影ふたつ、きらめいて 【青春】
クラスメイトたちが寝静まったテントを抜け出すと、彼はもう約束の場所にきていた。
付き合い始めて二週間、やっと二人でいる事が自然になったところ。それなのに林間学校が始まってからの三日間、クラスが違うというだけで、満足に会話することも出来ず、私は寂しくてしょうがなかった。だから、真夜中の待ち合わせに彼が誘ってくれた事が、心から嬉しかった。
「寒くない?」
「ううん、平気」
見回りの先生たちの目を盗むように、テントから少し離れた木の下に膝を抱えて座りこむと、私たちは照れ笑いを見合わせた。
「なんか、変な感じだね」
「うん」
短い沈黙が舞い降りる。久しぶりの二人っきりに、何から話せばいいのか解らない。
「あれ。ねえ、影が二重になってるよ」
「え?」
ふと目を落とした地面に二重にぶれた影が揺れているのを、私はとっさに声に出した。影がいくつもできる事くらいは珍しいことじゃない。でも、林道の片隅には頼りない街灯が一つあるきりだった。
「月だよ」
言われて見上げると、夜空にまあるい月が浮かんでいた。暗い道に、下ばかり向いて歩いてきたので気がつかなかったのだ。
「きれい」
群青色の空の一番高いところで、月は圧倒的な存在感で光り輝いている。
「月ってこんなに明るいんだね」
「だな」
私はうっとりと月を見上げ、それからもう一度二重の影を見た。
「そういえば、月影って言葉があるじゃない。私ずっと、なんで『影』なのに光を現すんだろうって思ってたの」
「へえ。月の影のことじゃないんだ」
唐突な私の言葉に、彼はいつものようにのんびりと言葉を返してくれる。
「変でしょ。でも、こういう事ね」
私は手をかざして地面に二重の影を作り出し、もう一度月を見上げた。
「影があるから、光に気がつくって事」
なるほど、と彼は頷いて、私たちは微笑みあった。言葉を探したほどの緊張がするりと解けて、急に素直な気持ちになる。
「ねえ。私この三日間、気がつくと孝のこと探しちゃってた」
たった三日、二人の時間が無いだけで、こんなに不安で寂しい気持ちになるんだって、初めて知った。
「うん。俺も」
体温が近づいて、ゆっくりと唇が重なる。
「大好き」
呟けばそれだけで、寂しさの影の向こうで、恋がきらきらと輝きをましていくのを、私は感じた。