アムスタス迷宮#66 アラコム-5
アラコムは、先ほどまで術を介して朧げに感じられたウズナの状況を思い返しながらそうノイスに報告した。
先ほど感じた内容。それはアラコムからしてみれば己の無力さを嘆かずにはいられないものだった。肉体に関してはウズナを素体としてはいたものの、身体の半分以上が人のものから別のものへと置換されていた。それがなんなのかはわからなかったが検討ぐらいはつく。
(母上が作っていた外套の状況から考えて、おそらくウズナは丘の上で治癒術を使っている。その時、身体を治すために近くにあった何かを取り込んでいる。けれど、それは人の身に余るものだった。そんなところね・・・・・・)
その『何か』とウズナの肉体は深く融合していた。と言うより、その『何か』のおかげで今ウズナは生きることできたと言った方が正確だろう。しかし、それは逆説的にウズナを元の身体に戻すことが困難であることを示していた。
前提として、どのように結びついているかがわからない。割合としては6〜7割から7割5分と言ったところだろう。しかし、その混合具合は全身で異なっていた。左腕はウズナの肉体がかけらも存在せす、完全に欠損している。また、昼間に『飛蜥蜴』に刺された腹部もほとんどがウズナ本来のものでは無い。また、そのほかの部分に関しても半分ほどがウズナ本来の肉体から変化している。さらにその混ざり具合もウズナの肉体の上を覆うような、分離しやすい形ではなく、一度ソレとウズナの身体を混ぜてこね合わせたものを今の姿に象ったような、一概にどこからどこまでが、と言う分け方ができるようなものでは無かった。
もし仮にいま何らかの手段でそれらを取り除くことができたとしても、その瞬間にウズナの肉体はぐちゃぐちゃに壊されてしまうだろう。
そう考えられるからこそ、迂闊に手を出すことはできなかった。
また、『精神』に関しても問題があった。魔術において『肉体』、『精神』、『魂』はそれぞれ独立した存在でありながら相互に密接した関係にあると考えられている。そしてそれぞれの存在を橋渡しするために介在しているのが『生命力』ーー言い換えれば『魔力』や『マナ』の大本とされている。そのため、『肉体』に不調が起きればそれは『精神』や『魂』にも影響を及ぼすと考えられている。
また、呪詛魔術が問題となるのは相手の『マナ』ーー『生命力』に干渉していることから、そこを通じて『肉体』『精神』『魂』にすら最悪の場合影響を及ぼす。それにより、魔術師の間でも安全に検証できる機会がなく、発展もほかの分野より遅れていることから危険性が高いため禁術扱いに等しいものだという背景がある。
閑話休題。
先に述べた通り、それぞれが相互に密接に関係しているためどれかが崩れるとその影響は他の2つに波及する。その点から考えると、ウズナの精神に関しても影響が出ていることは疑いがなかった。
しかし、あの結果は想定外だった。ーー否、想定はしていたが、あっていて欲しく無いものだった。
「ウズナは今、精神の半分以上が『何か』に侵蝕されています」
「それがどう言う問題につながるのか教えてくれ」
「言い換えるならば、今のウズナの人格は半分以上『他人』のものです」
半分以上が『ウズナ』ではないーー。こう表現してしまうと誤解を招くが、実際のところ『ウズナ』としての自我や性格は半分以下しか表出せず、残りの部分は『何か』と混ざり『ウズナ』という個人から変容しつつある。さらに問題なのが、今なおそれは進行中ということだ。
先ほど述べたようにウズナの肉体は完全に『何か』と混ざり、溶け合い、融合してしまっている。そのため、『精神』にも何らかの影響があることは容易に考えられた。しかし、その侵蝕ーー汚染されていた領域はとても大きいものだった。さらにその部分は強力に働きかけており、今持てる技術の全てを注いで精神防壁の構築や浄化を行なったところで焼け石に水といった状態だった。
幸いなことに、『魂』の部分に関しては破壊された痕跡や何かが混ざっている様子が見られなかったことは不幸中の幸いであった。もっとも、『魂』が破壊された場合、その人は『精神』や『肉体』が問題なくともほぼ確実に死に至る。また、『魂』にその人以外の何かが混ざろうとしても互いに反発し合うとされているためその様なことは滅多に無いのだが。
しかし、このままではウズナは『ウズナ』では無くなってしまう。そう考えると居ても立ってもいられなかった。だが、それをどうこうするための方法がない。
「ーーつまり、我々は現状歯噛みしてウズナが変わりゆくのを見ているしかできないのです」
「変わりきったらどうなると予想する?」
「今の『肉体』の変容具合から考えて『ウズナ』の『精神』が残るのは多くて3割程度でしょう。その時、妹が今と変わらず正気でい続けてくれているかはわかりません。最悪の場合、侵食しつつある『何か』に完全に精神を奪われて暴走する可能性もあります。その時妹が攻撃してこないとは・・・・・・」
「断言できない、か」
「はい」
項垂れるようにアラコムは相応じた。視線の先では一応拘束は解かれているものの、まだ警戒されているウズナがいた。また、ウズナ自身も自分が変わりつつあることを自覚しているためか周囲から少し離れたところに1人じっと佇んでいた。




