しかし彼は……
津軽信建「前田様の話。納得していないわけではありません。前田様の胆力に驚かされているのであります。私なぞには到底……。」
前田玄以「まぁこれは経験の差。特に私は亡き太閤殿下に鍛えられておる。困った事があったら話してくれ。某か助ける事が出来るやも知れぬ。」
津軽信建「ありがとうございます。しかし……。」
前田玄以「気にしなくても良い。申せ。」
津軽信建「……重成の事が心配でなりません。」
津軽の言う重成とは、津軽信建と同じく豊臣秀頼に近侍している石田重成の事。名字が石田と言う事は……。
津軽信建「石田家は此度のいくさで徳川様と相対し、敗れてしまいました。居城であります佐和山は陥落し、石田様は行方知れずと聞いています。重成は私と同じく秀頼様をお守りする役目を務めており、いくさには関与していません。その点では私と同じであります。しかし……。」
前田玄以「其方の父為信様は徳川様の御味方をし、重成の父三成は徳川様に敗れている。敗れた側の身内である重成が、このままの立場でいる事は出来ない。そう言う事だな?」
津軽信建「良くて追放。普通で……。」
前田玄以「三条か六条の河原だな?」
津軽信建「……はい。」
前田玄以「其方の見立て。間違っておらぬ。これはあくまで亡き太閤殿下の基準であるが……。」
かつて豊臣秀吉は、甥で当時関白であった豊臣秀次を切腹に追い込んだ後、秀次の息子に娘。秀次の側室。更には侍女に乳母等計39名を亡き者に。秀次の家老7名に切腹を強いたのでありました。
前田玄以「尤も当時の太閤殿下と徳川様では立場が異なる。徳川様は豊臣家の1大老に過ぎぬ。斯様な事をすれば、どうなるかわかっている御方。故に私は今の振る舞いをする事が出来ている。ただ重成は……。」
津軽信建「何とか彼を救う事は出来ないものでしょうか……。」
前田玄以「世俗とは関わらない。とする方法がある。要は頭を丸め、僧籍に入る事である。さすれば徳川様の警戒心を幾分か和らげる事が出来るかも知れぬ。」
津軽信建「……確かに。」
前田玄以「其方が今思っている事を言おうか?」
津軽信建「いえ。それには及びません。仮に重成が僧籍に入り、権力から離れる意思を示したとしましても……。」
それを認めるか否かを決めるのは徳川家康の一存。
津軽信建「生殺与奪の権を握られている事に変わりありません。」
前田玄以「……まぁそうだな。しかし今出来るのはこれぐらいしか無いのだが……。」
津軽信建「前田様。」
前田玄以「ん!?」
津軽信建「重成を引き取りたいと考えています。」