表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/21

その名を 【SF】

「もし、女の子だったら、つけたい名前があるんだ」

 突然の声に私は耳を澄ませた。

「アオイって名前、どうかな」

 彼は柔らかに言った。とても素敵な声だ。

「いい名前じゃない。でもどうして?まさか昔の彼女の名前じゃないでしょうね」

「ちがうよ。昔、会った不思議な女の子の名前なんだ」

 彼は大きな手を私に寄せると、ゆっくりと、語り始めた。


 その日は何年に一度かの大雪だった。僕はまだ小学生で、分厚く積もった雪が珍しくて、学校帰りにわざわざ駅向こうの公園に寄り道をしていた。

 公園は雪の冷たさをものともせずに、興奮した子供たちが歓声をあげて

「雪だるま作らない」

 急に声を掛けられて、僕はびっくりした。そして振り返ると、見たことの無い女の子が立っていたんだ。肩で切りそろえられた髪と、大きな目が印象的だった。丁度僕と同じくらいの背だったけれど、顔立ちがクラスメイトの女の子達よりずっと大人びていて、僕は上級生の子かな、と思った。

 だけど女の子は、僕と同じ学年で、名前はアオイだと名乗った。

 僕はまだ子供で、女の子と二人で雪だるまを作るなんてことは、論外だった。でも彼女の少し伏目がちな目を見ていると、雪合戦なんて子供の遊びはどうでも良くなったんだ。僕達は二人であたりの雪をかき集めて雪だるまを作り出した。うんと大きなのを。

「目は、これでいっか」

 積み上げた腰ほどまでの高さの雪だるまに、彼女は自分のカーディガンのボタンを思い切り良くちぎって付けた。そして嬉しそうに笑ったんだ。僕は思わず見とれた。

「ありがとう」

 僕に向き直ると彼女はとても満足そうにそういった。僕は照れくさくって、弱った。どう返事していいのかわからなくて、俯くと、彼女の手が真っ赤になっていることに気がついたんだ。僕はポケットに突っ込んでいた手袋を取り出すと彼女に突き出した。

 彼女はびっくりしながら、おずおずと僕が差し出した手袋を受け取ってくれた。

「ありがとう」

 僕は耳まで真っ赤になって、俯いたんだ・その時後ろから、友達の呼ぶ声がして、僕は後ろを振り返った。友達の姿は無かった。そして、向き直ったときには彼女の姿も無かった。あっという間だった。

 その後さ。うちに帰って、夕飯を食べながらニュースを見ていたんだ。すると大雪を伴った冷え込みで、凍死してしまった子供の、かわいそうなニュースがやっていた。その子はちょうど僕と同じ年で、アオイという名の女の子だった。

 両親にベランダへ締め出されて、朝には冷たくなって死んでしまったんだ。


「僕は、次の日公園へ行ってみた。だけど雪だるまは見つからなかった。もちろん手袋も」

 私は冷たい雪の感触を思い出した。怖くて恐ろしいもの。いやだ、いやだ。

「あ、蹴ってる。ほら」

「ね。アオイちゃんか、きっと、淋しくて辛かったよね。いいわ。私たちのアオイちゃんは、その子の分まで、愛してあげましょうよ」

「ありがとう」

 暖かい声。私は暴れるのをやめた。大丈夫だ、もう、ゆっくり眠っていいんだ。

 私の意識はだんだんと遠のいていった。それはあの朝感じた恐怖とは違う、暖かい眠りの訪れだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