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家族の肖像 【SF】

 画面の中で、小さな女の子が愛らしい笑顔をこちらに向けている。赤いワンピースが日の光に明るく輝き、動き回るその小さな体を鮮やかに彩っている。

 私にもこんな小さな時があったのかしら。思い出を手繰り寄せながら、アキはベッドの端に腰掛けたまま、じっと画面の中の少女を見つめた。

「どうしたんだ?」

 寝支度を整えた夫は部屋に入ると、身動きせずに仮面を見続けるアキに声を掛けた。

「なんでもないの。少し不安になって」

「またか。大丈夫だよ、今まで上手くやってきたじゃないか」

 夫はアキの隣に座ると、そっと肩を抱き寄せた。

「うん。だけど心配なのよ」

「そりゃそうさ。誰だって不安になることだ。だけど僕がいるじゃないか。お前一人で悩む問題じゃない」

「うん。ありがとう」

 アキは夫の腕のなかに身を預けるとそっと息をついた。いつも自分を支えてくれる夫、その優しさにアキは心から感謝していた。

「ねえ、またあなたの小さい頃の話をして」

 アキは子供のようにせがんだ。

「またかい。もう飽きちゃうんじゃないか」

「そんなことないわ。私には無いものだもの、聞いているととても落ち着くの」

「それなら話すけど。そうだな、お母さんの話をしようか」

 アキは夫の腕の中で姿勢をただすと静かにその声に耳を傾けた。

「僕が小学生だった頃、学校から帰るといつもお母さんがおやつを用意してまっていた。僕は学校がから真っ直ぐに家に返っていたよ。走ってね。玄関を開けると、ケーキを焼いた甘い匂いが漂うんだ。そして奥からお母さんが笑顔でおかえりって言ってくれる」

 アキは目を閉じてその様子を思い浮かべた。

「ケーキを食べながら、僕はお母さんにその日に起こったことを話すんだ。授業で習った新しいことや、先生の口癖、友達の失敗談や、それから自分のことをね」

「すてきね」

「お母さんは笑って頷くんだ。よかったわねって。僕も嬉しくなって笑う。今思えば、幸せな瞬間だったな」

「ねえ、私もお菓子を作ってあげたいわ」

「そうだね。覚えるといい。女の子は特にお菓子が好きだからね」

 夫は優しくの髪をなで、つけっぱなしになっている画面を眺めた。

「私に懐いてくれるかしら」

「大丈夫さ。ちゃんと君に似た可愛い子じゃないか」

 十個の受精卵から成長予想図をみて選んだ娘はどこから見てもアキにそっくりだった。

「ええ。それにあなたに目がそっくり。この子にしてよかったわね」

「なんたってあんなに迷ったんだからな」

「だって。やっぱり青い目のほうがきれいなんだもの」

 アキはまだ諦めきれないわ、というように口を尖らせて言った。

「流行に乗るのはよくないよ。これから何十年と一緒に暮らすんだもの」

「解ってるわ。大丈夫よ、この子はとっても可愛いわ。なんて名前にしようかしらね」

 不安を感じているとはいえ、楽しそうにアキは言った。

「向こうでなんて呼ばれていたかによるさ。いくら記憶にリセットを掛けるって言ったって、あまり別物じゃあ、かわいそうだろう」

「でも、リセット前のことは本当に覚えてないのよ」

「知ってはいるさ。ただ僕は最初から外で育ったから、少し感傷的なんだ」

 そう言われてもやはりアキにはよく解らなかった。リセットは乳幼児養育所で育った人間が必ず受ける処置で、記憶の一部、特に養育係との思い出を白紙に戻すものだった。白紙といっても何も無くなってしまう訳ではない。ただ、本当の親との関係形成に邪魔になりそうな物を取り除くだけだ。

長年の研究で、何も問題は無い処置だった。まれに、養育所でのことを思い出してしまって、受け取りに来た両親に馴染めない子がいるらしいが、アキはいくら思い出そうとしても昔のことは思い出せ無かった。

 しかも、アキの記憶は二十歳からしかなかった。たぶん両親がいつまでたっても迎えに来なかったのだ。それを恨んではいないが、自分が三歳の娘を受け取る段になって、子供のころの記憶が無いことが心配になった。

「ちゃんと育てられるかしら」

「大丈夫だよ。僕がついているし、君はちゃんと育児能力があるんだ。それに、もしだめだったら、養育所に引き取ってもらうことだってできるじゃないか。そのために高い税金を払ってるんだ」

「そうね。国の養育所がしっかりしてるんだもの。心配することは無いわよね」

 自分を励ますようにアキは笑顔を見せると、夫に優しく口づけた。

「さあ、もう寝ようじゃないか」

「そうね。おやすみなさい」

「おやすみ」

 夫はアキをベッドに寝かせ、すこやかな寝息を確認するとそっと部屋を抜け出した。

「もしもし、お菓子作り機能の追加をお願いします。ええ、すぐに。それからちょっとプログラムを調べてください。どうも彼女、自分が人間だと思っているみたいなんです。いや、さすがに僕からは言えませんよ。ええ。それじゃあお願いします」

 いくら高性能とはいえ、自分を人間だと思うとは、アキの奴、しょうがないな。夫はそう思うと、愛すべき妻の待つ寝室に戻った。

 彼女に似た顔立ちの遺伝子を見つけるのは一苦労だったが、家族三人がそろった姿を思い浮かべると、自然と笑顔がこぼれるのだった。


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