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迷宮探索黎明期  作者: 南風月 庚
アムスタス迷宮編

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アムスタス迷宮#89 ノイス-13/イグム-4

「終わったようだな」

 3人から発せられる何か得体の知れない気配が収まりつつあるのを感じて、ノイスはそう判断した。

 果たしてその予感は当たり、エムが、そしてウズナがゆっくりと目を開けた。2人は顔を少し見合わせたあと、少し苦笑を交わして立ち上がった。そしてウズナがアルカを抱え、こちらへ向かってきた。

「それで、首尾は」

「できる限りのことは行いました。あとは、アルカ次第です」

「魔法で時間を巻き戻すと言っていたが、それはできたのかい」

「えっと、それに関しては・・・・・・」

 途中でシロシルが口を挟んできた。しかし、ノイスにしてみればそう言った話は専門外である為、ある程度知識を有するシロシルがここにいると言うのはありがたいものだった。

 シロシルの質問に対するウズナの反応は捗々しいものではなかった。その反応から推察された。

「出来なかったのか」

「いえ、と言うよりわたしではないと言いますか・・・・・・」

「ずいぶん歯切れが悪いがどうした」

「エムがやったといえばやっていますが、彼女も原理不明でやったようです」

「なんだと⁉︎」

 その回答にシロシルが食いついた。ノイスも何が言いたいのかはおおよそわかったが、どう話しかければ良いものかわからなかった。

「いや、だが確かに『魔法』は原理原則関係なしに望む結果を顕現させられるが・・・・・・。だが、それは彼女が『時間は巻き戻せるもの』と信じられるほど強固に願わなければ・・・・・・」

 シロシルがぶつぶつと何事か呟いていた。それを無視してノイスはウズナに話しかけた。

「エムはなんと言っていた?」

「ただ一つだけ祈っていたそうです。『アルカが元通りに帰ってきてくれますように』と。後は、彼女の紋様が補助していたようですが・・・・・・」

「そうか」

 そう言うと、ノイスはアルカの顔を覗き込んだ。先ほどまでの人形然とした無表情とは異なり、ただ眠っているだけのように見えた。それだけでも先ほどと比べてだいぶ改善されていることが察せられた。

 後は目が覚めるのを待つだけ、かーー。

 そう思い、ノイスはアルカを地面に寝かせた。

 思えばアルカはもう1年以上特別任務部隊に属している。だが、彼女自身がどう言った経歴でここまで辿り着いてきたかは書類上でしか知らない。

 静寂の死神。そう言われている凄腕の傭兵の狙撃手がいる。彼女の噂は特に歩兵連中の間で盛んに噂されていた。弓兵たちも話題に出さないほどではなかったが、やはり人数も多い歩兵の方が人口に膾炙するのが大きかった。

