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第五話 これでもぉ?

 この終末について、私の分かることはそう多くない。

 世界は存外軟体的で融通きくものあるが消費期限が過ぎ次第そのうち破け得ること。

 そして、その際に現れる罅は赤く、また終わる前頃に意味たちはそれを身体に写してからバラバラに落っこちていく、ということくらいだろうか。


 それらすべては、私が天上の視座だった頃に隣で話半分に聞いたもの。

 語ってくれたのは神ならぬ身でありながら天を被り、その全身にて地と架け橋を作った上で、全てに生きるよう祝/呪っていた女性。

 神を否定する有り様の世界に、その代わりのように世界を動かしていた彼女の名前を私はぽつりと呟く。


「高子」


 それは、大いなる高み。ただの大柄の乙女。全てを見下げる悪意。ショタハンター八尺さん。世界を見つめるもの。

 そんな愉快な全てを混ぜこぜに呑み込んだ歪に、人として立つ小さな今の私の声なんて届かない。


 それでも高子はずっと見分けつかずとも私を見つめてくれてはいるのだろう。でも、決して姿を見せることはない。

 悲しいが、それでいいのだ。私はずっとあの子の愛を信用している。


「なにせ、彼女は殆ど全ての呪いを高みにて被ってくれていた存在。呪いにより関わるだけで全てを不幸にさせる、しかし全てを好んで同じだけ祝福するただ一人」


 正しく、誰から見たところで高子の動機は愛だ。

 そうでもなければ人間のスケールを基にした人間のためでしかない、この神々すらも見捨てた世界の行く末を誰が見届けようとするだろうか。


 私がゴミ捨て場を見つめ続けたことと同じで彼女は諦められないのだろう、きっと。

 大団円なんて下らない妄想と知りつつ、少しでも結果に報いがあって欲しいとハラハラと、その他大勢を望み続ける。


 雑草という名の草はない。視座の高低によっていくらボヤけようとも本質は彼ら各々の内にあり、生きるからこそ意味とは生まれ続けるもの。


「でも、私達は私達であり続けたかった」


 しかし、尊い命の一欠片になれた私は、多分に漏れず足りない足りないと喘ぎ続けて、結果ありとあらゆるものの幸甚を願わざるを得ない。

 私だけで足りるものか。もっともっと、幸せに。むしろ幸せそのものにだって幸せになってしまうくらいに欲張る心。

 それは滅びによって叶わぬことは必定となった。だが少しでも、あの遙か高みこの想いは届いてくれているだろうか。



「ぽぽぽぽぽ……」



 月が綺麗な、その空の彼方。誰も届かぬ高みにて、彼女はきっと今も歪なくらい円かに笑んでくれている。




 どうせ死ぬからと、丸まり生きようとしないものはそう存在しない。

 観測不足かもしれないが、最低でも私の世界では己のために頑張らないものは見つからなかった。

 ならば、私が世界の終わりをこの世に問いかけたところで答えは、同じこと。

 むしろ命のために燃え続けている彼らの邪魔をすることさえ、もう私には気が引けるのだった。


 私には自愛が足りないのは知っている。すぐ死ぬはずの『件』という生まれと何れ何もかもが滅ぶという状況がそうさせてくれなかった。

 積み上げるに不足があれば、優等以上に勝れない。必死がなければ、生きるのはこれほど努めにくいのかと私はしばしば唸る。


「でも、真面目にやっていればこのくらいの信頼は得られるもの」


 しかし、この世は答案の結果のみのために全てを出し切るばかりが模範ではない。

 私は私なりに息を継ぐのも蔑ろに頑張り続けた結果、なんと『いい子ちゃん』という称号を得られた。

 みらい等には蛇蝎のごとくに嫌われる他人からの表現であるが、しかし私はヘビもサソリだって好むところ。

 忌みだって意味なのだとすると、私は思いの外他人から着せられたこの評価すら喜ばしいお仕着せと思っているのかもしれなかった。


「ふむ」


 さて。そんな優れずにいいとされた私がどこで何を考えているかというと、他人の家の中で他人のことだ。

 学校帰りに連絡帳携え子供の徒歩にて進んだところで、夕は迎えていない頃合い。

 私は『いい子ちゃん』らしく、はじめてやって来てくれた同い年だからと親御さんが縋るように頼み込んできたそのことに、応じていた。


 私が徐ろに検めるのはかぴかぴに乾いたろくに食まれもせずに台無しになった朝飯のご飯粒。

 冷たく粘らぬそれを、代わりに食むこともせず戻したうえで、私は前を向く。

 そして、鍵のかかった扉の前にてこう叫ぶように部屋の主へと語りかけるのだった。


「小路ちゃん。出てきてください」


 その言葉に返事なく、しばらく経っても空隙が広がるばかりだった。

