この歳になって、能力が解放されましたと言われても
ここはダンジョンシティ。ダンジョンで稼ぐ者達はダイバーと呼ばれ、様々なやつらが一攫千金を求めてやってくる。そして、浅い階層は鉱石や薬草類の採取ができて、襲ってくる魔物も弱いため、子供みたいなやつらも多い。
「今日は何が採れたんだ?」
「見てくれよ。いいやつだろ?」
やんちゃな悪ガキ共パーティが革袋から出して見せたのは鉱石らしきものが5つ。
おっ、本当にいいものが混じってやがる。
「えーっと、こいつはだな……」
「おっと、査定しなくていいぜ。もうこいつの相場は知ってるから、おっさんに余計な金を払うつもりはねぇよ」
そう言って、手に入れた綺麗な石を持って悪ガキの3人パーティは走って外に出て行った。
「やれやれ。あのガキ共、本当にあの石の価値分かってんのか?」
と、悪ガキ達を見送ると、次に来たのは女の子達。
「ねぇ、これ査定してちょうだい。どれぐらいの価値ある?」
査定を依頼してきた女の子3人パーティが持っていたのは珍しい花だ。ちゃんと根の周りの土ごと麻袋に入れてある。よく勉強してるな。
「これは裏道にあるバァさんの薬草店にもっていけ。買い取り価格はこんなもんだ」
と、詳細を説明せずに、売りに行く店と金額を書いた紙を渡す。
「こんなに高く買ってくれるの?」
「多分な。これより大幅に安かったら、表通りの薬草屋に持ってけ。書いた金額の半分くらいで買い取ってくれるはずだ」
「分かった。お金はあとでいい?」
「ダメ。今払っていけ」
「えー、半額だったら損するじゃん」
「うちの仕組みを知ってて査定に出したんだろ。今払わねぇと二度と査定してやらんぞ」
そう言われてボッタクリだなんだとブーブー言いながら、女の子パーティはお金を出し合って払っていった。
ここはダンジョン入り口にあるカウンターだけの査定屋。およそ店とは呼べないしょぼさだが、駆け出しのダイバー達にはありがたい店だ。
ダンジョンの外には店が乱立しており、中で得た物の価値を知らないと買い叩かれたり、買い取ってもらえなかったりする世知辛い世界。駆け出しハンターはそんな店のカモなのだ。
◆◆◆
「これ、買い取ってくれよ」
悪ガキ達が今日採った石を最大手の店に持ちこんでいた。
「あー、この石か。ほとんど値が付かないよ」
「えーっ、もっとちゃんと見てくれよ。これとかさぁ」
「まったく……ん? んん?」
買い取り窓口の男が一つの石を見て唸る。
「悪かった。こいつはいい石だ。5千Gで買い取らせてもらおう」
悪ガキ達は心の中でガッツポーズをする。相場では3千Gぐらいの予想だったのだ。しかし……
「そ、それは他の店なら1万Gで買い取ってくれるって言ってたぜ。5千Gなら、その店に持っていくから返してくれよ」
と、さらなる値上げを期待してハッタリをかました。
「なっ……わ、分かった。この石全部で1万1千Gで買い取ろう」
「そ、それならいいぜ。しょうがないから売ってやらぁ」
と、5つの石を売ったのだった。
「すいませーん」
女の子のパーティは裏通りの薬草店に来ていた。
「いらっしゃい。何が欲しいんだい?」
「買い取りをしてほしいの。これなんだけど」
と、珍しい花を渡す。
「どれどれ……いい状態の薬草だね。2万Gで買い取らせてもらうよ」
「えーっ、査定屋で10万Gにはなるって言われたのに」
と、値段の書かれた紙を見せる。
「買い叩かれたら、表通りの薬草店に持っていけって言われてるから返して」
「ちっ、あいつめ……ほら、10万Gだ。これで文句ないだろ」
「えっ? 本当に10万Gで買い取ってくれるの?」
「売るのか売らないのかどっちなんだいっ!」
ビクッ。
バァさんに怒鳴られてビビる女の子達、
「う、売ります」
女の子パーティは思わぬ高額買い取りにキャーキャーと騒ぎながら店を出ていった。
「あいつめ、どこで情報を仕入れてやがるんだか……」
この花の買い取り価格は通常5万G前後。しかし、頼まれている薬の材料として、今すぐに欲しかったものだ。表通りの薬草店に横取りされてしまうと、いつ手に入るか分からないため、10万Gで買い取りせざるをえなかったのだ。
◆◆◆
「もう出てくるやつはいなさそうだな」
