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迷宮探索黎明期  作者: 南風月 庚
アムスタス迷宮編

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97/314

アムスタス迷宮#96 ノイス-16/ウズナ-28

「ーーつまり、『蜥蜴人』と呼称していた存在はうちの隊でここの変化に飲まれたやつだった。実際は正気を保っているから説得して連れ帰ってきた」

「ふむ。つまり『蜥蜴人』に関する問題は解決した、と」

「と言うより、現状ではそれ以上に打てる手がない。魔術師にしても錬金術師にしても学者にしても前提となる知識や情報、そしてそれらを検証するための理論や方針、そして何より物資と時間が圧倒的に不足している」

「確かに。だが、それでその者が敵対行動を起こした場合はどうするのだ?」

「その時点でもう我々は終わりだ。実際戦っている姿を見ればわかると思うが、あの力はここにいる全員が協力して対処しようとしてもどうにかなるものではない」

 そこまで言ったところで、報告の場は一瞬静まり返った。その沈黙の意図するところは肯定的な雰囲気と否定的な雰囲気が混ざり合った者だった。

 肯定的なものとしてはおそらく戦力の拡大が大きなものになるだろう。『ノイスが確信を持って話す』と言うことはそれすなわち、『特別任務部隊を率いるものとしてそう判断するのが妥当である』という判断に他ならないと聞いているものは判断する。実態がどうであれ、そう見なされてしまう。

 逆に否定的な考えとしては、その力が自身に向けられる可能性が否定しきれないからであろう。日夜を問わず動物に襲撃される日々。突然牙を剥く環境。そして何よりも、時たま現れ、襲ってくる『すでに死んでいる人間』。ただでさえそれらの対処には手を焼いている現状、さらに獅子身中の虫を入れたくはないだろう。

 そのことはノイスも重々承知の上で報告の場で述べていた。隠していても不振の目が向けられる可能性が高い今、逆に敢えてこの場で伝えることでウズナに対する負荷を軽減させてやりたかった。

「しかしこうなると厄介だな」

 そう呟く声が聞こえた。声の主の方に視線を向けると、学者の代表の一人がそう言っていた。

「その心は?」

「そうなると、『死んだ者の中にも意思疎通が取れる者がいるかもしれない』と考えて攻撃が鈍る者がいるかもしれんからな」

「確かに・・・・・・。だが、今まで襲ってきた奴は基本的に意思疎通が取れそうな気配はなかったな。まあ、そこに関してはおいおい考えていく必要があるだろう」

「一旦この話はやめだ。一先ずはノイスの報告を聞こう」

「ああ、続ける。洞窟に関してはーー」

 そう促され、ノイスは続きを話し始めた。


**************************


 その頃、ウズナはアラコムの案内のもと野営地内を見て回っていた。もちろんそのままの姿では皆に警戒されてしまう。そして何よりウズナの感覚としては全裸に等しいものだった。そのため、今はコウカが錬成した大きめのローブで全身をすっぽりと覆い隠した状態で、なるべく手足の先や尻尾が見えないように気を遣いながら歩いていた。

 しかし、どうしても身体のあちこちが成長してしまった今の姿では、目立つのは仕方のないことではあった。女性どころか男性と比べても少し高い背丈。フードから漏れて見える透き通るような白い肌に流れる長い髪。そしてそれ以上に頬のあたりに見え隠れする謎の光沢。

 ウズナもフードを深く被ったり身体を縮めてはいたが、それにも限度があった。

「・・・・・・それで、姉様。わたしに見てもらいたい人とは一体?」

 気まずさに耐えきれず、ウズナはアラコムにそう尋ねていた。それに対してアラコムは周囲からウズナへの視線を切るように牽制しながら答えた。

「錬金術師たちの代表だった人。ここの野生動物に襲われて、私たちじゃ対処ができなかった」

 その声色は悔しさが滲んでいるものだった。口調から察するにおおよその原因は掴めたのだろう。だからこそ、『判っているのに対処できない』と言うのはより一層無念に変わる。ウズナにとっても身に覚えのある感覚だった。

 そのままついていくと、遠くの方に見える天幕の一つからコウカが出てくるのが見えた。その顔はやはりどこか憂を帯びていた。

「あそこの天幕ですか」

「ええ。なんで判ったのーーって、コウカが出てきたからかしら」

「それで、症状としてはーー」

「言葉で説明してもいいけれど、彼の場合は見ながら説明した方がわかりやすいと思うわ」

 そして、ウズナはその天幕の中に立ち入った。

 天幕の中にはいくつか寝台が設置されていたが、その中の一人に自然と目が吸い寄せられた。

 彼は死んでいるわけではない。

 マナも十分に持っている。

 マナの輝きもアルカが内部に抱えるような闇は見られない。

 ただ。彼のマナは一切の揺らぎがなかった。

「こ、れはーー」

「ウズナには彼はどう見えているのかしら」

「生命力ごと固められています。膠か何かで厚く塗られているかのように」

 彼の身体からは確かに彼自身のマナが出ている。しかし、その中に彼のものではないマナが見えた。そして、そのマナによって今の状況が引き起こされていることは容易に見て取れた。

 確かに、これはアラコムやシロシルだけでなく、高い技量が必要にはなるが魔術師たちでも十分に解析はできるだろう。しかし、コレは原因がわかったところで対応ができない。

 どのようにマナを操る、もしくは術式を構築すればこのような結果につながるのかがわからない。

 もちろん、時間をかければ見つけられるだろう。さらに言えば、それを元に解除のための術式の構築も可能だ。だが、それは今すぐの話ではない。理論も知識も何もかも足りていない。そして、この魔術がいつ崩壊するかわからない以上、迂闊なこともできないがそれまでに解除術式を組めるかどうかと考えるのは明らかに博打行為だった。

「それで、ウズナ。貴女なら彼を救える?」

 そう問いかけるアラコムの奥には、こちらの様子を伺う錬金術師たちの気持ちが透けて見えるようだった。

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