城にとって、集中すれば自らを囲む兵士の数を察知するなど造作もなかいのだ。
「ほんとだ、20人くらい僕たちを囲んでるね」
率直に察知した兵士の数を伝える。
「え? ついてきている兵士の数は10人のはずですよ」
「...え?」
困惑の声を上げる結城。再び気配を探るが、得られる結果はまた同じく20人。
疑問を抱えながら、後ろへ振り向く。
「ちょっと...話しかけてみるよ」
思いつく、最悪の可能性。
――それは、追いかけてきている人が自分たちを狙う刺客だということ。
アリスに嘘を言って大人数で尾行している可能性もあるが、結城はその可能性は低いだろうと考えていた。そんな嘘をつく理由、ないのだから。
「あ、ちょっ!」
相澤の制止も振り切り、自身に一番近い位置にいるであろう尾行していた人物に向けて歩き出す。懐に入れた、一振りのナイフを握りながら近づいたとたん――
――自身のすぐ横から、女性の悲鳴が上がるのだった。
◆
「おぉ、まじかぁ...勇者サマに加えてこの国の王女サマまでいるじゃねぇか」
――結城達の後ろ数メートル。
その間隔を維持しながら結城達を追う男の影が、そこにあった。
「こりゃあ...しくじったら俺ら――上のやつらに殺されるな」
焦りなど感じさせない気楽さで、男が言う。
「報告します。どうやら、我々の存在に気づかれたようです」
男が懐から取り出したタバコのようなものに火をつけた瞬間、男の横に滲みでるかのように一人の女が出現した。
「――ああ、シェーネか」
シェーネ、そう呼ばれた女が続ける。
「どうやら、まがいなりにもあの〝勇者〟は〝剣聖〟の弟子だけはあるようで、気配察知で気づかれたようです」
「おいおい、まじかよ。これでも俺ら――世界最高峰の殺し屋だぜ?」
態度は変わらない。どこか軽い雰囲気を感じさせるような動作をしながら、男は続ける。
「それなのに、この世界に来たばかりのあの小僧が気づいたっていうのかよ。やべぇな、そりゃ」
「...ミニステルアリス」
「...はぁ、結局は仕事か。バレなかったら見逃して終われるかと思ったんだけどな。シェーネ、お前はこの仕事、抜けることもできるんだぜ?」
男――ミニステルアリスは、シェーネにそう告げた。
――殺し屋というものは、だいたい人質か何かを取られるか、借金で無理やりやらされている。
そして、ミニステルアリスも同じである。
そう、このリバース王国の隣に位置する国――アレスト帝国に家族を人質にされているのだ。
「私も同じです。こんな仕事、受けたくはありません。ですが――やらないと、家族が死ぬ」
「...そうか。よし、それじゃあ他のやつらに作戦開始を伝えろ」
「了解です」
――やらなきゃ、殺される。
自分も、そして自分の家族も。
今から引き返す手はないのだ、と。
そう覚悟を決めたミニステルアリスは――懐から取り出したナイフで、すぐ前を通った女を刺した。
―――周辺諸国が戦力を集合させた作戦。
通称――〝勇者抹殺作戦〟が今、始動した。
◆
――神界の、某所。
そこでまた、神々は下界を鑑賞していた。
「おうおう、やりはじめたわねぇ」
「結城、だったっけ? あの子」
「大丈夫か? 一応勇者の中だとあいつが一番強いみたいだが、殺されね?」
「彼方も動いてるみたいだし、大丈夫でしょ」
それぞれの神が、好きなようにしゃべる。
「まぁ、王女サマとか相澤、だっけか? あいつらが死ぬ可能性はあれど勇気が死ぬことはないんじゃねぇか?」
「あら? あなたたち、勇者が死ぬの許す派だっけ?」
「あの相澤とかいう女きもいもん。むしろ俺としてはさっさと死んでほしいまであるぞ」
「いるわよね、ああいう女。自分が一番かわいいと勘違いでもしてるのかあざとすぎてかわいげが消失するのよね」
女神の質問に対し、二柱が反応する。
一柱の女神は、女神内にもそういう神物がいるかのように、
一柱の男神は、単に生理的嫌悪で答えた。
「あらかわいそう。神にまで嫌われるなんて、笑えてくるわね」
「ああいう女が人間には好かれてるってんだから、俺からしたら疑問でしかねぇよ」
「でも、男はああいう女が好き、それが事実なんだから。あなたもああいう女、好きなんじゃないの?」
「俺はもっとこう、ほら。卑弥呼みたいな大和撫子が好みだな」
「あんた何年前の女引きずってるのよ、神格に耐えれず爆散した時点で一回は諦めれたじゃない」
「それでも俺にとっては好みだったんだよぉ...」
すでに相澤からは興味をなくしたかのように盛り上がる神々。
――そうして、今日もこうして神々の日常は過ぎるのだった。
あとがき――――
珍しく二話連続主人公以外目線です。
次回は主人公目線になる予定なのでよろしくです。
あ、あと少しで一章終わります。




