夏の音 【純文】
「あんまり遠くに行くなよー」
神社裏の森に散っていく、幼い従兄弟たちの後姿に声をかけると、俺はジーパンのポケットからタバコを取り出した。
木陰にたたずむと、熱気を払う涼風が通っていく。五人の子供たちの世話を押し付けられたとはいえ、初盆の準備と口煩い親戚方に囲まれる母屋にいるよりは数段マシだった。
ジィジィと夏の日差しに挑むように、蝉たちがひっきりなしに鳴いている。
それぞれに虫取り網を持って、木立を見上げては歓声をあげる子供たちの姿に、俺はこの森で過ごした懐かしい夏の思い出を次々と思い出した。
鳥の巣を見ようと木に登って骨を折ったことや、森の奥で遭難しかけた事さえあった。
あの頃の自分と比べれば、少々数が多いとはいえ、素直に蝉を追いかけている従兄弟たちは可愛いものだった。
一服し終わると、俺は懐かしい景色の中を従兄弟たちの成果を見て回った。
「雄太―。どうだー?」
ひとり年長の雄太は弟妹たちのグループから離れて、黙々と虫を追っていた。
「おう、上手いな」
雄太は得意そうに油蝉とアゲハチョウの入った虫かごを見せ、網を手にはにかむように笑ってみせた。
「よーし。そろそろ帰るぞー」
飽きっぽい下の子供たちが、虫かごを置いて遊び始めたのを機に、俺は従兄弟たちに声を掛けた。ばらばらに遊ぶ子供たちを一人で見る事の難しさはよく知っていた。
「じゃあ、帰る前に、虫も帰してやろうな」
俺の言葉に小さな子供たちは文句を言ったが、お決まりの蝉の寿命を教えて諭すと、さすがに可哀想になって、次々と虫かごのふたを開けた。
「あーあ」
諦めきれないのか、悔しそうに雄太が声を出した。自分の手柄を渋々手放すその横顔に、俺はいつかの自分を重ねた。
あの時、同じような理屈で俺を落胆させたのは父だった。次々飛び立っていく虫たちに感じた悔しさを思い出して、ふと、今更のように自分がもはや逆の立場に立っている事に気がつく。やれやれ、と俺は苦笑した。
「さあ。帰るぞ」
空っぽの虫かごを抱えた雄太たちを見回して、帰り道で駄菓子の一つでも買ってやるかと思い立った。いつかの自分がめったにない買い食いをとても喜んだように、この子達にとって、今日が楽しい思い出となるように。
「アイスでも買ってくか」
俺の提案に、つまらなさそうに端を歩いていた雄太は、弾ける様な笑顔を見せた。つられて俺は、久しぶりに声を立てて笑った。
遠ざかる森からは、夏の音がひっきりなしに聞こえていた。




