影少女 【ファンタジー】
「あの。私、あなたの影になりたいんです」
夕飯の買い物をしにスーパーに向かっていると、電柱の陰から少女が飛び出してきた。
「はあ」
「影になりたいんです」
アイドルになりたいんです、と同じ調子で彼女は言った。切実かつ可愛らしい口調は完璧だったが、アイドルになるのはその細い目とぽっちゃりとしたほっぺたと、小ぶりな丸鼻では無理な話だ。いや、影になりたいのだった。
思い直して僕は、長い髪を三つ編みにし、もじゃもじゃの前髪を無造作に額にたらした佇まいに目を向ける。彼女は僕の視線に恥らうようにもじもじとし、上目使いに僕を見上げた。
「うん、君ならなれるよ」
背中を駆け回る悪寒と、総毛立つ肌のざわめきを感じ、強い確信とともに僕は彼女に太鼓判を押した。
「本当ですか。やったあ! 私、あなたの影になるのがずっと夢だったんです!」
大きく張った胸の前で、祈るように組んだ手を握り締め、小さく飛び上がりながら色めき立つ少女。
「いや、僕の影は間に合ってる」
なるべく穏やかに僕は断った。思わずその影としての素質に太鼓判を押したものの、僕の影にはなって欲しくなかった。
「どうして!」
どうしてと言われても。だって君、気持ち悪いんだもの。しかし僕は大人なので、率直な意見は口には出さずにしまっておく。
「私、役に立ちますよ! 写真の端っこに写ったり! みんなで喋ってるとき空回りしたり!」
僕の答えを待たずに、彼女は引き立て役としての自分を熱烈にアピールし始めた。自分ならではの細かい技で、どんな場面でも僕の影となり、僕を引き立てると熱弁を振るう。
どうやら素質だけでなく、才能もあるらしい。
「それなら、暗殺されそうになったら身代わりになってくれる?」
「それはだめです。契約外です」
彼女は影のプロとして、毅然と言った。
「じゃあ、いらないよ」
僕はそんな中途半端な影は必要としていない。
「そうですか……」
彼女は悲しそうにうつむいて、僕の後ろに回りこんだ。そして、夕焼けに長く伸びた僕の影の中にぬるりと溶けていった。
「やれやれ」
ただの影ならまあ、いいか。
僕は夕飯の買い物リストを思い出しながら、スーパーに向かって再び歩き始めた。
影は、いつものように僕の後をついてきた。




