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迷宮探索黎明期  作者: 南風月 庚
アムスタス迷宮編

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アムスタス迷宮#72 ウズナ-17

 酷い眠気が突然消えた時のように、ウズナの意識は急速に浮上した。辺りを見ると、先ほどまでは屋外にいたはずなのに、いつの間にか洞窟内部に移動していた。

「ここは・・・・・・・?」

「ウズナ!」

 突然胸の辺りに衝撃を感じ、胸元を見下ろすとアラコムが抱きついてきていた。アラコムはひっしとウズナにしがみつき、腕をしっかりと背中にまで回していた。昨日目が醒めて再開した時か、それ以上にしっかりとしがみついてきていた。

「ね、姉様。痛いです」

 そう訴えるものの、アラコムはますます腕に力をこめて話を聞かなかった。

 ほとほと困り果て、ウズナは辺りに助けを求めようと周囲を見渡した。すぐに近くにエムを見つけ、声をかけた。

「あの、エムさん」

 しかし、彼女はなぜか後退りし、そのまま走り去ってしまった。さらに、今の呼びかけに何か思うところがあったのかアラコムが泣きそうな顔でウズナを見上げてきていた。

「姉様?」

「ウズナは」

「?」

「ウズナはあの子がそんなにいいの?」

 問われている意味がわからず、混乱しているうちにエムが呼んできたのか集まってきた。しかし、その人数は先ほどの半分程度しかおらず、近くに潜んでいるような雰囲気もなかった。

 また、やって来た人々がウズナに向ける視線は遠巻きにどこか警戒しているような雰囲気があった。

 そのことに首を傾げていると、ノイスに促されたアラコムがゆっくりとウズナから離れた。そして、十分離れたところでシロシルが口を開いた。

「ところで、ウズナ。何点か質問したいことがある」

「はい、何でしょうか?」

「まず、今ここの状況を知覚する直前の記憶はどこだ?」

「エムさんが喉元の鱗を触る直前です」

「それ以降記憶はない、と」

「はい。なので何が何やら・・・・・・・」

「その間、ずっと意識はなかったのか? はたまた何か感じていたのか?」

「その間はずっと眠っている時に感覚は近かったと思います。その、眠る直前のように意識が解けているような、眠気はあるのにそれをどうにかすることはできないような、そんなふわふわとした感覚です」

「その時ーー」

 それ以降も様々な質問が飛んできた。それに律儀に答えていったが、累計すると質問の数は30や40ではきかないのではないか、というほどの質問を受けた。その質問が永遠に続くのではないかと思うほど続き、少し口も疲れてきた頃、質問が終わった。

「ところで、これらの質問は一体ーー?」

「君が陥っていた状況を正確に判断するためのものだ」

「それは・・・・・・・?」

「覚えていないそうだが、君はエムに鱗を触られたのち、今までずっとエム専属の護衛にように付き従っていた。さらに厄介なことに、そういう態度を取るくせにエムに対してもまともに会話が成立していなかった」

「そんな事に・・・・・・・」

「ああ、だからこそ今、原因を調べたというわけだ」

 そう言うと、シロシルは『やはりそうだったか』と言うような雰囲気で引き下がった。一方で、先ほどのやり取りからウズナは正気に戻ったと判断されたのか、先ほどまでのような怪訝な雰囲気は無くなっていた。

「それで、どう言う推論になった?」

「恐らくだが、ウズナの喉にある鱗はわかりやすい弱点ーー急所のようなものだろう」

 そう言いながらシロシルは手元の紙を捲った。

「弱点、ですか?」

「と言っても、条件付きのようなものの可能性が高いが」

 そう言ってシロシルは説明を始めようとした。しかし、そこでノイスが制止した。

「ちょっと待て。ここでやるより拠点でした方がいいだろう。それに、もしもに備えて休憩もまともに取っていない。一度休息を入れてからそれを聞こう」

「確かに、その方が良さそうだな」

 その意見にシロシルも同意し、移動し始めた。その後をウズナも恐る恐るついていった。


************************

 

 休憩ーー仮眠を皆がとっている間、ウズナはアルカに近づいた。彼女は相変わらず精巧にできた人形のようだった。その眼はやはりこちらを見ているようでどこも見ていないような、そんな眼をしていた。

「隣、座りますね」

 そう断って隣にこしかけたが、彼女は視線をこちらに向けることもせず、ただ虚空を見つめていた。ともすれば眠っている、もしくは死んでいると思われても不思議ではなかったが、彼女がそうではないことはマナの動きを見ればわかった。

(それにしても、やはりマナが希薄ですね)

 アルカは今生きているのが不思議なほど稀薄なマナしか見えなかった。微かに全身をマナが巡っていなければ、ウズナは今のアルカを『生きている』とは認識できなかっただろう。それほどまでに今のアルカは衰弱していた。緩やかに死へ向かっているような、まだ間に合うと思っているといつの間にか手遅れになりそうな、そんな雰囲気が感じられた。

「アルカ、少しいいですか?」

 そう言ってウズナがアルカの顔を覗き込み、不足しているマナを補おうと手を握ってマナを流し始めた瞬間だった。それまで自発的な行動を起こそうとしなかったアルカが、手を振り払おうとした。

 そして、その眼には微かな苛立ちとそれを覆い隠すほどの恐怖が浮かんでいた。しかし、表情は一切変わっておらず、すぐにその感情は消えた。また、振り払おうとする動作もその兆候は見せたものの、行動にはつながっていなかった。そのため、常人ならば彼女の変化に気がつかないか、気がついたとしても気のせいかと錯覚しそうなほどの微かな反応に過ぎなかった。

 しかし、その瞬間だけでウズナにとっては十分だった。

 アルカは関わりを求めてはいるが、同時にこちらに対して一線を引いており、立ち入ろうとはしていない。それと同時に、こちらが一定以上立ち入ろうとすると本能的に拒絶しようとするが、その拒絶を無意識で抑え込み、なされるがままを受け入れようとしている。

(なんて、歪な在り方)

 思わず、そう思ってしまうほど歪んだ精神だった。

 思えば、アルカは今までもそうだった。訓練している時でも、彼女は請われれば教えるものの、それらは要点のみであり、不親切だと嫌われることが多かった。また、勤務終了後は大抵すぐに自室に引き上げ、何をしているのかわからないことが多かった。

 大抵、寝食を共にすればある程度の嗜好だったり出身だったりを知る機会はある。現にウズナもある程度みんなのことは知っている。それにも関わらず、アルカだけは何も知らなかった。恐らく、アルカと最も関わりの深い特別任務部隊の面々でさえ、アルカのことは出身から趣味嗜好まで何も知らないだろう。

 自身のことは何も語らず、他人と関わろうとしない。暇な時はひたすら射撃の腕を磨いたり、剣術の基礎鍛錬をしている姿しか見たことがない。

 寡黙な職人肌の人間なのだ、とずっと思っていた。

 しかし、もしそうではなかったら?

 単純に、人との関わり合いが嫌いなのではなく、人との付き合いかたを知らないだけなのでは?

 今の状態や動作、今までの記憶から、ウズナはそう考えた。

 もしそうなのだとしたら、彼女の声無き声を聞く必要がありますね。

 そう考え、ウズナは繋いだ手に少しずつマナを注ぎ始めた。今度は彼女を癒すためではなく、識るために。

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