アムスタス迷宮#88 カザハ-6/ウズナ-26
まさか向こうから来るとはな。
カザハは目の前で2人が抱えているアルカの身体から、ナニカがカザハの方に近づいてくるのを感じた。
2人ともそれぞれ魔法に集中しているからだろう。それに気がついている気配はなかった。しかし、カザハは十二分にその存在を感じていた。
ーー当たり前だ。
どこに、自分から分たれた、もう1人の自分自身がわからない者がいる。
「いい夢は見られたか。アルカ」
「ええ。そう言うカザハも、雰囲気変わりましたね」
「変わりもする。わたしと話をつけるためだけに命を張ったり、お前を治すために自分の命を差し出してくるような奴らだ」
「カザハなら、わたしの回復を待たずに切り捨てて新しく作るかとばかり思っていましたが」
「そうしたいのは山々だが、カザハに込められた呪詛の量はお前も知っているだろう」
「その余裕がなかった」
「その通りだ」
アルカを最初作った時は、どうしても人格の根幹は私を基にせざるを得ない。今までまともな人付き合いがなかったため、アルカはその点で他者との交流に難儀したことだろう。
しかし、今はーー少なくともここで、カザハと話す分には滑らかに話せるようになっている。その点だけでも、もうカザハとアルカは別人だった。
元々が同じでも、育った環境、接した人々の違いにより異なる可能性を示した存在。いわばそう言う関係へと変化していた。
「カザハ」
「今更私を背負おうとか、私に還ろうとかそう言うことは言うな」
「なぜ。わたしは『私/カザハ』に頼ってばかりだった。わたしにとって辛いこと、嫌なこと、負の感情、そう言ったものをカザハに押し付けてきた。それに、わたしはカザハから生まれた存在。だから、今ーー」
「そう言う話じゃない。アイツーーウズナとか言ったか。そいつ曰く、私自身はもうすでに人ではなくなっているらしい。アルカを通して見た四阿に取り込まれ怪物となった存在。私はすでにそれになりつつある。そんな存在を、お前は仲間にさせるつもりか?」
「でも、それじゃあ・・・・・・」
泣きそうな顔でアルカはカザハを見ていた。それだけでも、もう十分にカザハとアルカは別人だと言えた。そのことにわずかばかりの寂寥を感じながら、カザハは続けた。
「私は今まで通り、ここに居る。そんなに気に病むならここに会いにくればいい。私も、お前がこの身体から出ないうちはアイツらにとっても無条件での攻撃対象にはならない」
「それで、いいの」
「ああ、そもそもお前は私が歩き出すために作り上げた存在だ。だから、それでいいんだ」
「・・・・・・」
アルカは何も言わなかった。しかし、繋がっているからこそわかる。アルカはカザハに対して引け目を感じている。
感情豊かになったものだ。
ーー否、もしかしたら、どこか遠い可能性の果てにある、私の姿なのかも知れないな。
そう思いながらカザハは続けた。
「代わりと言ってはなんだが、私の呪詛についても使えるようにしておいてやる。使い方は魔術師に聞けばわかるだろ」
「えっと・・・・・・」
「そもそも、私/貴女は魔術を使えない。使えなくなっている。アイツらの儀式のせいで私の生命力はそもそも呪詛で汚染されてしまっている。故に生成できるのは呪詛だけだった。だからこそ最初は私が呪詛を引き受け、お前は日々の糧から得たマナのみを活動に回していたわけだが」
そう言うと、アルカは驚いた表情をしていた。
「知らなかった・・・・・・」
「まあ私もアルカも魔術の専門家じゃないしな。私は純粋にお前が生きるために邪魔になると思って引き受けてきた。お前はその状態で生命力を必要としていた。だが、今のお前は自力でマナを生成できるようになっている。これなら、使い方を知れば私の呪詛を使っても負担は抑えられるはずだ」
「でも、なんで」
「そうしないと、ここでは生き残れない」
アルカの両目を見てウズナは断言した。
「そう思う理由は?」
「ここの不可解な現象の数々。既存の攻撃が通用しない敵。ならば、対応できる選択肢を増やす必要があるだろ」
私もむざむざ死にたくはない。
そう続けると、アルカも了承したように頷いた。
「じゃあ、行ってきます」
「ああ、行ってこい」
最後に手を交わした後、アルカは2人に抱えられている器の方へ去っていった。
「・・・・・・私から生まれて、ああも変わるなんてな」
そう呟いてから、カザハも2人の元へ歩き出した。
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「もういい。十分だ」
ウズナは突然そう声をかけられ、顔を上げた。どれほど集中していただろうか。目が霞み、意識が朦朧とする。
アルカはまだ目を覚ます気配がない。しかし、先ほどまでの人形然とした様子からすると、今はただ寝ているように見える。また、顔の闇もいつの間にかなくなり、表情が見えるようになっていた。その顔は、深い眠りについているようだった。
確かにまだ元通りにはなっていない。けれど、後少しと言う感覚があった。今ここで遮られるわけにはいかない。それは命が惜しいからではなく、約束を違えたくないと言う思いだった。
「けれど、まだーー」
「もういい。それ以上お前らがここにいると、アルカも目を覚ませないだろ」
その言い方で気がついた。
「ではーー」
「ああ、ここまでされればあとは私でどうにかできる範疇だ。だからお前らはもう帰れ」
「わかりました。でも、一つ聞かせてください」
「何だ」
「何時、目を覚ましますか」
「二、三日のうちには目を覚ますだろ。そうするように私も調整する」
カザハはアルカを抱えながらそう言った。エムは未だにカザハのことを少し警戒しているようだったが、本能的には察しているのだろう。カザハとアルカが同一存在であることを。
そのため、エムもゆっくりとアルカから手を引いていた。それを確認すると、カザハはスッと後ろへ身を引いた。
気がつくと、何時の間にか周囲は白い景色へと変わっていた。
「ウズナさん、ここは・・・・・・」
「どうやら、わたしたちはアルカの中から追い出されたようですね」
そう答えると、ウズナはエムを促して歩き始めた。
「あの黒いアルカさんは約束を守ってくれるのでしょうか」
「なんだかんだで守る人ですよ。彼女は」
カザハの様子を思い返しながらウズナはそう語った。エムはウズナの顔をじっと見ていたが、やがて視線を外した。そしてエムは口を開いた。
「それとは別に、目が覚める前に言いたいことがあります」
「何ですか」
「なんで、死ぬかも知れないのにあの取引に頷いたんですか」
見ると、彼女の顔は明らかに怒っていた。確かに、何も言わずに取り決めを交わしたのはあまり良くはなかった。しかし、こちらとしても言いたいことはいくつもあった。
「そうしなければ彼女は話を聞いてくれないと判断したからです。それを言うならば、エムさん。貴女は何の魔法をアルカにかけたのですか。そのせいで下手をすれば処置できなくなるところ立たんですよ」
「わたしは特に何も・・・・・・」
精神空間だからだろう。2人とも普段は行わないであろう言葉の応酬を行いないながら現実へと戻っていった。




