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迷宮探索黎明期  作者: 南風月 庚
アムスタス迷宮編

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アムスタス迷宮#68 ウズナ-14

「それで、何があった」

 2人が回復するまでには少し時間を要した。ウズナはその様子を申し訳なく思いながら2人の様子を見ていた。

 まずエムが2人とも心肺停止していることに気がつき、慌てて蘇生を行った。幸いすぐに脈と呼吸は戻ったものの、先ほどのウズナのさっきに対する反応が表出したのか2人とも失禁してしまった。また、極度の緊張状態に陥ってしまったのか過呼吸を引き起こし、さらには嘔吐までしてしまっていた。その後2人とも目を覚ましたが、シロシルはウズナを見るなり震え出した。コウカも恐怖に身を震わせていたが、下着や周囲の上京に気がつくと己の粗相の痕跡に顔を赤くしていた。現在は2人とも着替えてウズナから離れたところで遠巻きに様子を伺っていた。

 さらにあとで判明したことではあるが、あの時発せられたウズナの殺気はかなり強烈だったらしく、特別任務部隊の人員も半数が気絶するという有様で、気絶しなかったものも恐怖で体が動かなくなったらしい。その状況で逆に普段通りの反応速度で銃を構えたアルカについて疑問には感じたが、今はそれどころではなかった。

 目の前には仁王立ちしている隊長がおり、ウズナは再び拘束されていた。その隣でエムが必死にウズナを弁護していた。

「ーーなので、本当にウズナさんは何もしていないんです」

「では聞き方を変えよう。その直前何をしていた」

「喉の鱗を触っただけです」

「喉の? どれだ」

「これです」

 そう言ってエムは喉元の鱗を示した。

「この出っ張っているところか」

「はい」

 それを見ながらノイスはしばし考え込んでいた。

「ウズナ、お前はそこを触れられて何を感じた」

「えっと・・・・・・」

 問われてウズナは少し考え込んだ。

 あの時の行動は反射的な行動で、特に何か考えていたでしょうか?

 触れられた時、何を感じたか。そう考えてあの時の記憶を辿った。

 触れられた時、ウズナは首を握り潰される様な恐怖を感じていた。そして、次に思ったのは『恐怖を与えるこの存在を排除せねばならない』というものだった。今わたしは生命の危機に瀕している。その危機は速やかにあらゆる手段を講じて排除せねばならない。ーー殺してでも。

 そこに思考がたどり着いた時、ウズナは自分の思いが信じられなかった。

 わたしは今、仲間を害するーー殺すことをよしとしていた。しかも、何ら生命の危機でもない状況で。

 あの時、コウカには敵意も殺意も害意も何も感じなかった。百歩譲って仮に殺そうとしていたとしても、彼女がその目的を達する前に逃げるなり無力化するなりは簡単なことだった。それにもかかわらず、恐怖心を抱き殺そうとした。

 あの時手が出なかったのは奇跡でしょう。

 思い返せば、触れられた瞬間に目の前の存在を殺そうとし、実際に腕を振り上げていた。あの時後ろに飛んでいなければ確実にエムやコウカ、シロシルは挽肉と化していただろう。

 その想像がついてしまったことが嫌だった。

 やはりわたしはここにいてはいけない存在なのですね。

 改めて突きつけられた事実はウズナを壊すには十分だった。ーーアラコムがいなければ。

 ウズナの心が絶望に染まり、ワナワナと震え出した時だった。アラコムは何の躊躇いもなくウズナに抱きついてきた。

「ね、姉、様・・・・・・」

「大丈夫、大丈夫だから。ウズナ」

「けれど、わたしは、わたしはあ!」

「絶望的な状況の中生き残って、みんなに迷惑をかけない様に隠れて、精神と肉体が侵食されているにも関わらず平静を保って、今はみんなを傷つけない様に自分から離れて自分に攻撃して。十分頑張ってる。ウズナは十分頑張ってる。だから、それ以上自分を追い詰めないで」

「あ、あ、あああ」 

 そう言われ、気がついたらウズナは大粒の涙を流していた。

 ずっと怖かった。自分が消えていく感覚。異形と化した身体。人の身を超えた力。ずっとずっと1人で抱えて苦しんでいた。このまま自我を失って野生の衝動に身を任せるだけの化け物となってしまったら。気がつかず姉を手にかけていたら。皆に歩み寄ろうとしてもこの身体では拒絶されてしまうだろう。当たり前だ。自分で見ても悍ましいこの身体を誰が受け入れると言うのか。

 だから離れようとした。けれど、その想像をするだけで心が折れそうになった。だから、本当なら見られた時にどこか遠くへ行くべきだった。それにもかかわらず洞窟にあれこれ理由をつけて残ったのは、その選択をすればそれこそ自分がなくなってしまう予感がしたからだ。

 意を決して隊長に伝えようとしたのも、言葉が通じるならば隊長が最も冷静に話を聞いてくれそうだと考えたからだ。本当は姉と話したかった。身を隠してごめんと謝りたかった。洞窟の奥で見つけたものについて自分で話して、姉と議論を交えたかった。

 けれど、この様な気持ちの悪い身体となった妹を姉は受け入れてくれるだろうか?

 その恐怖から、ウズナは投降してもアラコムと積極的に話そうとしなかった。もしも姉に拒絶されてしまったらどうしよう。姉から縁を切られたら?

 だからこそウズナはノイスに判断を委ねた。ノイスが受け入れてくれなくても、それは姉が受け入れてくれなかった事とは異なる。縁を切られない。仮にそれが幻想だとしても、知らないうちはそれを支えとしていける優しくも儚い虚像。

 そして先ほどの一件で確信した。わたしはもう二度と人とまともに関わることはできないのだと。こんな化け物が身内にいては家族に迷惑もかかろう。もし受け入れてくれたとしても、そこから先わたしの家族は、未来永劫後ろ指を刺され肩身の狭い思いをするだろう。それを避けるためにはここでいなくなった方がいい。

 そう思っていたのにーー。

 見れば鱗の縁でアラコムの肌は切れていた。ウズナの今の身体は体温が低い。そんなところに抱きついてきたものだから、爪はもう紫色になり始めている。背丈も体格も丸切り変わり、どこを見ても『ウズナ』の痕跡はない。

 こんな化け物にも関わらず、姉は抱きしめてきた。否定せず、受け入れてくれた。

 嬉しかった。

 ただただ、嬉しかった。

 感情がぐちゃぐちゃになり、ウズナは幼子の様に大声で泣いていた。

 それは、ウズナが四阿を超えてやっと緊張の糸が解けた瞬間だった。


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