査定屋はダンジョンから出てくるものがいなくなる時間に閉店する。夜は魔物が活性化して、浅い階層でも危険度が増すため、査定を必要とするようなダイバーはダンジョンに行かないのだ。
「いつもの」
ダンジョンの外は賑やかだ。あちこちから一攫千金を求めて人がやってくる。当然宿屋や飯屋も多いが、いつも来る店は同じ安酒場。そしていつものカウンター席に座る。
「今日は儲かったの?」
看板娘がビールと小料理のセットを出してくる。代金は千G。いわゆる千ベロセットというやつだ。
「儲かってたら、この店に来ると思うか?」
「それもそうね。あー、こんなしけたおっさんじゃなく、かっこよくて金持ちが来ないかなぁ」
いらぬ言葉にはいらぬ言葉が返ってくる。
そして、看板娘はあっかんべーをしながら他の客の注文を取りに行った。
「さて、飲むか」
まずはビールをぐいっとあおる。おっと、全部飲んじゃダメだ。こいつを食いながら飲まないとな。今日の小料理は魔物肉の角煮。うむ、旨い。
濃く味付けされた角煮がビールとよく合う。ここに通う理由は値段だけではない。こういった普通の料理が旨いのだ。それに……
「はーい、ちょっと待っててねー」
元気よく客の対応をしている看板娘。どことなく、パーティメンバーだったアイツに似ているのだ。
◆◆◆
「ライド、大丈夫?」
「こんなもん怪我のうちに入んねえって。次行こうぜ次に」
査定屋のおっさんことカークライド。男2人、女1人のパーティで、ダイバーをやっていた。
仲間の名前は剣士コービィとヒーラーのアユラ。コービィとは同じ師に剣を教わった仲だ。
カークライドとコービィは15歳になったのを機にダイバーデビューを果たした。
「コービィ、しっかり付いてこいよ」
「ライド、待ってくれよ」
ダイバーデビューしてから2年ぐらいはカークライドの方が圧倒的に強かった。なぜなら、剣の師匠は剣聖スキルを持った母親。そして父親は魔導師スキル持ちのダイバー。ダンジョンシティの中でも40階層に到達した唯一の存在。そんな2人から生まれたカークライドは幼い頃から稽古を付けてもらっていたのだ。
今日は10階層到達を目標にダンジョンに潜るつもりで準備していると、
「ライド、こいつの依頼を受けたいんだけど」
そう言ってコービィが連れてきたのがアユラだった。
「ア、アユラです。いきなりごめんなさい」
そう言って頭を下げたアユラ。
ズキュンっ。
アユラはカークライドの恋心に楔を打ち込んだ。いわゆる一目惚れというやつだ。
「えっ、あ、うん……」
「どうしたライド?」
「なっ、なんでもねぇよっ!」
コービィは大手商会の息子。アユラはそこの従業員の娘だそうだ。そして、あまり体調の良くない母親のために、特殊な薬草を採りに行きたいらしい。
カークライドとコービィはアユラの護衛をしながら、薬草を探す。
「これじゃね?」
「どうだろ?」
魔物を倒すことをメインにしていたカークライドとコービィには薬草のことがよく分からない。取り敢えず見つけた薬草を採って薬草店に持ち込んでは安値で買い取られていた。お目当ての薬草なら買い取りに出さずにアユラに渡す予定にしてたのだ。
そして、安値で買い取られた薬草がお目当てのものだったと知る。
「騙しやがって。あの薬草返せっ!」
それを知ったカークライドは薬草店に乗り込んだ。
「こっちは値段を提示して、お前は売った。嫌なら売らなければ良かっただけだ」
「ぐぬぬぬっ」
「自分の目利き不足を人のせいにするな」
その後、カークライドは貯めていたお金を使って薬草辞典を買って勉強し、アユラのためにお目当ての薬草見つけて渡したのだった。
「ありがとうライド」
これでしばらく一緒にダンジョンに潜っていた楽しい日も終わる。
「な、なぁ。このまま……」
と、アユラにパーティメンバーにならないかと言いかけたとき、
「アユラ、このままパーティに加わらないか? ライド、いいよな」
と、先にコービィがアユラを誘う。
「でも、私は何もできないし」
「治癒魔法が使えるだろ。ライドがしょっちゅう怪我するから、アユラがいてくれると助かるんだよ」
「治癒魔法って言っても、かすり傷ぐらいしか治せないじゃない」
カークライドはアユラに治癒魔法を掛けてもらえるのが嬉しくて、怪我を承知で魔物に突っ込んでいってたのだ。
「べ、別にそれでもいいけどよ」
