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三題噺もどき4

会心の菓子

作者: 狐彪

三題噺もどき―ろっぴゃくろくじゅうろく。

 



 部屋の中には、小さく音楽が流れている。

 今日は気分が乗って、というか乗り切らなくて、気分転換がてらに音楽をかけて仕事をしている。三拍子の心地のいいリズムが、乗り気になれない頭を何とか乗せてくれた。

 ……しかしまぁ、その音楽が聞こえていたのは少しの間だけだったかもしれない。集中に乗りきってしまえば、音は聞こえなくなってしまう。

「……」

 だが、その集中も少し切れてきた。

 というか、きりのいいところまできたものだから、一旦ここでやめようかと自制心が働いた。あまりこういう自制心が働くことはないので、珍しいことだったりする。

 まぁ、先に言ったとおり、単純に集中が切れただけの話だが。

「……ふぅ」

 キーボードから手を離し、体ごと机から離れるようにしながら、猫背になっていた背中を伸ばす。ついでに腕も軽く伸ばし、固まった体をほぐしていく。

 ギシ―と椅子が悲鳴を上げ、そろそろ変え時だろうかと思う。

「――っ、」

 椅子に倣って、体の節々が体の中で音を立てているのが分かった。

 姿勢の悪さというのは、意識をしていれば治せるだろうが……どうにも集中すると意識は途切れるからそう簡単には治せない。強制でもしてくれた方がましだな、これは。

「……」

 腕を伸ばしたまま、ついでにと、壁にかけられた時計に目をやる。

 散歩から戻り、仕事を再開して、没頭して……休憩するには丁度いい時間だった。

 そろそろ菓子作りを終えたアイツが呼びに来る頃だろう。

「……」

 と、噂をしていると足音が部屋に近づいてきた。

 少量の音で流している曲のなかに、小さく一定のリズムで聞こえてくる足音は、少し可愛らしく聞こえてくる。

 適当に流した曲だったが、案外似合いの曲かもしれないな、アイツに。言ったら怒られそうなので口が裂けても言わないが。

「……」

 しかし、その音楽も少々鬱陶しくなってきたので、止めるとしよう。

 背もたれに預けていた体を起こし、マウスに手を乗せる。

 カーソルを操作しながら、パソコンから流していた音楽を停止させる。

 それと同時に、部屋の中に廊下からの光が入り込み、声が飛びこむ。

「ご主人」

「……」

 今日はやけにご機嫌な格好をしている。

 珍しく薄いピンクのエプロンに、裾の方に桜のイラストがプリントされている。

 この間見せた公園の桜は気に入ってくれたのだろうか。今まで見たことないエプロンだな、それは。

「休憩にしましょう」

「あぁ、うん」

 そう口にしながら、わざわざ部屋に入ってきて、机の上に置かれていたマグカップを手にとって持って行く。基本的に私のものは私で持って行くのだけど、こういうのをする時はかなりいいことがあったと言う証拠だったりする。

 エプロンの紐も揺れているし、色も淡い可愛らしいものだし……今日の休憩のお供がかなりうまくいったことはよくわかる。絶対おいしいのだろう。

「……どうかしましたか?」

「いや、なにも」

 コイツはこれで、そういうご機嫌云々はばれていないと思っているのだから面白い。

 あからさまに態度が違ったり服装が違ったり、声色に若干の違いが見られたりするのに。

 それなりに供にいればわかるのに、ばれていないと思っている。らしい。

 教えると意識的に抑えそうなので、教えたことはない。機嫌がいいとこうだよな、なんていうわけがない。

「今日は何を作ったんだ?」

「見てみてください」

 こういう所も珍しい。大抵は何を作ったか聞くと、すぐに応えるのに。見てみてくださいとは……そんなにうまくいったのか、今日のお菓子は。

 一体全体何を作ったのだろうか……。

「……ぉお。これは」

「……、」

 珍しくどや顔だ。こんな表情めったに見られないぞ。写真に撮れればよかったのだがな。

 私の脳内に記憶しておくことしかできない。残念だ。

「これは、すごいな」

 机の上に置かれていたのは、一見シンプルなチョコレートケーキに見えるが。

 表面にコーティングされたチョコは、美しい艶を備え均一に全体を覆っているのが分かる。見える断面はしっとりと重さを持った生地に、丁寧に挟まれたアプリコットジャムがあった。

 その上には、どうやって作ったのか金色に輝く蝶々が止まっており、より一層美さをもって机の上に並べられていた。

「ザッハトルテか……」

「えぇ、」

 飲み物の準備をしながら、会心の出来だということがわかるくらいに、楽しそうに応える。

 確かにこれは、ここにあるのがもったいないくらいに、良い出来だろう。残念ながら専門家ではないが、そうでなくてもこれがいかに美味しくて且つ美しいかがわかる。

「もったいないな……」

「まだありますよ」

 ほんの少し苦笑しながら、そう応えた。

 それならば、遠慮なく堪能するとしよう。

「いただきます」

「そうぞ、めしあがれ」





「……ほんとにうまいなこれ」

「それはよかったです」

「この蝶はどうやったんだ」

「飴細工というんでしたか……」

「あぁ、なるほど……相変わらず器用だな」









 お題:桜・蝶々・三拍子

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