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プロローグ 終わりの始まり

 心とは金剛石のように頑なでなくても良い。別段飛沫すら含んだスポンジのように柔く感じたって構うまい。

 擦り切れて役に立たなくなるまでに使われるそのことにもし、愛があったのなら。



 蝶とはひどくぶよぶよとした腹を持つ生き物である。

 綺麗とされる色づきがちな薄き羽根など、どうでも良い。

 幼虫の延長線上にある、その飛ぶために削りきれなかった生々しさが、私には辛かった。

 醜い、それをうごめかせてじたばたと。人間の人差し指の力にも負ける翅の動きはこの苦境を越えるに足りない。

 ちっぽけな、死んでいないだけの命は私の気まぐれにすら殺されるのだから、無常である。


「だからとはいえ生きていても構わない」


 諦めるように力を抜き、私は観察のために付き合わせていたアゲハチョウを解き放つ。

 主に黄色く縁取りばかりが暗い色したその羽ばたきは浅い。だが懸命であれば空を舞えるのは周知のこと。

 私の指先に鱗粉ばかりを残して、蝶は空を這うように消えていく。


 私は予め知っている。アレはその内に落ちて、蟻に拾われ細かく食まれてその子等の滋養となることを。

 幾ら天に向かって飛ぼうとも暗がりの中に収まることが結論であるならば、その繁殖のために飛び回ることは個にそれほど意味があるものだったのだろうか。


「おしまい、おしまい」


 お終い。私が幾ら考えてみようとも命なんていうものはピリオドを常に先に置きながらもそこまで真っ直ぐ生きていく。

 めでたしめでたしの先のろくに描かれることすらないリアル。熱を由縁にした愛なんかでは決して死には届かない。

 命は繋がり、そして最後は断絶する。


「だが、死ぬな」


 それを知って諦めながらも生きているのが人間であれば、絶滅を前に諦めきれない私は何だ。そんな自問に答えは一つ。


「私は、もう生き物だろう」


 そう、私は千里件という生物。瑞獣白澤に類する危機と救いを教える者。

 また私はその上でこの世にあってはならない物語、牛の首をすら孕んだ件という怪異でもあった。


 希望と最悪を擁した私はこれまで生まれることすらないもの。終末のラッパは蔵されて忘れられるべきものであるから。

 いいや、そもそも私自身本心より生じたくはなかった。この世界が幾ら末期的であろうとも、看取られるには随分と瑞々しくも血生臭くあるというのに。


「生きるのだよ」


 千里件は無所属無対応。強いて言うなら自然に属していた。上から下に見るばかりの三人称の視点。

 そんな物語としてこの世を読み上げるばかりの匙に、果たして何ができよう。

 私は戸惑い、でも希望を謳う。


 終末は線である。滅びとは落下だった。

 その全ては赤で表されており、つまり空に入っているあの赤い罅は諦めのための導入。


「世界は滅ぶ。それから救われたければ……」


 私は件という妖怪に類する権能を持ってして危機を知らせる。

 しかし私が迷っている間にイエローシグナルの時期はとうに過ぎ、レッドアラートは頭上にはっきりと刻まれてしまっていた。

 故に、私は希望を語ることすら出来ず、騙る気にもならなければ素直にも、こう呟く。



「それより先に死ぬといい」



 そんな本当のことは誰にも伝えたくなくって、だから今日も一人に暮れる。

 滅びに飲み込まれるばかりの憐れむべき命たち。それを見定める暇すらなく、見切ってしまうのは私にはどうにも嫌だ。

 本当は、誰も彼にも救いがあって然るべきではないのか。しかし、そんなのは自然ではないことだって私だからこそ解っている。


「畢竟、人のためのこんな世界に神なんてないのだから」


 物語は観測されてこそ語られるもの。そして観測能力によって結論が変わるのであれば、この世の全ては妖怪や怪異と大差ない。

 そんな、あなたのクオリアに染まったこれほど見事な牽強付会を一言で伝えるならば。


「人間原理」


 それこそが、この世界の始まりで、おしまいの合図。

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