 曰く、本来ならばあり得ない超長距離から敵の頭を射抜く。

 曰く、戦場において彼女の射程範囲から逃れる術はない。

 曰く、1人で草原に展開していた一個大隊を壊滅させた。 

 などなど、噂話は枚挙にいとまがなかった。そんな彼女がどう言った縁なのか、皇国軍に入るらしい。最初はあまり気にしていなかった。しかし、すぐに彼女は話題となった。

 集団行動が不得手。近接戦もあまり上手ではない。弓兵部隊や歩兵支援部隊との反りが合わない。

 ーー腕はいいが、軍隊としては扱いづらい戦力。

 それがアルカの評価だった。しかし、こちらから声をかけた手前、容易に首を切ることはできなかった。そのため、当時遠距離攻撃手段を求めていた特別任務部隊に配属された。

 当初はやはり噂通りとっつきにくい印象を受けた。しかし、彼女はそのような欠点を補って余りある多彩な技術を持っていた。

 だからこそ、何時の間にか彼女は部隊にとって必要不可欠な存在になっていた。

 ーーだから、早く戻ってこい。

 そう思いながら背を向けた瞬間だった。

 アルカからとてつもなく不吉な気配がした。

 ーーなんだ、何が起きている。

 恐る恐る振り返るも、彼女に目に見える変化はない。しかし、雰囲気は一変していた。今や彼女は目に見えると錯覚するほどの、何か禍々しい雰囲気を纏っていた。

 心臓が早鐘のようになっている。

 冷や汗が止まらない。

 恐ろしいのに、目が離せない。

 これはーー。

 そんなノイスを置き去りに、アルカの禍々しさはその度合いを増していった。


**************************


 時は遡り、ウズナが準備を行なっていた頃。

 イグム率いる探索隊は洞窟の奥深くにある地底湖に辿り着いていた。

「すげぇ・・・・・・」

 イグムの口から溢れた言葉は陳腐なものだったが、実際に目の当たりにするとそのような感想しか出てこなかった。

 地底にも関わらず壁面や天井に生えている光る苔のおかげで当たりは満月の夜程度の光量は確保されていた。そのお陰で、ある程度は視界が効いて遠くまで見渡せていた。また、その光を糧として多種多様な植物が生えていた。それらはこの世界の中では貴重な食糧源のように見えた。

 地底湖の水は驚くほど澄み渡っており、水中や見るからにとても深い湖の底まで難なく見渡すことができた。そこに住む魚影も確認できたため、期待は十分に跳ね上がった。

 もし、ここにある植物や果実、魚などが毒がなければここに拠点を移すことも提案できるな。

 イグムはそう考えていた。

 後ろを振り返ると、錬金術師やイガリフたちこういったものに造詣が深い者が調査を始めていた。イグムは生憎戦闘しか得意ではないため、他の手持ち無沙汰になった者たちと共に帰りの時間を見つつ皆の様子を伺っていた。

 しかし、そうなると暇に感じてしまう者だった。危険性がないとは言い切れないため、常に襲撃を警戒する必要はあるが、だからといって何もないのに気を張り詰めさせるのも難しい話だった。そして1ルオ程は耐えていたものの、流石に集中も切れてきた。そのため、イグムは近くで水質の調査や魚を捕まえようとしていたネルに話しかけた。

「何かわかったか?」

「少なくとも身に毒はなさそうね」

 漁師の家系で育ったというネルはそう判断していた。彼女は特別任務部隊の料理番のような存在だった。経歴も変わっていて、皇都一の料亭で修行を積み、独り立ちが認められた後に軍に入隊したという人物だった。

 そんな彼女の強みは、今回のような長期間かつ食料を自給自足しなければならないときに強く発揮される。正直なところ、彼女が今回の探索の実質的な調理担当になっていなければ、いくらアルカが食料を調達してきていてもそう遠くないうちに士気が崩壊していただろう。

 そんな彼女の舌と料理の腕を信用するならば、ここの食料は十分食用に値するということだ。

「毒はないけれど・・・・・・、この魚は淡水魚に見える割に身のつき方が海水魚みたいね。その割に味は川魚より。不思議な魚ね。それに水も」

「水がどうした」

「川の水のような感じでもなければ海の水とも違う。塩っぱくはないけれど、塩味を感じられる程度には塩気があるわ」

 そう言いながら差し出された水を飲むと、確かに海水のような強い塩味はないものの、真水かと言われると違うと答えたくなるような塩加減の水だった。

「ネルさん。ひとまず簡易検査しましたが、既存の毒物は検出されませんでした」

 そう言いながらコウカが野草や果実を抱えながらこちらに歩いてきた。彼女が抱えているものはどれも見たことがなかった。中には明らかに毒々しい見た目のものもあったが、毒がないというならばそうなのだろう。

「へぇ、これは」

 そう言いながらネルは果実を手に取ると少し齧った。そして少し顔を顰めたのち、口を開いた。

「これはかなり渋いね」

「そうなんですか」

「こっちは・・・・・・甘い。見た目は苦瓜に近いのに」

 そう言いながら続々と味見を続けていた。

 そのとき、コウカが不思議なことを言った。

「あと、あそこの方なんですが、成長の割合が違っていました」

 そう言ってある方向を指差した。

「どんなふうにだ?」

「なんだか、一度無くなった後また生えてきたかのような・・・・・・」 

 そう言われてコウカが示した場所に移動すると、確かにそこだけ草の生え方がまばらになっていた。

 もしやここに何か別の生物がいるのかもしれない。

 とりあえず報告だな。

 イグムはそう判断した。折良く時間も来ていたため、イグムは帰還のために撤収を急がせた。


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