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第二話 牛の首

 この世には昔『牛の首』という怪談があった。そして、それはもうない。何故なら、その怪談を聞いたもの全てがあまりの恐ろしさに直ぐ死んでしまうからだ。


 そして、私はそれそのもの。終わりと同義の存在だから、故に終末の今それを物語るために生まれてしまったのだ。


 滅亡。私はその階をぐしゃぐしゃした黒クレヨンの無駄遣いで人を表そうとしている少し偏執的な友達の隣で見上げる。

 それは未だこの空にかかる引っかき傷程度。まだ意味として成り立っていないそれを覗けるのは、きっと現状私くらい。

 選択肢の少なさ故に海のような色合いになった蒼穹の絵に一本ただならぬ色を引いて、私はこう呟くのだった。


「赤い」

「青いよ?」

「うん。それが正しい」

「ええ?」


 コードブルーにシグナルレッドが重なる、そんなあり得ては行けない私のイラストを観て彼は首を傾げる。

 異性とは言えまだ性差なんていうものすら知らないのだろうこの子供は、足立みらい。

 私の母の友達の子で、弱々しかった私に彼の母が構いすぎることを最初嫌っていたが、その後親の言うことを聞くのを覚えて私を気にしてくれるようになった優しい子だ。

 愛らしいと正直に伝えてしまえば嫌がるだろうが、彼は正しくそれ。どんぐり眼に映る疑問が、しかし私にはとても悲しい。

 素直に、私は彼に合点をいかせるための会話を続ける。


「でも私の空はこれ」

「えー……あーちゃんってこんなに見えてるの? 目、大丈夫?」

「ああ……ありがとう。別に私の目自体はおかしくないかな。それでは、みらいにはどう世界が見えてる?」

「えっと……」


 光に好かれた黒がのぞかせる栗色の反射光。日向の元にて見る彼の輝きを上から覗くのは、それなりに心地良いものだった。

 私はデカく、彼は可愛らしい。一時目線が合わずにうっとうしかったそんな違いをいざ認めてしまえば、景色は様変わりするものだ。


 同じく、問った特殊な私と平均台の視線を持つ彼とは大きく理解が違う。

 クオリアを用いずとも、何もかもに触れ得ない奥深さがあり、そして我々は表層をこすりつけ合うだけに過ぎなくとも、それでも。


 鳶色の瞳を再びぱちぱち。その小さな泉に映る青はやはり赤混じりであったが、彼はしかし水晶体に映る青ばかりを受け止めながら、こう呟く。


「いろいろあって、分かんない」


 なるほどと、私はあえて言わずともここに記す。

 不明とは不出来の証である。どうもそんな嘘を押し付けられていたらしい、バカと言えばグーで返してくるような、みらいが己の不足を認めた。

 青一色に彼は何も受け取れず、しかし私の居場所は見つけてくれるなんて。


 分からないなら、あり得るのでは。そんな悪魔の証明にならわずとも、私はここに居るというのにもっと近くでいいよとしてくれた。

 私はここに生じるまで本の黒いシミ、ビットの並びだった。だからこんなに心は高鳴るものであって、愛とはここまで接触を求めるものとは知らないで死んでいたのだ。


「ふふ。みらいは、それでいいんだ」

「わ」


 それが酷く惜しいと認識している私は小さな男の子を遠慮なく抱擁する。

 彼は私のために驚きに歪んだ。


「オレもう子供じゃない……やめろよ」

「分かってる。でも、止めたくない」

「なんで……」


 みらいが私の中で照れている。そんな、何時かはあり得なくなるだろう今を私は愛おしく思う。

 人は成長し停滞し、老いに亡くなる。そんなプロセスの適用が彼には成され、私にはきっと半分ありえない。


 だが、それでも滅びの前では私もみらいも同一で、我々はギロチンを待つばかりの囚人ですらあるのかもしれないが、しかし心ばかりは苦しいくらいに自由。

 私は、この頃同輩達があまり言わなくなった素直な本音をみらいにかけるのだった。


「好きだから」


 そう、私は彼が好きだ。

 勝手なところは苦手で、泥で遊ぶのは信じられないし、読書の邪魔をしてくるのはうざったいが、そんなのの影響程度でこの好きは殺されない。

 私の手は長くなくとも、しかし隣の彼に優しくするくらいは出来るから、友として大事な男の子を更に強く抱くのだったが。


「っ! ばかじゃねーのっ」

「あ」


 しかし、人でなしから人間は怒気と共に逃げ出す。

 そして、みらいは自らのお絵描きセットと黒丸が沢山の画用紙を苛立たしげに持って、こう続ける。


「なの、あたりめーだろ!」


 顔を真っ赤にしながら、迂遠な告白。

 きっと彼には本心通じるとも思っていないこんなのが、みらいという男の子の現状精一杯の告白に違いない。

 素直になれなくても、好きに否とは返せない、そんな男心というものがあるのだろうか。

 私には分からないが、だがしかし。


「あ……」


 遠くへ行くスモックを満足気に見つめていた私の足元にぽつりぽつりと、赤が落ちる。

 血。それが床を汚すのを嫌った私は近くの紙、描いていた空の映しを用いてひさしとした。


 私は直ぐに手の甲で血の源を探るが、その結果は触れたことで出血増したためか呼気に生臭さを覚えるようになったことで理解する。


 ぽたりぽたりと、赤は続けざまに青を汚していった。


「鼻血……」


 そう。それは私の生きている証で、死に昏くなるための停止線の色。

 赤は私の中で私を生かしていて、しかし生もすぎれば溢れ出すのも当然のことだろうか。


 つまり。


「私、小さな男の子に興奮したんだ……」


 そんな情けない事実に、雫はまたぽたり。心とは厄介なものだが、これを教訓とするにはあまりに情けなくはある。

 でも、なかったことにしたくなければ、困り果て。


「ふふ……」


 私はショタコンを自認し、生まれて初めて苦笑をしたのだった。

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