アムスタス迷宮#92 アルカ-8
意識が戻り始めた時、アルカはなぜみんなが遠巻きに自分を眺めているのかわからなかった。
ずいぶん長い間眠っていたような気がする。夢の中ではカザハだけではなく、ウズナやエムも出てきたように思う。
カザハが出てくるのは当たり前だ。私自身であり、いまのわたしを支えてくれる存在。わたしを一人にさせなかったもう一人の私。だから彼女が夢で具体的な姿を持って出てくることはわかる。
百歩譲ってウズナが出てくるのはわかる。ウズナとはもう数ヶ月の付き合いになる。こんな人に誇れるようなところが無い人間を慕ってくれた。教えるのが下手だったにも関わらず、ウズナは何度も話しかけて、教えを乞うていた。だからだろう。いつの間にかウズナはわたしにとってもそこまで苦ではない人だった。そんな人に対する憧れや願望から夢に反映されると言うのはまあわからなくもない。
しかし、エムが出てくる理由がわからない。彼女とはせいぜいこの四阿の中の世界で出会った人に過ぎない。そこまで深く接しているわけでもなければ、境遇が似ていると言うほどでもない。
閑話休題。
夢の内容はさておき、カザハが何か言っていたようにも思うが、生憎夢の中ならば詳細に思い出せるものでも現実にはほとんど持ち越すことができない。わたしだけなのかと思っていたが、エムも四阿の実験を行った際には似たような状況になっていた。
ともかく、カザハが何か重要なことを言っていた。それさえ覚えていればおいおい判るだろう。そう考え、近くで様子を伺っているウズナに説明を求めた。
「・・・・・・ウズナ」
「アルカ。もう大丈夫なのですか?」
「・・・・・・平気。それよりこの状況、何?」
そう問いかけると、ウズナはスッと鏡を差し出した。
・・・・・・そう言えば、なぜわたしは目の前の『蜥蜴人』をウズナと認識できたのだろう。髪の色、長さ、瞳の色、顔の作り、身長、体型全てが一致しない上、剰え爪や牙、角、尾など人には存在し得ない器官までついている。それにも関わらず、わたしは自然と彼女をウズナと認識していた。
疑問は次から次へと浮かぶものの、一先ずウズナから差し出された鏡を受け取り、アルカは覗き込んだ。
「・・・・・・これは、どう言うーー」
見える範囲で左半身は特に変わっていない。しかし、右半身には顕著な違いが生まれていた。右眼は白めの部分が黒く染まり、一方で瞳孔は赤く染まっていた。頬の部分には奇妙な形の模様があり、それは首をつたって服の下へ隠れていっていた。露出している部分では、腕は見える範囲では墨でも塗ったかのように漆黒に染まっていた。そして肘から先にかけて血管のような罅が入っていた。
これ以上は、服を脱がないと詳細なことは分かりそうにもないが、何かが変容していることは確実に思われた。しかし、アルカにとっては恐怖よりも安らぎを感じていた。どこか遠い昔では当たり前だったような、普段ならば夢の中でしか会えないカザハに包まれているような、そんな懐かしさを覚えていた。
「落ち着いて聞いてください。いまアルカの体表に現れているソレは『呪詛』と言われるものです」
「・・・・・・『呪詛』?」
「ええ。呪詛はそれ単体でも心身を傷つけるものです。今は特に何も影響を与えていないようですが・・・・・・。現状ではアルカの身体からその呪詛が吹き出し続けているため皆が近づけない状況です。魔術師は防壁を張ることができるので別ですが・・・・・・」
「・・・・・・どうすれば、使いこなせる?」
アルカはそう話した後自分でも驚いた。いつもならば自分の中で覚悟を決めなければ、他人に頼ることも話しかけることもできなかった。しかし、今は自然にウズナに尋ねていた。
ウズナはその問いかけにないように目を見開き驚いていたため、アルカの様子には気がついていないようだった。ウズナは少し考え込む様子を見せたが、すぐに顔を上げて言った。
「呪詛を使いこなすならば、マナの制御ができるようになる必要があります。それに関しては・・・・・・」
そこで言葉を区切ると、ウズナは皆の方を向いた。そしてアラコムを呼ぶと何事か話し合っていた。アラコムも険しい顔をしていたが、ウズナに説得されたのか、はたまた別の考えか次第に険は取れていった。
それと引き換えに、今度は徐々に不安そうな表情をのぞかせるようになっていた。その様子を見てアルカは醒めた感情しか持てなかった。しかし、ウズナは何か考えがあるようでアラコムと話していた。
そうしているうちにアラコムも覚悟を決めたらしく頷いてアルカの方に近づいてきた。
「マナの制御についてはわたしが教えるわ。ウズナはわたしの補助兼いざという時貴女を止める、それで貴女が異論がないならば始めるけれど」
「・・・・・・構わない。教えてほしい」
「そう、それではーー」
そう言ってアラコムを主幹として練習が始まった。感覚的にはアラコムが言っていることは出来ていたが、それ以上にカザハも手伝ってくれているような気がした。
結果、半ルオもしないうちに身体の様子は元に戻った。ウズナはまだどこか納得したような表情を浮かべていたが、アラコムはその光景を見て唖然としていた。しかし、どこが不思議なのかアルカにはわからなかった。
「・・・・・・どうか、した?」
「アルカさん。実は魔術を使えるとか・・・・・・」
その問いに対しアルカは首を横に振った。それと同時にウズナもそれを否定した。
「姉様。それは無いです」
「・・・・・・ああ、ええ。そうね。それに関してはウズナ、貴女が見間違える可能性はなかったわね。けれど、これは・・・・・・」
「・・・・・・そうですね」
二人だけで話し合われ、当事者にも関わらず蚊帳の外に置かれてしまった。少しは耐えていたものの、いい加減説明がなければいかにアルカと言えども一言言いたくなってくる。
「・・・・・・何?」
「制御自体はもう出来ています。それこそ、みんなが触れるほど近づいても大丈夫なくらいには。ただ習得が早くて驚いていただけです」
「・・・・・・そう」
カザハが手伝ってくれている。そう感じていた。そうでなければこうも滑らかには行かなかっただろう。けれど、これがわたしだ。皆に黙っている秘密が多い、本質は人間不信で臆病な、それでいて人との繋がりを諦めきれないヒト。だが、いい加減覚悟を決めるべきかもしれない。わたしが踏み出すために、必要なこと。もしかしたら傷つくだけかもしれない。得てきたものを失うかもしれない。その恐怖はもちろんある。けれど、踏み出さなければ何も変わらない。それに、隊長や特別任務部隊、そしてウズナならばきっと受け入れてくれるという思いもあった。ならば、わたしから歩み寄らねばなるまい。みんなはもう長い間わたしに歩み寄り続けてきた。ならば、今度はわたしがする番だ。そう思いながらアルカは皆の方へ歩き始めた。
きちんと、アルカ/『アル=カザハ』を受け入れてもらうために。




