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吾輩は 【ファンタジー】【現代】

 ぴったりと閉められたガラス戸を僕は恨めしく見上げた。曇り空の下を吹き抜けていく風に雪の匂いを感じて、僕は枯れた芝生の上を何度も往復する。ガラス戸の内側を人影が通り過ぎる度に何度も声を上げたが、一向に中に入れてもらえる気配はなかった。

 それもこれも、あの得体の知れない生き物せいだ。一昨日の夜突然やってきて、昼夜をかまわず泣き叫ぶ恐ろしい生き物。おまけにそれが来てからというもの、家族の誰もが僕よりそれを優先するのだ。

 ゆうくん、とそれは呼ばれていた。僕の名前より全然かっこ悪い。まだ、隣に住む三毛猫の三郎のほうがマシだ。そういえば、ゆうくんの泣き声は猫の悲鳴に似ている。だけど、猫だってあんな不躾な鳴き方はしない。

 今朝、まだ日が昇ったばかりの時間にも、それは突然大声で泣き叫びだした。ソファで眠っていた僕はびっくりして、あやうく落ちるところだった。なんとか踏みとどまったものの、あわてたせいで、少しだけ爪で布を裂いてしまった。

 もういつまでも正体不明の生き物に怯えているわけにもいかなかった。僕は決意して、和室に向かった。そっと廊下を抜けると、いつも締め切られている襖が開いていた。恐る恐る中に入る。ゆうくんは木の柵の中で、力の限り泣いていた。

 僕は柵に足をかけると、騒音源に顔を近づけた。嗅いだことのない、甘くていい匂いがする。僕は思い切り息を吸い込んだ。

 一体、ゆうくんは何なんだ。僕は思い切って舌先を伸ばした。もしかしたら、甘い食べ物なのかもしれない。大好きなケーキの様に、僕はオアズケされているのか。なら、この木の柵は新しい冷蔵庫なのか?

 僕は舌を伸ばし、ゆっくりとゆうくんを舐めた。甘くはない。しかし感触はソーセージに似ている。ひとつ、かじってみようか。

 僕は口をあけてゆうくんに近づけた。けれど高い木の柵に阻まれて、上手くかじりつくことができない。ゆうくんはいっそう激しく泣いた。耳が痛い。よし、この音が出ている部分からかじってしまおう。

「ジョン!」

 僕が体制を整えていると、お母さんの声がして猛烈な張り手が飛んできた。あっという間に僕は柵から引き剥がされる。

 ゆうくんは相変わらず泣いている。お母さんの手から落ちたビンからミルクの香りがした。あれはゆうくんのエサか。だから甘い匂いがしたのか。

 そして僕は庭につながれた。この家にきて初めての事だ。どうやらゆうくんは僕よりもずっと大事らしい。

 僕はとても反省している。もうゆうくんを味見しようとしない。誓う。だからそろそろ中に入れてもらえないだろうか。

 僕はガラス戸を見上げた。中からは相変わらず、ゆうくんの泣き声が聞こえていた。

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