アムスタス迷宮#6 ウズナ-2
派遣される数日前、ウズナは約1年ぶりに帰省した。
「只今戻りました。お久しぶりです、父上、母上」
「久しぶりだな、ウズナ」
長らく帰らなかったにも関わらず家族は温かく迎え入れてくれた。
「今回はお伝えすべきことがあって帰って来ました」
「……例の四阿か」
「はい。この度、わたしも調査隊に命ぜられました」
それを伝えた瞬間、父は「そうか……。ゆっくりしていけ」と応えまた。父のもとを辞して自室に戻ると、姉のアラコムが部屋に来た。
「ウズナ、中に行くって本当?」
「ええ、本当です。姉様」
「そう……。実は私も、というか宮廷魔術師団も行くの。今回」
「宮廷魔術師団もですか⁉︎」
「それだけじゃない。今回は錬金術師ギルドに薬師、学者の人たちも行くみたい」
「なぜ……。中が安全と言われたわけでもないのに」
「何でも、調査隊の中にそう言う知識を持った人が入れば帰って来れたらその分調査回数が減ると言う考えみたい」
「暴君どころか暗君ですね、皇帝は」
「どちらかというと皇帝よりも司法大臣の派閥の貴族が結構暗躍しているみたい」
「司法派というと……」
「貴族第一主義者」
思わずため息をついた。
「では、アルカゼラディス家からは……」
「それは私と貴女だけ。本当は父様や兄様も含まれそうになっていたけど、それは貴女のお友達がなんとかしたみたい」
「エスナドーラ皇女が、ですか……」
「ええ」
本当は貴女が心配で父様も兄様も行きたがってたみたいだけど。
アラコムがそう呟いた時、母様が部屋に来た。
「ちょうどよかった。アラコムもここにいたの」
「どうなさいましたか、母様」
「いえ、アレに行く貴女達にお守りをと思って。いざという時に使いなさい」
そう言って手渡されたのは大きめのマントだった。マントの裏地には母様特製の治癒術式が織り込まれていた。この術式なら、簡易的な呪詛を防げるし時間をかければ複雑骨折くらいならなんとかなるかもしれない。そう思わせるほど精緻で複雑な術式が織り込まれていた。
「それでウズナ、貴女から見てあの四阿はどのように見えているの?」
母様から聞かれた時、ウズナは返答に困った。けれども2人の手前隠し事は意味がないと考えてゆっくりと口を開いた。
「正直、わかりません。と言うのも複数の魔力がわたし達の知らない法則で動いて、複合的な術式を発動させ続けています」
言葉通り、ウズナの目には分かる限りで100を越える魔力の流れが重なって見え、またそれぞれの術を見たところでそれがどのような理論、術式に基づいて動いているのかわからなかった。
「そう……」
その所感を聞いて明らかに母様は不安そうに息を漏らした。
「母上、そう悲嘆しなくても良いのではないですか。外からはわからなくても内側からはまた違って見えるかもしれませんよ」
「その通りです、母様。それにわたしの眼についてはご存知でしょう。いざとなれば術式を壊すことくらいなら造作もありません」
「流石ウズナ、幼い頃から術式をいじっては訓練場を吹き飛ばし続けただけのことはあるわね」
「姉様、それとこれとは今は関係ありません!」
アラコムと2人戯けたようなやりとりを見せていると、母様も「そうね、確かに」などと乗ってきてしまい、収拾がつかなくなってしまった。それでも、出発前夜は楽しく穏やかに流れていった。
「2人とも気をつけるように」
「ちゃんと帰ってこいよ。死んだら許さないからな」
出発の朝、ウズナとアラコムは両親から兄弟妹、使用人たちから激励をもらった。そのことにウズクは少しだけ目が痛くなった。