と、そっぽを向いて答える。
「本当? 本当に私が一緒にいていいの?」
「え、あぁ、うん」
「ありがとう、ライド、コービィ」
それから、アユラの装備を揃えるために、当たれば大金を手に入れることができる鉱石採掘をやったり、希少な薬草採取で稼ぐことにした。当然、鉱石の買い取りでも安値で買い取られることが多く、カークライドは鉱石の勉強もしていったのだった。
そして、18歳で人生の転機が訪れる。
「コービィ、フォロー頼むっ!」
10階層へ降りるためには9階層にいるエリアボスと呼ばれる魔物を倒す必要がある。そのボスを倒すと、次の層に行ける資格を得るのだ。
カークライド達はエリアボスと戦っていた。相手は大きな猿型の魔物。攻撃自体は強烈ではないが、動きが速い。
カークライドは攻撃を受けてはアユラに治癒をしてもらう。その間、コービィがボスを引きつけてくれていた。
「アユラ、倒してくる」
「うん、無茶しないでね」
「うぉぉっ! 死ねぇぇぇぇっ!!」
ブシューーーっ。
カークライドの必殺技、回転斬りがボスの喉を斬った。
「やった! やったぞ!!」
そのとき、
『カークライドの能力が解放されました』
「なんだ今の声は……?」
『スキル【物品鑑定】が解放されました』
「ま、まさか天啓……?」
◆◆◆
「なぁ、父さん、スキルってなんだ?」
「スキルは天啓によって与えられる力だ。まぁ、スキル持ちは少ないから、よく分かってないというのが本当のところだけどな」
「ふーん。俺は何のスキルがもらえるかな」
「お前は魔導師と聖剣スキル持ちの子供だからな。どちらかがもらえる可能性が高いぞ。しかし、魔法はさっぱりだから、剣聖になるんじゃないか」
父親に魔法のことを教えてもらっても、さっぱり理解できなかったカークライド。それより、身体で覚える剣の方に夢中になっていた。
「魔導師と剣聖両方のスキルがもらえたら、無敵になれるんだけどなぁ」
「与えられるスキルは一つだけだから、それは無理な相談だな。あっはっは」
◆◆◆
『与えられるスキルは一つだけ』
昔、父親に教えてもらったスキルのことが脳裏をよぎる。
『スキル【物品鑑定】が解放されました』
カークライドが得たスキルは戦闘には関係のないものであった。
「ライド……」
呆然としているカークライドにコービィが話しかける。
「おっ、おう。やったぜ。これで10階層に行けるな」
と、はしゃいで見せる。
「俺、スキルをもらったみたいだ」
「えっ?」
「ボスを倒した直後に剣士スキルが解放されたって、頭の中に声が響いてきて……」
剣士スキルは剣聖には及ばないものの、一流剣士になれるスキル……
「ライド、私も魔法使いのスキルが解放されたって……」
ボスを倒したことで全員スキルを得たようだ。
「ライドは何かスキルをもらえたか?」
「お、俺はまだもらえてない。俺は剣聖スキルをもらう予定だから、まだ先になるんじゃないかな」
カークライドは思わず、戦闘に関係のないスキルを得てしまったことを隠した。
「そうか、そうだよな。ライドはきっと剣聖スキルをもらえるよ。俺は剣士かぁ。スキル持ちになれてもライドに追い付くことできないんだろうなぁ」
と、コービィがカークライドの肩をポンポンと叩く。
「けっ、スキル持ちになって、ようやく俺に追い付けるかもしれねぇんだから、もっと喜べよ」
「そうだな。これでやっとお前に守られなくて済むかもな」
「私、魔法のことはよく分からないんだけど……大丈夫かな?」
「それなら、うちに父さんの魔導書があるから、勉強しにきたらいいじゃん」
「いいの?」
「その代わり、飯作ってくれよな」
「うんっ。お安い御用よ」
そして、20歳になった3人。
「ねぇ、ライド」
「どうした?」
あれから、アユラはカークライドの父親が残した魔導書を読みに来ては晩御飯を作ってくれる生活が続いていた。
「あのね……コービィが私に付き合って欲しいって言ってきたの」
「えっ?」
カークライドは動揺した。コービィもアユラのことを好きなのは知っていたけれど、アユラは自分のことが好きなのだと思っていたのだ。
「ど、どうして俺にそんなことを聞くんだよ?」
「だって……どうしていいか分かんないんだもん」
