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迷宮探索黎明期  作者: 南風月 庚
アムスタス迷宮編

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アムスタス迷宮#78 カザハ-5/アルカ-0

 カザハにとって幸運だったことは、その傭兵が気まぐれに助けてくれたことのほかにもう一つあった。それは、アムスタス皇国の猛攻の真っ只中に突撃させられたことにより、着ていた衣服がもはや衣服の程をなしていなかった事だ。それにより、カザハの所属はバレる事なく保護された。もしも衣服の原型が残っており、カザハの所属が判明してしまったら、いくら懲罰大隊所属だったとはいえまともな扱いがされていたかどうか怪しいものだった。この当時、捕虜となっても無事に過ごせるのは、指揮官か貴族の子女と言った『政治的価値のある』者に限られ、一般兵などはその国の裁量に任せられていた。後に聞いた話では、逆にそれら『優遇される者』以外を全て犯罪奴隷として扱った事例もあったという。

 さらに言えば、そのボロ切れの間から見えたカザハの身体は、『自分たちは今回初めてこの戦に参加したが、そもそも食うために傭兵になり、ウスツム国出身でもなければ尽くす義理もない』とアムスタス皇国の兵士に語っていた男の話の信憑性を高める結果につながった。

 カザハは、見た目だけならどんなに頑張っても齢10を越えているようには見えない。そんな少女が戦場に無手でいたとなれば『食い詰めていた』という話も強ち否定はできない。戦の場において、孤児が食い詰めて年齢規定がある兵ではなく、全て自己責任となる代わりに極論どんな年齢でも参加できる傭兵として雇われることも、ないとは言えなかったからだ。それらの情報が勝手に補完されたことにより、カザハは『遊牧の民の風習に定められた生贄』でも、『ウスツム国に動員された犯罪奴隷』でもなく、『食い詰めた傭兵少女』と言う偽りの来歴を手に入れた。


*************************


 カザハはその戦いの後、拠点にされていた近くの村に移送されて手当を受けた。そうしているうちに国境線をめぐる戦いはアムスタス皇国の完全勝利で終わったときいた。

 それ以降、カザハはアムスタス皇国を拠点とする傭兵として戦場を渡り歩いた。あの傭兵の男やアムスタス皇国の兵士から聞いた話だけではなかったが、カザハの見た目や技能から成れるものといえば『経済奴隷』か『傭兵』ぐらいしか考えられなかった。結果、カザハが選んだ道は傭兵となることだった。折しも皇国は勢力拡大を考えている時期であり、戦場はいくつもあった。

 最初の戦場では傭兵といえども武器なし防具なしだったため後方で治療の手伝いをしたり負傷した兵士を後方まで撤退させる役割を担った。それで得た金を元手に剣を買った。剣術は見様見真似で振り方を覚えた。その為、カザハの剣の振り方は当初は傭兵崩れの型なし流派無し喧嘩殺法と言ったメチャクチャなものだった。

 さらに、カザハの生育環境が足を引っ張った。大人と相対すると、過去の記憶からカザハは戦うどころか抵抗すらできなくなっていた。そのことが発覚したのは次の戦場の時で、その時はたまたま近くに味方陣営がいたことで命を繋いだ。しかし、その時の事はすぐに伝わり、カザハは『戦えない傭兵』『役立たず』『只飯喰らい』と散々に言われた。

 傭兵世界は完全な実力主義だ。それ以降戦場に行っても、身なりや体格からすぐに特定され、給金の高い戦闘職には回されず、後方職の手伝いに回された。さらに、そう言った場においても戦闘に巻き込まれる可能性はゼロではないため、彼女は毛嫌いされた。雇ってもらえないこともあった。戦えないカザハに居場所はなかった。しかし、カザハはほかに頼る術を知らなかった。

 そうして戦場を渡り、食い繋いでいた時だった。ある戦の時、兵士がカザハの噂を聞きつけ様子を見にきた。その時カザハは相変わらず下働きとして雇われてはいた。その兵士が来たのは、カザハが日課としていた剣の素振りをしていた。そのメチャクチャな県捌きを見て、兵士は嘲るように言った。

『臆病なくせに戦おうとするなら、いっその事卑怯者らしく誉も何もない鉄砲でも使ったらどうだ』

 銃はそれこそ目が出るような高級品で、かつ錬成のたびに剣や弓が比べ物にならないほど金がかかり、その割には全く当たらないとまで言われるほどだった。その噂はカザハも聞いていたが、その時その言葉を聞いてカザハが思ったのは別のことだった。

