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迷宮探索黎明期  作者: 南風月 庚
アムスタス迷宮編

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84/313

アムスタス迷宮#83 シロシル-8/ノイス-12

 アルカの時間のみを巻き戻す。

 言葉にするとそれだけだが、それがどれほどの難易度を誇るのかシロシルやアラコムにはよくわかっていた。その上で、ウズナだけでなくエムも術の行使に必要とはどう言うことなのか。

「ウズナ。私たちではなくエムを必要とした理由は?」

「純粋にマナの潜在的な保有量と彼女の紋様です。アレ、まだわたしも一部しか解読出来ていませんが、魔法を術式に置き換えているようなものです」

「・・・・・・それで?」

「馬鹿にしているわけではありませんが、姉様もシロシルさんも『まだ』魔法は使えないでしょう。今から行う上では逆に『魔術』の知識やマナの運用法が足枷になる可能性があります。それと比べると、エムは『マナが多く』『魔術を知らず』『魔法を使える』と言う稀有な存在です」

「『魔法を使える』とはどう言うことだ」

 ウズナの発言に引っ掛かりを覚えた。エムは魔術を知らない。それなのに魔法は使えるとはどう言うことか。さらに、ウズナが断言していると言うことは実際に目にしたことがあると言うことだ。しかし、その気配にシロシルは気が付いていなかった。

「・・・・・・えっと、わたしが皆さんを攻撃してしまった時です。あの時、マナの量及び動かし方から最も脅威であるとわたしが判断したのはエムでした。その為彼女を集中攻撃してしまった訳ですが・・・・・・。その時、エムは普通なら一撃で即死してもおかしくない攻撃をその身に受けて生き残り、さらにその場で完全回復するという芸当を見せました。アレについては、シロシルさんはどのように考えましたか?」

「あの紋様が術の起点になっていたのは確かだろう。なので、現状とは異なる魔術体系で強力な治癒魔術を使ったのではないかと考えていたが」

「わたしはアレを見て、時間遡行だと思いました。彼女自身の時間を巻き戻し、負傷する以前の肉体へ戻す。そう言ったものに見えました」

「時間遡行? それは・・・・・・」

 ウズナはこくんと頷き、言葉を続けた。

「魔法です。初めは同じように異なる魔術体系による魔術かと思いましたが、エムの紋様を見て確信しました。彼女の紋様は魔法を式として表しているものです」

 そう言うウズナの眼は確信に満ちていた。その顔を見て、シロシルは自身の手に負えない領域になりつつあると判断した。

「わかった。ここは君たちに任せよう。だが、後で知識のすり合わせをきちんとしてくれ。どうやら、君の方が研究には専念できていたようだ」

「ええ、勿論です。それに、見ていただきたいものもあの洞窟にはありますし」

 そう言ってシロシルは離れた。背後では、ウズナがエムに指示を出しながら準備を行なっていた。


************************


「それで、見込みはどれくらいなんだ」

 シロシルとウズナが何事か話し込んでいる時とほぼ同時刻、少し離れた場所でノイスはアラコムに話しかけていた。この場には特別任務部隊も半分ほど残っており、皆大なり小なりアルカの様子を気にかけていた。残りの半分と錬金術師たちは引き続き洞窟の探索にあたっていた。

「そうですね・・・・・・。魔術師としては『見込みなし』としか言えません。ですが、わたしもシロシルさんも『魔術』には詳しくとも『魔法』に関しては門外漢です。そして、現状魔法を使えるのがウズナである以上、ウズナの言うことを信じるしかないですね」

「もし、失敗したらどうなると考えられる?」

 最悪の事態を想定してノイスはそう訊ねた。

「アルカさんが死んでしまう、と言うこと以外でしたら・・・・・・。先ずはアルカさんがウズナの使い魔になってしまうこと。こうなってしまってはもう二度と『アルカ』としての個が戻る可能性は限りなく低いでしょう。あとは、挑戦するのが時間遡行ということですので、アルカさんが子供に戻るならまだしも加減を間違えて出生前まで行ってしまったらどうにもならないかと」

「そうか」

 そう話し込んでいると、シロ汁がこちらに戻ってくるのが見えた。

「何かわかったか?」

「ああ、もう私たちは彼女の見ている高みは分からないということがわかった」

「どういうことだ」

「どうも何もそのままさ。ウズナはマナが見える上に今まで制限していたマナの運用も十全に行える。さらにどこで学んだか身につけたのかは分からないが、魔法の扱いも慣れている。そこに私たちの理論が介在する余地はない」

「・・・・・・もう、ウズナは」

「ああ、魔力による現実の法則の書き換えを自在に行なっている。だが・・・・・・」

 そこで彼女にしては珍しく、歯切れの悪い言葉だった。それが気に掛かった。

「どうした?」

「ウズナ曰く、『エムもできる』そうだ」

 その言葉を聞いた途端、アラコムが驚愕した表情を浮かべた。

「どういう、ことですか? 魔術を知らないのに、魔法が使える?」

「曰く、『魔術を知らない状態』かつ『体に刻まれた紋様』が原因らしいが・・・・・・。詳しくはアレが終わったら、とのことだ」

 そういうシロシルの視線の先では、ウズナとエムがアルカに寄り添いながら何か作業を行なっていた。しかし、以前ウズナの状態を調べるためにシロシルとアラコムが行ったような陣の作成などを行なっている気配はなかった。

 そうして見ていると、ウズナがアルカの両手と自身の両手をそれぞれ重ね、そしてエムがアルカを背後から抱きしめるようにして3人が地面に座った。

「・・・・・・始まりますね」

 アラコムがそういったとき、微かに3人の方へ吸い寄せられるように風が吹き始めた。そして徐々にエムの身体が淡い翠色に光り始め、同時にウズナの纏っている雰囲気が人のものから別の存在へと変わっていくような感覚がしていった。

「もはや、見守ることしかできない、か」

「そうだな。あとは無事終わることを祈るだけだ」

 ノイスの呟きにそうシロシルが返した。

 そして皆に見守られる中で、アルカを中心として3人の姿が徐々にぼやけていった。

 

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