「そ、そんなことは自分で決めるもんだろ。俺が口を出すことじゃないっての」
「いいの?」
「何が?」
「私がコービィと付き合っても」
カークライドは激しく動揺する。しかし、コービィが剣士スキルを得たからといっても自分の方が強い。それにアユラは毎晩のようにうちに来てご飯を作ってくれている。魔導書はほぼ読み終わっているにも関わらずにだ。
「好きにすればいいんじゃないか」
カークライドは、アユラが断るものと思ってそう答えた。
「分かった。そうする……」
アユラは少し寂しそうな顔をしてカークライドに微笑んだのであった。
◆◆◆
クソッ、クソッ、クソッ。
コービィがアユラに告白して、付き合い出してから1年が過ぎていた。アユラはあれから一度もご飯を作りに来てくれることがなくなった。カークライドの前で恋人のように振る舞うことはなかったが、どことなくギクシャクしたパーティになってしまっている。
「ライド、大丈夫か。無茶な突っ込み方するなよ。アユラ、治癒を頼む」
「こんなかすり傷に治癒なんているかっ!」
カークライドは、アユラが治癒魔法を掛けようとした手を振り払った。
15階層の魔物に苦戦していたカークライド。それを倒したのがコービィ。剣士スキルを得たコービィはどんどんと強くなっていた。アユラもまた、治癒魔法だけでなく、攻撃の火魔法や飲水を出せる生活魔法なども使えるようになっていた。
「ライド、そんなにカリカリするな。お前ならもうすぐ剣聖スキルがもらえるって。そうしたら、すぐに俺をまた追い抜くって」
コービィは、自分がカークライドより強くなってしまったことを気に病んでいた。カークライドはダンジョンに潜らない日も、厳しい鍛錬を繰り返していたのだ。そんなスキルなしでも自分と同等の強さを持つカークライドを尊敬していた。
それから1年が過ぎ、20階層に進むためのエリアボスと戦っていた。
「ふぅ、強敵だったな。これで20階層に進める。戻って祝賀会でもしよう」
「そうだな……」
「うん……」
エリアボスを倒したのはコービィ。しかも、ほぼ1人でだ。カークライドは何もできず、怪我をしてアユラに守られながらコービィの戦いを見ていたのだった。
「カンパーイ。いやっほーい!!」
3人で祝賀会。カークライドはコービィとアユラが驚くほどのハイテンションではしゃぐ。
「よぉ、お前ら20階層へ行けるんだって? すげぇじゃねーかよ」
20階層へ潜ることのできるダイバーはほんの一握りだ。しかも20代前半で偉業を成し遂げたのは、カークライドの両親以来初めてのことだった。そんなカークライド達を周りの客も喜んでくれた。
「良かったねコービィ。ライドもあんなに喜んでくれるとは思わなかった」
「そうだな。20階層で戦っていれば、ライドもスキルをもらえると思うんだ」
「うん。そうなったら、30階層まで行けるかもしれないね」
周りの客と楽しそうにカンパイをし続けるカークライドを見て、2人はホッとしていた。
そして、周りの客達と飲み比べをして潰れたカークライド。周りの客はすでに帰り、コービィはアユラも先に帰していた。
「ライド、立てるか? そろそろ帰るぞ」
「コービィ」
「どうした、吐きそうか?」
「いや、大丈夫だ。今日までありがとうな」
「なんだよいきなり?」
「俺、今日でパーティ抜けるわ」
机に突っ伏したままコービィにパーティを抜けると伝えたカークライド。
「なっ、何言ってんだよ。これから20階層で頑張るんだろ。お前が抜けてどうすんだよ」
「俺は足でまといだ……俺がいない方が楽に進める」
「そんなことをないって。20階層で戦ってたら、お前もスキルを……」
「持ってる」
「えっ? 何をだ?」
「俺はとっくにスキルを持ってる」
「う、う、嘘つけ。お前まだもらってないって言ってた……ろ?」
突っ伏していたカークライドは目の光が消えた顔を上げた。
「お前らがスキルをもらったときに、俺ももらった」
「剣聖スキル……か?」
「物品鑑定」
「えっ?」
「俺がもらったのは物品鑑定スキルだってよ。戦うには何の意味もないスキルだ。だから、20階層で戦っても剣聖スキルなんてもらえねぇ。悪かったな嘘ついてて」
「お前、どうして……あのときに言わなかったんだ」
「スキルなしでもいけるかもって思ってたんだよ……でも今日のことで分かった。俺には無理だ」
