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スターもしくはスター 【青春】

 去年のステージ前は緊張しなかった。ライトがついても、緞帳があがっても、心配していたのはたった一つのことで、自分の事なんか全然気にならなかった。だって、最初のコードは知っているから。何度も何度も弾いてきたリフは指が飽きるくらいになっているから。

 ただ先輩が間に合うことだけを祈りながら、最初の音を出した。

「先輩、なにぼーっとしてるんですか。もうすぐ始まっちゃいますよ」

「あ、うん。ちょっと緊張しちゃって」

 肩に感じるギターの重み。ピックを指の間で滑らせる。いつものぺらぺらとした感触。後輩が、笑っている。

「ごめん、部長なのに、しっかりしなくちゃね」

「そうですよー、いつもの元気はどうしたんですか」

 しっかりしなくちゃ。そう、最初のコードは覚えている。去年とは違うけれど、いっぱい練習した新しいリフも完璧だ。

「軽音部、でてくださーい。あれ、ドラムはいらないんでしたっけ?」

「あ、はい。そうです。今年は打ち込みなので。これにマイクつないでもらっても良いですか」

 実行委員にあわてて機材を差し出すと、コードがピンと張る感触がして、立てかけてあった譜面台がなだれるように倒れた。

「わ、わわわ」

「ぶちょー、緊張しすぎですよー。はい、ほら、これ」

 後輩は背が大きい。手も大きい。ベースを背中に回して、さっさと絡んだコードを外して、譜面台を立て直し、笑う。

「ありがとう。ごめんね」

「いいんです。それより曲間違えないでくださいよ」

「うん、大丈夫。そっちこそ歌詞間違えたりしないでよね」

 笑う。ちょっとだけ肩に食い込んでいた重みが軽くなる。暗く暗転したステージに踏み出して、セットされたアンプに向かう。コード、スイッチ、音量、チューニング、最初のコード。振り返ったら後輩はもうマイクのつながれた打ち込み音源をチェックしていた。

「だいじょうぶ?」

「はい。ちゃんと鳴りそうです。音量がちょっと解らないですけど。あのー、マイクから少し出してみてもいいですか」

「はーい。お願いしますー」

 実行委員の子がトランシーバーで音響室に指示を出す。スタート。いつものカウント音が響く。出だしのコードをぎゅっと握った。

「ギター、だしてみてください」

 最初のコードが鳴る。くらくらする。

「オッケーでーす」

「じゃあ、スタンバイお願いします。アナウンス入ったら幕を上げるので。時間押さないでくださいね」

「はいっ!」

 薄暗いステージに二人。顔を見合わせて、引きつりながら笑った。

「いつもどおり、いきましょうね」

 後輩はなんだか、余裕だ。私も去年は緊張しなかったのに。

「大丈夫」

 最初のコードはわかってる。ここが武道館になる瞬間も、知っている。泣きそうになるくらいの緊張と暖かさ。幕が開く。眩しくて、何も見えない。

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