 遠距離なら普通に動けるかもしれない。そうしたらみんなの役に立てるかもしれない。

 そう考えたカザハは戦が終わったのち、報奨として金の代わりに戦場で鹵獲された弓矢を望んだ。なぜそんなものを欲しがるのか給金担当の兵士は訝しんでいたが、カザハの提案の方が安上がりになるのは間違いなく、カザハは望み通り弓矢を手に入れた。それは幸いなことに故郷で見慣れた短弓に近い形をしていた。

 それ以降、カザハは弓の腕を磨いた。これに関しては故郷で散々見慣れていたこともあり、見様見真似といえども最低限の型を真似ることができていた。最初は5ラツ程(約10m)先の的にも当たらなかったが、練習するうちにコツを掴み、独学とはいえある種の完成形を知っていたことから一月も経つころには55ラツ(約100m)離れたところから流れるように10射して全部命中させるほどの腕前に達していた。その時は知る由もなかったが、短弓でそれほどの技能を有することは異常だった。通常、短弓使いは中〜近距離で浴びせるように矢を使うことが多く、遠距離から正確に狙い撃つのは長弓の役割と考えられていた。それを短弓で行い、なおかつ速射性能も維持していたカザハは、もし知る者が見たら『天才』と称しただろう。

 そんなことはいざ知らず、カザハは剣以上に弓に馴染んでいた。弓ならば問題なく戦える。それがわかったのはそれから更に3度戦を跨いだのちの出来事だった。

 その時も相も変わらず後方職に回されて仕事をしていたが、その戦は普段と勝手が違った。カザハたち後方部隊に奇襲部隊が迫っていた。そのことにいち早く気がついたのはカザハだった。人の気配に敏感だったカザハは、何者かが近づいてきていることをいち早く察知した。そのことを兵士に伝えたものの、カザハの今までの戦績から相手にされなかった。

 そうしているうちに、本隊の方は一度完全に戦線が崩壊し、後方部隊のところに逃げ込んできた。そのため、辺りは大混乱となった。その中でカザハは、敵の気配がする位置に矢を射ち込んだ。

 突然の行動に周囲から変な目で見られたが、その方角から敵が姿を現したことで混乱は更に拡大した。しかし、カザハにとっては的が姿をさらしてくれて撃ちやすくなったとしか思えなかった。

 カザハは無我の境地でひたすら20ラツ以内に近づかれないように矢を放ち続けた。その射撃は正確無比で逃げる暇を与えずに放たれ続けた。矢は一つ一つが敵兵の急所を穿っており、一射するたびに敵兵が1人ずつ倒れていった。

 奇襲に来ていた部隊を殲滅したとき、カザハはようやく矢を打ち尽くしてしまったことに気がついた。

 しかしその時には、すでに周りの兵士たちはカザハを崇拝するような眼差しで見ていた。突然襲いかかってきた敵兵を正確無慈悲に撃ち、かつそれを誇るでもなくいた態度が琴線に触れたらしかった。

 それ以降カザハは自分でも戦える、すなわち『役に立てる』と言う自信を手にした。そしてカザハが歴戦の弓を使う傭兵として名を挙げるようになるまでさほど時間はかからなかった。


***********************


 『カザハ』の名前はカザハ自身があまり喋らなかったことから名前自体は広がらなかった。しかし、『寡黙なる暗殺狙撃手』などという妙な渾名は広がり、あらゆる戦場でも喜ばれる存在へと変わった。

 そして傭兵として4年ほど生活したある日のことだった。カザハはアムスタス皇国軍から仕官の誘いを受けた。その時話しかけてきた将校は何か色々言っていたが、カザハとしてはどうでも良かった。

 認められたことが嬉しかった。

 それだけの理由でカザハは快諾した。

 たとえそのせいで使い潰されることになったとしても、カザハにとっては構わなかった。

 そして、快諾した際に名前を聞かれた時、カザハは思った。彼らが求めているのは戦場で役に立つ、『強い私』だ。そこに本来の『弱い私』は必要とされていない。ならば、『弱い私』を封印し、彼らが望むように『強い私』を演じなければ。そう考え、かつての弱い自分と完全に決別するつもりでカザハは己の真名を捨て、名乗った。

『アルカ=ゾア』と。

 

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