「ライド……」
「それにお前ら結婚するんだろ? 俺がいたら気を遣うじゃんかよ。だから俺は抜ける。足手まといはほっといて、先に進め」
「誰がお前を足手まといなんて言ったっ!」
コービィはカークライドの胸ぐらを掴んで怒る。
「コービィ……これ以上、俺に惨めな思いをさせないでくれ……アユラにはお前から上手く伝えおいてくれ。頼む……」
「お前、まさかアユラを……」
「違ぇよ。俺は誰よりも強くなりたかっただけだ。お前とアユラのことは関係ねぇっての」
コービィと言葉を交わしたのはそれが最後になった。
コービィとアユラは日中にダンジョンに潜り、カークライドは夜間に1人でダンジョンに潜るようになったのであった。
◆◆◆
「ちっ、やっぱりダメか」
カークライドはあれから10年間修行を続け、1人で19階層のエリアボスに挑んでいた。そして、今日ダメだったら諦めると決めていたのだ。
「それでも俺は諦めきれんっ!」
《回転斬りっ!》
これまでの修行の成果を込めた、渾身の必殺技。もうこれでダメなら死んでもいい。
ぶしゃぁぁぁぁ。
渾身の回転斬りはエリアボスの首を落とし、ボスは血を吹き出しながらその場で崩れ落ちた。
「クックック、あーはっはっは。ようやくだ。ようやくあのときのコービィに追いついたぞっ!」
カークライドはもう立つ気力もなく、その場で倒れたまま叫んだ。
「やった、やったぞ俺は……アユラ、俺は追いついたからな……」
念願のエリアボスを倒したカークライドは涙が止まらなかった。
カークライドがパーティを抜けたあと、しばらくしてコービィとアユラは結婚し、29階層のエリアボスを倒す前にダイバーを引退していた。理由はアユラの妊娠だ。
アユラが子供を生んだあと、コービィは事業を継ぎ、他の街へと移り住んだのだ。
カークライドはダンジョン内で夜を迎える。もうやり残したことはない。別にこのまま死んでもいいと思っていた。
「あのとき、アユラに断れと言ったら、違った人生だったかもな」
唯一の心残りはあのときの自分の態度。アユラは自分を選ぶと思っていた自惚れ。しかし、時間を遡ることはできない。
アユラが飯を作ってくれて、嬉しそうな顔で、「美味しい?」って聞いてくる顔が好きだった……
「なんで、俺はあのときに好きにしろって言ったんだろう……」
ぶん殴れるなら、あのときの自分をぶん殴ってやりたい。誰よりも強くなるより、アユラと一緒に……
『ダンジョンマスターを倒せば、なんでも願いが叶う』
ふと、そんな言い伝えを思い出した。
「そうだ。俺はダンジョンマスターを倒して、誰よりも強くしてくれと願うつもりだったんだよな」
子供のときの自分の夢。誰よりも強くなりたい。
「ダンジョンマスターを倒せるなら、もう誰よりも強いっての。あーはっはっは。」
子供のときの夢を思い出して笑いが止まらない。そして、大笑いしたことで、立ち上がる気力が沸いてきた。
「もうどうでもいいか」
カークライドは立ち上がり、せっかく得た物品鑑定スキルを使って商売でもすればいいかと思えてきた。
《鑑定!》
真っ暗なダンジョン内部。どうやら今日は新月らしい。帰るつもりもなかったので、明かりの準備をしていない。何も見えないので試しに鑑定スキルを使ってみた。
ボワッ。
「おっ、なんか光ってるな」
鑑定スキルを使うと何かが光って見えた。しかし、鑑定結果には何も表示されない。
「あれはなんだ?」
と、興味本位で近づいたが、薄っすらと光る場所には何もない。
「あれ?」
と、手を伸ばして光っているところを触った瞬間、空間が歪んだような気がした。
そして、周りが明るくなる。
「なんだよここ……?」
19階層までは数えきれないほど潜った。しかし、こんな光景は見たことがない。
ゾクッ。
そのときに異常な気配がした。
「ヤバい……」
この圧倒的な威圧感。今まで感じたことのない背筋が凍るような感覚。
死ぬ。
カークライドをそう覚悟をさせた魔物がいる。
ドス、ドス、ドス。
奥から歩いてきた魔物。それは今まで見たことがないやつだ。身体は薄っすらと光を帯び、虎に翼が生えたような姿をしている。そして額には一角獣のような角があった。
「ダ、ダンジョンマスター……」
姿を見たカークライドは本能的にそう感じた。
