アムスタス迷宮#76 カザハ-3
その日はいつもと異なり、昼間に何者かが接近してきていた。カザハはもちろんそのことを伝えたが、ここ数日の間疲労から誤報をすることも多く、まともに相手をされなかった。
引き返して様子を伺っていると、それらも一定の距離を保って集落の様子を伺っていた。カザハは首の縄で動ける範囲が制限されているため、近くに行くことはできなかった。また、武器の類なども持っておらず、石を投げたところで当たるとも思えなかった。一方でそれらも柵があり、カザハがいることから迂闊に接近してくる様子は見られなかった。
それらをじっと見ているわけにもいかず、カザハは注意を向けながらもそれらから目を外し、周囲の警戒を続けた。辺りを警戒していると、どうも似たような集団が複数の方向からここを狙っているようだと気がついた。それらについてももちろん逐一大人に伝えたものの、距離が遠くて見えなかったり、カザハが連れてきた時には位置を変えており、そもそもいなかったりしたため、相手にされないどころか身体の傷が増えただけだった。
それらについてはそれから数日の間似たような行動を続け、集落を四方八方から見ていた。その事に関してはカザハはもちろん気がついていたが、カザハが気付き、警戒するそぶりを見せたり、誰かに伝えようとしたりするとどこかへ去っていった。そのため、カザハも当初はきちんと伝えていたものの、怪我が増えるだけと理解すると逐一報告することをやめた。
その変な集団が出現するようになってから、変なことが度々発生するようになった。
例えば、家畜がいなくなる。日が暮れる頃に柵の中にに集め直すと1頭か2頭減っている。辺りを見ても怪我をしたり迷っているような様子はなく、まるで突然消えたかのように手がかりすらないと大人たちは言っていた。
例えば、獲物がいなくなる。それまで近くに牛の群れがいたはずなのにいつの間にか姿を消している。狩りに出かけてもウサギすら見つからない。そう言ったことが増えた。
例えば、夜中のうちに外柵が壊れる。明らかに風によって自然に倒れたとか動物がぶつかって壊れたと言えないような不自然な壊れ方をした柵が散見されるようになった。縄が何かで切断されていたり、柵も綺麗にくり抜かれていたりした。
それらに対して大人たちはやっと重い腰を上げて警戒を上げたが、時はすでに遅きに失していた。また、それらの原因がカザハであるとの言いがかりにより、カザハの怪我が増えたが、それは些細ないつものことの延長でしかなかった。
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そんなことが続いたある日のことだった。
集落にそれらの一団がやって来た。彼らは自らをウスツム国の兵士と名乗り、この集落の代表に会わせてほしいと言ってきた。
カザハがそのことを大人たちに伝えると、一先ずは招き入れるように言われた。言われた通りに彼らを集落に中へ連れて行くと、カザハはそのまま集会所から追い出された。
その後、どのような話し合いがされたかは知らないが、あまり良いものではなかったのだろう。カザハは別の集団がいる方を見張っていると、集落の方から悲鳴が上がるのを聞いた。そしてその後、集落の方から兵士の1人が傷だらけになりながら走ってくるのが見えた。彼はカザハに気がつくと一瞬躊躇したものの、カザハの体格から支障はないと判断したのだろう。そのまま走って逃げようとした。
しかし、その躊躇が命取りとなった。彼が躊躇して一瞬走りが鈍った直後だった。兵士の背中に矢が突き刺さり、そのまま彼は倒れた。続いて彼に次々と矢があたり
、カザハの目の前で彼は絶命した。
その様を目の前で見ていても、カザハは特に何も思わなかった。いつか私も辿る末路が目の前で示されただけ。そうとしか感じられなかった。また、その後村に入ってきた兵士たち全員が尊厳を地に落とすような扱いをされて村の外に捨てられるのをカザハは眺めていた。その光景はしかし、見張っていた方から異様な雰囲気が立ち上るのをカザハは感じ取っていた。
その日の晩のことだった。
集落はウツスム国に襲撃された。
夜間に突然四方八方から火矢が射かけられ、あたりは火の海と化した。そして、それと同時に兵士たちが斬り込んできた。大人たちは応戦し、子供や女性は逃げ惑っていたものの、練度の差から結末は日を見るより明らかだった。
半ルオもしないうちに集落は壊滅した。カザハはその日、兵士を招き入れる原因を作ったとしていつもよりきつめの折檻を受けたのち、外柵沿いに転がされていた。そのお陰か、カザハは火に巻かれることもなく生き残ってしまった。また、兵士たちもまさかよもやこのボロ雑巾の方がマシなナマモノが生きている人間とは思いもしなかったのだろう。何度か近くに兵士が来たものの、カザハは徹底的に無視されていた。
しかし、虜囚として捕えられていた集落の人々が移送される段階で、カザハの存在が村人から伝えられ、回収された。
ウスツム国の兵士はカザハの全身を見て顔を顰めていた。当時は『この人たちも私を疎ましいモノとしか思っていないのか』と感じたが、今はそうではなかったと思っている。あの時、彼らに浮かんでいた表情は憐憫のものだった。齢14にしてみるからに痩せこけて貧弱な身体。全身には無数の多種多様な傷跡が刻みつけられ、目は常に虚で手足は力無く垂れ下がる。何も言われなければ明らかに14ではなく、生きていうるのが不思議なほどの矮躯は、正視に耐えなかったのだろう。
カザハはそのまま治療された。治療といっても傷薬を塗り包帯で患部を巻くといった程度でしかなかったが。そのままカザハも捕虜の中に入れられ、ウスツム国の陣地へ連れて行かれることとなった。その間、カザハは常に誰かしかから責め立てられていた。それは肉体的なものもあれば精神的なものもあった。その時言われた言葉の一つが『アルカゾア』だった。厄災の花嫁にすらなれないお前は、この世のあらゆる祝福を受けることすら値しない最低な存在だ、と。
移送された先で待っていたのは最悪な生活だった。
捕虜は基本的に名誉が尊重される。しかし、私たちは兵士ではなく、従って捕虜としては扱われなかった。では戦争に巻き込まれた一般人かと言うとそうでも無い。そもそも、ウスツム国がなぜ私たちの集落に来たか。それは国境線沿いに考えるとウスツム国の領土内だったからに他ならない。そして後に知ったのだが、ウスツム国とアムスタス皇国はこの時国境紛争を起こしており、両国は戦争していた。
この時、両国は共に越境して行動する存在を入念に見張っていた。間諜がいないかどうかを探るために。その時、それにお構いなく越境を繰り返している存在がいた。私たち遊牧を生業とする民だ。その為、古来より遊牧の民はどちらの国からも正式に国民として認められたことはなかった。そしてこの時、ウスツム国はこの時各集落を回り合法非合法を問わず協力を取り付け、アムスタス皇国は事前に通告した上で皇国内の別の土地に行くなら関与せず、留まる、もしくはウスツム国に移動するというならばその集落が誤射もしくは戦禍に巻き込まれても仕方がなかったという体で処理していた。
そして今回集落に来た兵士を惨殺してしまったことから、報復として村は消された。そして私たちは全員犯罪奴隷として懲罰大隊に組み込まれることになった。




