皮喰い 【ファンタジー】【童話】
俺たちは普段、暗闇の中で暮らしている。そして人の皮を食って生きている。とはいっても、生身の皮を引っぺがすような野蛮なことはしない。俺たちが食べる皮は人にとって“精神的なもの”らしい。だから人にはその皮も、俺たちの存在も見えていない。これはガキのころ、長老に教わったことだ。他にも長老には皮の探し方や、美味い皮の見分け方を教わったものだ。
人がガラスと呼んでいる物質が俺たちの住む暗闇と人の世界をつないでいた。俺たちは暗闇の中から、人が持ち歩くガラスの明かりに目星をつけて、皮を食べに出かける。人の皮はやたらに剥けるもんじゃない。だから俺たちは何人かの後をマークして、皮がぺりっと剥がれ落ちる瞬間を狙い歩くわけだ。無理やり引っぺがしたり、剥けるのを手伝ったりするのは禁じられている。そうすると皮の味が落ちるし、次の皮が出来にくくなるらしい。だからよっぽど腹が減らない限りやってはいけない。俺は幸いにもまだ死にそうに腹が減ったことはない。皮を一欠片も食べれば、しばらくはのんびり暮らせるように俺たちの体は出来ている。
ぺらり。目の前でショウイチの皮が一片剥け落ちた。「このブス! 死ね!」悪態をついてつばを吐くショウイチは、この一ヶ月ぺらりぺらりと次々に皮を落としている。騒がしい街にうつって、キャッチ、というものになってからだ。前はこんな暴言を吐くヤツじゃなかったんだがな。どんどんショウイチは新しく生まれ変わっているが、こいつの落とす皮は日に日に不味くなっていく。俺は腰を上げて剥け落ちてきた皮を拾い上げ、ポケットにしまった。万が一の非常食にしておこう。ショウイチはイライラと電話をかけ、大声で喋っている。うんざりして俺はガラスを抜けて暗い世界に帰った。
そうだ、チヅに会いに行こう。
名案だった。そろそろチヅの皮も剥けるころだろう。俺はチヅの持つカガミを探して暗闇の中を歩いた。チヅの皮は端っこが少しめくれたまま、じっと剥がれ落ちる瞬間を待っていた。その端っこの美味そうな色艶を思い出し、俺はごくりとのどを鳴らした。美味い皮が剥け落ちる瞬間ほどきれいなものはない。きらきらと破片が輝きながら落ちてくるのだ。
「チヅ! まだ硬い!」カガミを抜けると怒声が響いていた。舞台の上でチヅがしょんぼりと動きを止める。本番まであと数日なのに、チヅはまだカタサが取れないらしい。一人で踊るときは生き生きとしているのに、だ。
緊張感を乗り越えなさい、と先生がしかる。チヅだって解ってる。だけど解ってても出来ないことはたくさんあるもんだ。「はいっ」チヅが元気よく返事をした。もう一度練習が始まる。皮の端っこがまた少しめくれた。ああ、美味そうだ。チヅ、がんばれ。あとちょっとだ。俺はステージの隅で、きらりと輝く瞬間が訪れるのを待ち続けた。