戦って勝てる相手ではない。それでも剣を抜こうとしたが、強烈な威圧感の中に何か神々しさを感じたカークライドは剣を抜くことをやめた。
「こいつに殺られて死ぬなら諦めもつくってやつか」
誰よりも強いダイバーになりたいと願ったカークライド。得たスキルが鑑定だった自分にそれは叶うことはない。ならば、最強の魔物、ダンジョンマスターに殺されるのもまたよしだ。
自分がダイバーデビューする歳に両親がいなくなった。
「父さんと母さんは、新婚旅行ができなかった分、ラブラブ旅行に行ってくる。お前も好きに生きろ」
と、言い残してどこかに消えた。それ以来手紙すらよこしてこなかった。
「好きに生きろって言ってたからな。先に死んでも文句言わんだろ」
と、ダンジョンマスターが近付いて来ても抵抗しなかった。
どんっ。
「えっ?」
ダンジョンマスターはカークライドに襲い掛からずに突き飛ばした。
グニャリ。
また空間が歪んだような感覚がして、気が付くと、1階層の砕石ポイントにいた。
「なんだったんだ今のは?」
月明かりはないものの、星の明かりで地形が分かったカークライドはダンジョンの外へと出たのであった。
◆◆◆
「へっへーん。見ろよおっさん、この金」
悪ガキ共が1万1千Gを見せてきた。
「あの石がその値段だったのか?」
「そうだぜ。どうだ。査定を頼まなくてもこれだけ稼いだんだぜ」
「そりゃ良かったな。また頑張って稼げよ」
「あったり前だ。さぁ、今日も稼ぐぞー!」
「おー!」
元気に走っていく悪ガキ達。
「1万1千Gか……上手く騙されやがったな。相場の30分の1じゃねぇかよ」
悪ガキ達が高く売れたと思った石の価値は3千G、値がつかないと言われた他の石に30万Gの価値があったのだ。
カークライドはそれからも駆け出し相手に査定で日銭を稼ぎ、安酒場で千ベロセットを頼んで、看板娘と軽いやりとりをして、昔を懐かしむように飲む毎日を過ごす。これはこれで幸せなもんだ。
そんなある日。
「ずいぶんと騒がしいな。何かあったのか?」
「査定屋、こんなガキ共を見てないか?」
そう聞いてきたのはベテランダイバー達だ。
「そういや、最近見てないな。なんかあったのか?」
「1週間前の夜に潜ったらしくてな、まだ帰ってきてない」
「なんだと……?」
「自分達が売った石が、相当高値で売れることを知ったらしくてな。それを採りに行ったようだ」
あいつら無茶なことを……
「もう死んでるんじゃないか?」
「家には泊まりで行くと言って出たらしくて、3日分の食料と水を持ってる。迷ってるだけなら、まだ助かるかもしれん」
一階の砕石場は奥に入り込むと迷う可能性がある。迷路みたいになってるからな。
「俺も行こう。砕石場はよく知ってるから案内する」
「それは助かる」
ベテランダイバー達は低層の砕石場に行くことはない。
砕石場をくまなく探しても見つからない悪ガキ共。
「ここじゃないのかもしれん」
1階層の砕石場、2階層の砕石場を探しても痕跡さえ見つからなかった。3階層に降りたとは思えない。そこまで無茶するとは思えないからだ。
結局、3日間探して、捜索が打ち切りとなった。悪ガキ共が出発してから10日経ち、生存している可能性は低い。ベテランダイバー達も格安で捜索を引き受けたようだが、ガキ共の親も支払う金が尽きたようだった。
ダイバーには死が付き物とはいえ、まだ死ぬには早すぎるガキ共。まだ諦めきれなかったカークライドは出発した日のことを調べていく。
「新月の日だと……? まさかあいつら」
カークライドは嫌な予感がした。ダンジョンマスターがいる層への道が開くのが新月の夜。しかも、どこにあるのか分からない空間の歪みを見つけて、そこから入る必要があることを知ってるのは自分だけだ。
「たまたま歪みに飲まれたのだとしたら……」
カークライドは当時のことを思い返す。ダンジョンマスターと遭遇し、戻ってきたときには、数日が過ぎていたことをあとから知った。
「あのときは深く考えなかったが、時間の進み方も少しズレるのかもしれない」
だとすると、ガキ共が生きている可能性も……
次の新月は4日後。試してみるしかない。
カークライドは新月の日を待って、夜に砕石場へと向かう。
《鑑定!》
光……どこかに光はないか?
