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迷宮探索黎明期  作者: 南風月 庚
アムスタス迷宮編

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アムスタス迷宮#73 ウズナ-18

 精神干渉系の魔術は知識としては知っていた。しかし、それだけで使いこなせるといった優しいものではなかった。また、ウズナとしても『知っている』だけであり、『理解している』とは言い難かった。

 さらに、このような術を行使する場合、対象者ーーこの場合はアルカとなるーーの精神にも大きく左右される。対象者が受け入れる姿勢を示しているならば、術をかける際の術者の技量が要となる。文献によると、精神に干渉する場合、大きな障壁となるのは大きく二つあるとされている。

 一つは本人の意思とされている。これに関しては対象者が術者に対してどのような感情や思いを抱いているかによって難易度が変わるとされている。対象者が受け入れる態度を示していれば、術者は術をかけやすくなるとされており、逆に拒絶の意思を示していれば、それはそのまま術への抵抗心となりかけるのが難しくなるとされている。

 そしてもう一つは生来生物が持っていると言われている精神障壁だ。これに関しては生まれつき備わっている自己防衛機能のようなもので、本人の意思でどうにかなるようなものではないとされている。そのため、精神干渉系の術を使おうとした場合、術者はどんなに対象者から受け入れられていたとしてもこの障壁を突破せねば術をかけることはできない。

 こう言った術式は主に使い魔を作成するときに用いられている。そのとき大抵の術者は、動物の意思を自分のマナで塗り潰そうとする。これは精神障壁も相手の意思も自分のマナで塗りつぶしているーー言い換えると、相手の精神を破壊しているため、どんなに優れた術者でも狼くらいの大きさが限界と言われている。また、同様に人に対して使用が制限されている理由もそこにあった。

 先日、ウズナがアラコムから術を受けた際には、姉としての人柄から術者としての技量も信頼を置いていた。そのため、術をかけられる事については何とかなった。アラコムに言わせれば、『人間の比較対象がないから何とも言えないけれど、精神障壁を通過させてもらうのに今までと比較にならないマナの量と精度が要求された』と言っていた。

 受け入れようとしていたウズナですらそう言われるほどの手強さであった。アルカはそれ以上の困難が伴うことは予想に難くなかった。

(まさか、初めての精神干渉系魔術が、ぶっつけ本番で他人の心を覗くことに使う事になるとは・・・・・・・) 

 内心そう思いながら、ウズナは慎重に魔力操作を行いアルカに術をかけていった。

 マナをアルカに通していくうちに、ウズナは違和感を覚えていた。

「意思による抵抗がない・・・・・・・?」

 今のウズナが保有しているマナは膨大で、その気にならなくても一瞬でアルカを傀儡の使い魔の如き存在にしてしまうことは容易いことだった。そのため、ウズナは慎重にマナを操作し、そのような事にならないように気を張り巡らせていた。

 しかし、別にそう言ったことをしていないにも関わらずアルカから拒絶するような抵抗は感じなかった。それどころか、流そうとしていないにも関わらず水が上流から下流に流れていくようにウズナのマナがどんどんアルカの身体に流れ込んでいた。積極的に自身から傀儡になろうとしているかのような態度は、先ほどの拒絶の意思を見せた態度からするとチグハグに感じる。

 魔眼を使いながらマナを流し、ようやくウズナはその違和感の正体に気がついた。

「・・・・・・・貴女は。それでいいんですか、アルカ」

 アルカは決して無抵抗ではなかった。恐らく、強く拒絶したいのだろう。しかし、ウズナのマナが膨大かつ強力なことが事態を複雑にしていた。

 アルカは拒絶できそうな相手ならば拒絶して術にかかることを拒否しようとしただろう。しかし、アルカのマナを感じて抵抗を無意味と判断したのだろう。そのため、無抵抗で受け入れるどころか積極的に身を差し出すことで恭順の意思を示し、アルカの精神と肉体をウズナに差し出したのだ。

(精神障壁についても・・・・・・・。だめですね。自身の意思で精神障壁を破壊しようとしています)

 生まれつき備わっているものを、それも魔術の基礎も齧ったことがないような素人が破壊しようとしている。それも、ただ降伏し、恭順することを示すためだけに。

 気がつくのが遅れていたら、ウズナはわけもわからないうちにアルカを廃人とし、使い魔にしてしまっていただろう。今それが避けられている理由は、アルカが自己の精神障壁を破壊しようとしているところを、ウズナのマナがそれを防いでいるというアベコベな状況が生起しているためだった。

 それらを何とか宥めつつ、ウズナはアルカの中に入り込んで行った。

(それにしても、肉体も精神もかなりボロボロですね。この分だと、下手したら魂も・・・・・・・)

 ただでさえ難易度の高い術式が、アルカの現状と相まってさらに難易度を上げていた。

 それでも慎重にマナを流し続けていると、不意に手応えがなくなった。

(まさか・・・・・・・)

 傀儡にしてしまったか、と一瞬焦ったものの、マナの流れなどから見ると、どうもそうではなさそうだった。しかし、原因不明のままである事に変わりはない。

 何か手がかりはないでしょうかーー。

 そう考えていると、遠くから何か小さな声が聞こえてきた。まだ雑音がひどく、途切れ途切れだが、何か手がかりが掴めるかもしれない。そう考えてウズナはその声に集中した。聞こえてくる声はどうも小さな子どもの声に聞こえた。さらに、その子どもを詰るような、責め立てるような何とも言えない負の感情が込められた言霊が反響して響いていた。

「これが、貴女の記憶ーー」

 ウズナがそう呟いたときだった。

 ぐい、とウズナの意識がアルカの中に引き寄せられた。

「えっ」

 咄嗟に踏みとどまったものの、彼女は今なおウズナを招き入れようとしている。その様子を見て、ウズナは一瞬ある考えが浮かび、それを一度は否定した。しかし、アルカの顔を見て考え直した。彼女はいつの間にか顔をウズナの方に向けていた。そして、人形のような目や表情は変わっていなかったものの、いつの間にか静かに涙を流していた。

「もしかして、記憶を見て欲しいのですか?」

 アルカに問いかけると、微かに首肯した気がした。

(初めてでやることではないですね、本当に・・・・・・・ッ)

 相手の記憶を覗くのも十分に難しい術だが、それに輪をかけて困難だと言われているのが相手の精神世界に入りこむことだとされている。不慣れな身でやるのは気が引けたが、今の彼女の現状を鑑みれば一刻の猶予もない。

 これで何か手がかりが得られるならーー。

 そう思い、ウズナはアルカの誘いの手に乗った。そして、ウズナの意識は闇に引き込まれていった。

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