第8話 生殺し確定
「ちょっ、待ってください! 温泉って……女湯ってことですよね!?」
「女湯? 何言ってんだ? 温泉は温泉だ。1つしかねぇよ」
あ……そりゃそうか。女だけの社会に、男女別なんて概念がある訳がない。
それに、馬車でミューレンさんが鎧を脱いだ時や、本部の皆さんが下着姿を晒しているのも、恥ずかしがっている様子はなかった。『男に見られる=恥ずかしい』っていう感覚もないんだろう。
だがしかし! 俺は! 健全な! うら若き男! しかも女性慣れしていない、一般男性だ! もし温泉に沢山の女体がいたら、興奮でぶっ倒れる可能性大……!!
「お、俺は後で平気です。夜にでも1人で入りますから……!」
むしろそっちの方が有難いんだけど。いきなり混浴は、もう少しこう……順序を経てからが嬉しいと言いますか……。
なんていう俺の心情を知らずに、オメガさんは呆れ顔を見せた。
「言ったろ。ここには夜行性の亜人もいるんだ。夜はそいつらが汗を流すから、1人で入るなんて無理だぞ。むしろ、今アタイらと一緒に入った方が、いくらか安全ってもんだ。なあ、ミューレン」
「えっ!?」
急に話を振られたミューレンさんが、明らかに動揺した。そりゃそうだ。だってこの人、さっき性欲に負けて俺を襲おうとした張本人だし。
「ん? どうした、ミューレン」
「ッ……こほん。な、なんでもありません。そうですね、私たちと一緒の方がよろしいかと」
「だよな。よし、決まり!」
俺の意見と意思は尊重してくれないんですか!?
なんとか逃げ出そうと画策するも、そもそも3メートル以上の高さから飛び降りるのも怖いし、ずっと歩いてるから揺れて降りられない。下手したら頭から落ちる。
結局逃げられず、いつの間にか温泉近くまで来ていた。ここまで来ると、温泉の匂いが濃い。でもそれより気になるのは……このキャッキャウフフな、楽しそうな女性の声である。
あぁ、やっぱり入ってるのね……。
「安心しろ、最低限の脱衣所はある」
「そんな所微塵も心配してませんよ」
ふぅー……よし。俺も男だ、ここまで来たら、グダグダ言わないさ。なぁに、俺だって健全な男子高校生。こういうシチュエーションも、何度も夢に見てきた。というかネット全盛のこの時代、色んなものを見てきた。昔の人よりもエロには耐性がある。……はずだ。
オメガさんに降ろされ、覚悟を決め……いざ!
──ガラッ。
第一情報、嗅覚
温泉の匂いに混ざる、女性特有の甘い匂い。そこに石鹸系のフレッシュさが合わさり、甘美で淫靡な背徳感を覚える。
第二情報、視覚。
オメガさんでも入れる程広い脱衣所に、様々な種族の女性がひしめき合っている。黄色人、白人、黒人、褐色肌はもちろん。赤い肌、青い肌、漆黒の肌。所々鱗のある竜人。獣の耳や尻尾のある獣人。手足が鳥のような鳥人。小さい妖精族の胸、胸、ケツ、腰、胸、ケツ、胸胸胸胸胸ケツケツケツケツ腰腰腰腰くびれくびれくびれ。
………………………………。
「イブキ様?」
「──はっ……!? い、いや、なんでもありません……!」
慌てて顔を伏せ、目元を手で覆う。
女性の裸体情報の過剰摂取で脳がバグり、動きが固まったらしい。てかもう、脳裏に焼き付いちゃいましたよ。どうしよう、真っ直ぐ立てない。
「あ、男!」
「あれが、ミューレン様が保護したっていう男ね」
「男ッ、男ッ! 私、男ッ、ヤるッ!」
「ステイ、ステイ。落ち着きなさい」
「あら。顔隠しちゃってるわよ」
「顔真っ赤しちゃって……ふふ、かーわいっ」
目を閉じていても、わらわらと集まっているのがわかる。風呂上がりとヤりたい衝動の熱気が、四方八方から伝わってきた。
「離れよ、馬鹿者ども! イブキ様が怖がっているだろう!」
と、ミューレンさんが俺を庇い、前に出た。女性に護られるなんて……情けない。へこむなぁ。
若干落ち込んでいた、その時──急に巨大な衝撃と爆音が、体を叩いた。な、なんだ……!?
皆さんその音に驚いたのか、動きを止めて見上げている。俺も釣られて上を見ると、オメガさんが手を叩いた状態で止まっていた。
「落ち着け、お前ら」
ドスの効いた声が降り注ぐ。言葉に質量が乗っているかのように、全員黙った。
「イブキは客人だ。アタイらは彼を護る義務がある。誰であろうと、イブキを傷付けることは許さん」
「「「「「ハッ!!!!」」」」」
全員その場に跪き、頭を下げた。
お……おぉ……オメガさん、すげぇ……総隊長の名は伊達じゃないか。
「だが、お前らの気持ちはよくわかる。目の前に活きのいい若い男がいたら、この世界の女なら誰だろうと子を宿したくなるだろう」
……ん? あれ、流れが変わったな。
「だが、それを許してしまっては六華隊の秩序が乱れる。──そこで、一番最初にイブキを保護したミューレンに、初交尾の権利を与える」
「「はいっ!?」」
何を言い出すかと思ったら、何を言ってんのこの人。
ミューレンさんも寝耳に水だったのか、目を丸くしていた。
「ミューレンがその権利を行使し、初交尾を終わらせるまで、お前らは1人たりともイブキと交わることは許さん。終わった後の順番に関しては、あとでアタイの方でランダムで決める。異論は認めん。以上!」
再度手を叩くと、全員俺から離れてくれた。
良かった良かった、めでたしめでたし。……じゃないんだよなぁ。
横目でミューレンさんを見る。同じタイミングでミューレンさんも俺を見たのか、バチッと目が合った。
思わず、顔を背ける。
これ……もしかして、生殺しってやつ……?
すると、オメガさんがしゃがみ、俺にしか聞こえない声で耳打ちしてきた。
「ミューレンは中々の頑固者だからな。性欲に飲まれて、理性を失うことはないだろう。これでしばらくは、襲われる心配なくゆっくりできるぞ」
「は、はは。あ、ありがとう、ございます」
さっきの馬車では、がっつり飲まれてたんだよなぁ。
決定。生殺し確定です。
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