明かりを点けて砕石場の中を進んでは消して鑑定し、光を探す。
「あった」
砕石場の一番奥、しかも細い隙間から明かりが漏れている。ガキ共なら通れる隙間だ。
「クソッ」
カークライドはその隙間に入れない。しかし、光っているところにはなんとか手が届きそうだ。
ザリザリ。ザリザリ。
腕を岩に削られながら、無理やり手を突っ込み、明かりに触れた。
グニャリ。
昔に感じたあの空間が歪む感覚がして、気が付くと、ダンジョンマスターのいた場所に移動していた。
「お前ら無事かっ?」
ガキ共が3人とも倒れている。抱き起こしてみると、目と頬がコケて死んでいるように見えた。
カークライドが口元に耳を近付けると微かに呼吸している。だが脈も弱い。もうダメか……
ゾクッ。
ヤバい。やつがきた。
ズシン、ズシン。
「くっ、なんて威圧を放ちやがる」
自分の膝が震えるのが分かる。あれから実戦もしていない。歳を取って身体もずいぶんとくたびれた。勝てる要素が何一つない。
前のときのように無抵抗なら歪みに押し返してくれるだろうか。いや、そんな保証は何一つない。もし、押し返してくれるとしても、ガキ共を見捨てることになる。
「こいつらだけでも家に帰してやらないとな」
自分はもうどうでもいい。惚れた女もとっくに人妻だ。査定屋がなくなっても、駆け出しが少し損するだけの話。何の影響もない。
カークライドは覚悟を決めた。ダンジョンマスターの隙をついて、ガキ共を歪みに投げ込む。その後自分も……
ザクッ。
ツーっと、頭から温かいものが流れる。
カークライドは本能的的に後に飛んだ。
「痛って……」
やられたと認識した瞬間、頭から流れているのが血だと分かり、痛みが襲ってくる。さっきの衝撃はダンジョンマスターがいきなり斬撃を飛ばしてきたもののようだ。
「こりゃ、勝てるわけないな」
接近せずとも攻撃できるダンジョンマスター。なんとか倒せた19階層のエリアボスと比べものにならない。
「ガキ共、すまんな。助けてやれそうにないわ」
と、言いつつも、剣を構えるカークライド。
「フンッ」
前に踏み込むと見せかけて、横に飛び、そして斬り込む。
バシッ。
「まだまだっ!」
死を受け入れたカークライドから恐怖心が消え、ダンジョンマスターが攻撃してくるのがスローモーションのように見える。
「隙ありっ!」
が、自分の動きもスローモーションのように動く。
「げっ、ダメじゃん」
バシッ。
攻撃は受け止められ、見えている攻撃を食らう。
「クソッ、もっと速く動けよ、このおっさんボディ」
自分のイメージと身体の反応が違う。
なんとか致命傷を避けてはいるが、どんどんボロボロにされていくカークライド。
「まだだ。まだ死なんぞ……」
子供達だけでも助けてやらねば……こいつらには自分と違って未来があるんだ。
意識が朦朧としているカークライドは自然に鑑定スキルが発動した。
ダンジョンマスターの角が赤く光ってるだと? まさか、あれが弱点なのか?
カークライドは一か八かの捨て身の攻撃を試みる。
真正面からダンジョンマスターに向かって突進する。ダンジョンマスターは爪でカークライドを迎え撃つ。
ザシュっ。
強烈なダンジョンマスターの爪攻撃を受けたカークライドはその威力を利用した。
「回転斬りっ!」
ブンッ。
ガキーーン。
激しい衝撃音が聞こえたあと、カークライドはその場で倒れた。
キン……
倒れたカークライドの横に角が落ちてきた。
「やったのか……?」
ドン。
と、思ったときに、ダンジョンマスターの足がカークライドの顔の横を踏みつけた。
結局俺は何も成せなかったか……
と、思ったとき、
「見事なり」
頭の中に声が響いた。
「願いごとを1つ叶えてやろう。お前は何を望む?」
願いを叶える?
