気にするな
(……まさか。たった1日でいくさが終わってしまうとは……。)
大坂城で苦悶する人物が。その人物の名は津軽信建。
(家は残る。)
その理由は?
(父為信が徳川方について活動していた故。家を残す事は出来る。しかし……。)
しかし?
(私はここ大坂城に居た。幸いいくさに参加する事は無かったのだが……。)
だが?
(徳川と相対した総大将。毛利輝元様はここ大坂城で差配されている。となると私に咎が及ぶ可能性は高い……。)
「どうした?」
津軽信建「あっ!これは前田様。申し訳御座いません。考え事をしていました故。」
津軽の言う前田様は、豊臣政権下で五奉行のひとり。前田玄以の事。
前田玄以「何を考え込んでいるのだ?」
津軽信建「徳川様が勝利された事に御座います。」
前田玄以「別に気にする事等無いであろう?」
津軽信建「……いえ。毛利様がここに……。」
前田玄以「関係無いだろう?」
津軽信建「我々もここに居るのでありますぞ。徳川様は我らも同罪と見做しているに違いありません。」
前田玄以「お前。いくさに参加したのか?」
津軽信建「いえ。していません。」
前田玄以「徳川様と変なやり取りでもしていたのか?」
津軽信建「いえ。していません。」
前田玄以「なら問題は無い。」
津軽信建「何故そう言い切れるのでありますか?」
前田玄以「お前の役目は何だ?」
津軽信建「秀頼様をお守りする役目であります。」
前田玄以「此度のいくさは徳川と毛利のいくさ。秀頼様は無関係。その役目に徹していた其方に危害が及ぶ事などあり得ぬ。心配するな。」
津軽信建「……そうでありますか……。」
前田玄以「今の仕事を続ければ良い。下手に動くと疑われるぞ。」
津軽信建「……わかりました。ところで……。」
前田玄以「どうした?」
津軽信建「前田様の方が危険な状況なのでは無いかと……。」
前田玄以「何故そう思う?」
津軽信建「前田様は先年。徳川様を弾劾されましたが……。」
前田玄以「……あぁあれか?それこそ問題無い。」
津軽信建「会津に向かう徳川様を糾弾し、毛利様の大坂入城を促されていましたが。」
前田玄以「徳川様を糾弾した理由は、秀頼様をお守りする役目を放棄したから。徳川様の代わりに秀頼様をお守りする役目を毛利様に願い出た。それだけの事である。これは亡き太閤殿下の遺言に従ったまでの事。当たり前の事をしただけである。」
津軽信建「……はぁ。」
前田玄以「私も其方と同様。その後は秀頼様をお守りする本来の役目を務めて来たに過ぎぬ。それがわからぬ徳川様では無い。心配するな。」
津軽信建「……わかりました。」
前田玄以「納得していない様子だな?気になる事があったら申してみよ。」