 しかし、私には眼前の鎖された部屋に息を潜める子どもの小心がまざまざと思い浮かべられてしまい、困る。

 優しくも見ず知らず、遠慮も知らない他人に攻撃的な行動に走らない結小路(むすびこみち)ちゃんは、きっと私なんかより余程『いい子ちゃん』なのだろう。


「あそびましょ」


 だから、私は続けてそんな期待を口にしてしまう。

 かごめかごめ。私は彼女がいつ出るか、今か今かと疼く。

 私は小学校一年にして端から不登校を貫くこの子の全容を知らない。

 でも、先まで色々と私に伝えようとしてくれた母親の愛から、きっとこの子は愛されるのが似合う素敵な子なのだろうと信じた。


 だから、私はずっとドアの前にて返事を待つ。

 私は小路ちゃんがこのまま背を向け続けられるくらいに強い子だなんて欠片も思っていない。

 むしろ、聞き及ぶに気弱で人のことを気にしてばかりいる優しい子ということから、絶対に見ず知らずの私の鎮座を放っておけないと理解している。

 沈黙は、予想以上に続かない。彼女はきっとドアの前にて私を覗いて、こう言うのだった。


「……だ、誰?」


 とても、小さな羽虫にすら負け得るサイズの言葉。しかし、それが勇気を振り絞って出した彼女なりの礼儀であれば弁え聞き入るのが道理だろう。

 私は素直に、こう返す。


「私は佐藤天音。貴女と同い年。貴女が気になって、来ちゃった」

「……う、嘘!」

「本当だよ?」


 疑問は弱く否定は、強い。そんな生き方は少し辛いだろうなと、私だって思う。

 だから、私は本音を返す他にない。どうしようと、私はこの結小路という少女が生きるためになればとしているばかり。


「わ、わたしなんか……おかしいから、駄目だよ」


 でも、彼女は嫌に傷のついた木製扉越しに変だと己を卑下する。

 私には、その理由は不明だ。彼女のお母さんは、何か変なものを見ちゃうらしい、ということくらいは聞いているが、それくらい。

 彼女の怖じの本質に触れていない私は、だから彼女にとってわからずや。

 でも、そんなの嫌な私は小路ちゃんの助けになればとその重みをいただこうと動く。


「小路ちゃんのどこが、変なの?」

「それは……」


 口ごもる、少女。三点リーダで辺りは埋め尽くされる。しんとした空間の中、時計の音ばかりがうるさい。


 しかし不動なままの私に耐えられなかったのだろう。

 たっぷり時間をかけて、彼女は、がちゃり。


「わたし、こんな、だから……」


 鍵を開けそして、前髪を鼻まで垂らした目隠れ少女、小路ちゃんは私の前に現れてくれた。

 こんな、と言うが実際私にはその表現が分からない。

 私より幾分パーツが発達不良なその全身はどうみても愛らしいし、それらを全て差っ引くほど彼女に付着した脂に整いの足りなさは及ばないだろう。

 むしろこれまでずっと顔も見せてくれない、と言われていた彼女が私の前に出てきてくれたことを喜び、ハグをする。


「わあ、出てきてくれた」

「きゃ」


 同年代にしては大柄な私の抱擁に震える、小路ちゃん。

 きっと何ヶ月かお風呂に入っていないのかもしれない彼女の匂いはなかなかワイルドなものであるが、汚物観測に慣れた私には気になるものですらない。

 むしろ、それに紛れた乳臭さとか、やわっこさとかどうにもこうにも愛おしい。

 私は素直に、彼女をこう評するのである。


「小路ちゃんはおかしくなくて、とってもかわいいよ!」


 それは、間違いのない言葉だろう。確かに私は視点の変遷により他者評価が雑なところだってあると知っている。

 多くが眉根を顰めるものですら、受け入れる私こそがきっとおかしい。


 しかし、そんなものと比べたらどうして引きこもりなだけの子供の愛らしいこと。

 私には私の中で怯え続ける小路ちゃんの怖じがますます分からなくなってしまうのだが、彼女は意を決したようにして。



「……これでもぉ?」



 前髪をかき上げて、赤いその瞳を見せるのだった。



 そう。それは滅びと同色。レッドアラートしか余地のないその目の色は全く現し世に相応しいものではない。

 つまり、彼女の視界は死に直結した赤い部屋。渦巻き続ける血色のグロテスクはやはり、気味の悪いものと捉えられるのが普通ではあるのかもしれないが。


「うん。綺麗だね」

「え?」


 私は、もう既に滅びをすら認めてこれから受け止めようとしてしまっているおかしな子だから。


 まるで『いい子ちゃん』のように、ただただ優しく彼女の背中をしゃくり上げる声が耳に響くようになるまで撫でてあげるのだった。

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