「何のことだ?」
「我の試練を乗り越えた褒美だ。お前は何を望む?」
『ダンジョンマスターを倒せば、なんでも願いが叶う』
あの言い伝えはこういうことだったんだ……
「本当になんでも叶えてくれるのか?」
「早く言え」
カークライドは唯一の心残り、アユラに好きにしろと言ったこと、そして好きだと言えなかったことだ。もし、あのときに戻れたら……
「時は遡れるのか?」
「可能だ。いつに戻りたいのだ?」
カークライドはあのときに戻して欲しいと言いかけた。しかし、アユラにはコービィとの間に子供も生まれている。あのときに断れと言って、俺と結婚することになったら、2人の間に生まれ子もなかったことになるだろう。
「いまさらか……」
そう呟いたカークライドは願いごとを伝えた。
「こいつらを助けてやってくれないか」
「その願いでいいのだな?」
「それで頼む」
『能力が解放されました。スキル剣神が解放されました。スキル賢者が解放されました。スキル物品鑑定が鑑定になりました』
「えっ?」
グニャリ。
天啓が聞こえたあと、空間が歪み、1階層の砕石場へと戻ってきた。悪ガキ共も近くに倒れているが、普通に寝ている感じだ。
《鑑定!》
【状態】睡眠
今まで、物品しか鑑定できなかったが、人物の鑑定ができるようになったということは、あの天啓は本当なんだな……
カークライドはガキ共をなんとか抱えてダンジョンの外に出たのであった。
「おっさん、これ査定してくれよ」
今日も元気に石っころを持ってくる悪ガキ共。
「0円」
「えーっ、嘘だろ。もっとちゃんと見ろよ」
「見た。信じられないなら、売りに行ってこい」
「売れても査定代払わないからなっ!」
「お前ら、毎回毎回金にならんもん採ってくるな。こっちも金を取れんだろうが」
「へへっーん。絶対にこれは高く売ってやるからな」
カークライドは新たなスキルを得ても、そのまま査定屋をしていた。
『剣神スキルと賢者スキルが解放されました』
「分かってる」
鑑定スキルしか使わないカークライドの頭の中にしつこく、スキルが解放されましたと響いてくる。
『解放されたのっ!』
天啓が感情的になるなよ。
「だから知ってるって」
『使いなさいよっ!』
「俺はもう40歳だ。この歳になって能力が解放されたって言われてもなぁ」
もう強さを追い求めることもない。アユラのことも踏ん切りが付いた。駆け出し共とのやりとりも結構楽しい。
「おじさーん、これ査定して」
「お前ら、もう知識付いてきただろ」
薬草採取専門の女の子達。すでに知識があるのに、毎回査定しにくるのだ。
「おじさんに査定してもらわないと、適正価格で買い取ってもらえないんだもん」
「他の店に回ればいいだろ?」
「どこも同じ価格でしか買い取ってくれないんだもん」
「お前ら、舐められてんなそれ」
「どういうこと?」
「お前らが持ってくる薬草は状態がいいからな。本当は欲しいんだよ。たけど頻繁に持ち込むだろ。だから毎回安値を提示する。小型店だとそのうち、ものがダブついてくるから買い取れない。結局大型店に安値で売らざるを得なくなるからな」
「おじさんの査定書があったら、高く買ってくれるのはどうして?」
「さぁ、どうしてだろうな。それは企業秘密だ」
「えーっ、教えてよー」
『えーっ、スキル使ってよー』
女の子達とのやりとりを楽しそうにしているのを見た天啓は、カークライドに女の子たちと同じような言い方でスキルを使えと言うのであった。
「能力解放が遅いんだよ。解放するならもっと若いときに解放しろ」
『しょうがないじゃない。剣神と賢者よ。アッパラパーの年代のときに解放なんてできるわけないでしょっ!』
「しかし、この歳になって能力が解放されても困るんだよ。迷惑な話だまったく」
『そんなことを言わないで使ってよーっ!』
「この歳になって言われてもなぁ」
カークライドは暇なときに天啓が来たら、こうして楽しむのであった。
おしまい
カークライドがこれからどうするのか、気になる方が多いようであれば、連載版として書くかもしれません(・∀・)