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迷宮探索黎明期  作者: 南風月 庚
アムスタス迷宮編

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アムスタス迷宮#63

「ここは・・・・・・?」

 目を覚ました時、ウズナは誰かが顔を覗き込んでいることに気がついた。全身が粉々になってしまったかのように激痛が走っている。右目は何かで覆われているのか、まったく視界が効かなかった。

「大丈夫? ウズナ」

「姉様・・・・・・」

 声でやっと姉が覗き込んでいることに気がついた。本来なら何も言葉を返さずに立ち去るのが正解なのだろう。しかし、今身体を動かそうとしてもまったく動く気配がなかった。

「ここはさっきと場所は変わっていないわ。それに、あなたが気を失っていたのもほんの短い時間だけだから。四半ルオも経っていない」

「そう、ですか」

「そう。それに、ウズナはひどい怪我を負っているわ。今はゆっくり眠ったほうがいい」

「けれど、わたしはもう・・・・・・」

「大丈夫よ。私がついてるから」

 そう言ってアラコムがウズナの眼を覆うように手をかぶせてきた。そして、幼い頃に母から聴かされた子守唄の旋律を静かに唄った。その音色に耳を傾けているうちに、ウズナは徐々に意識が落ちていった。


**************************


 小さな寝息が聞こえ、アラコムはウズナが眠ったことを察した。身体は見た目の上ではケガが一切ないものの、実際はそうではないのだろう。爪を刺されたあたりから全身に裂傷のような痣が広がっていた。その痕跡は病的なほど色白となっている今のウズナの肌の上ではよく目立った。

「・・・・・・それで、『彼女』は本当にウズナなのか?」

「はい。誰がなんと言おうと私の家族で、妹です」

「それにしても、なんともまあ・・・・・・」

 それ以降の言葉は続かなかったが、省略された部分に関する内容は察するにあまりあった。

『どのようなことがあればそのような姿に変容するのか』

『なぜ姿を隠していたのか』

『なぜ攻撃してきたのか』

 聞きたいことはいろいろあるだろうことは容易に予想がついた。勿論、アラコムも聞きたいことは山ほどあった。しかし、今はあるがままに妹を受け入れて、安心させなければならない。そう感じた。

 氷の壁は『蜥蜴』が去って間も無く自然と空気に溶けるように消えていった。そこから地に倒れ伏して動かないウズナのそばに駆け寄った時、アラコムは覚悟を決めていたとはいえ動揺した。

 見覚えのある顔や髪、体格などの外見的特徴は一切消え、同じ人どころか種族的に同じ人間とすら思えなかった。しかし、アラコムの心は目の前で血だらけで地に倒れている女性がウズナだと告げていた。

「とりあえず、拘束しますか?」

 騎士の中からそのような声が上がっているのが聞こえた。視線を戻すと、すでに背後にアルカが音もなく縄を構えて立っていた。

「・・・・・・いや、一応は命の恩人だ。手当してやれ」

 まさか『蜥蜴』があれ程の脅威だったとは。

 そうノイスが呟いているのがかすかに聞こえた。

 ノイスがそう指示を出したことにより、騎士たちはいまだに警戒はいたものの、武器の構えを解いた。万が一、敵対行動をとるようであればアラコムとしては後々のことを考慮せずここでウズナを守るために一線交える気だった。

 そして、シロシルやコウカたちが近づいてきた。

「できれば詳しくーーそれこそ解剖したいぐらいだが」

「シロシル先輩」

「そう睨むな。触診だけで詳細にケガがわかるものか。解剖という言い方は不味かったかもしれないが対組織が丸切り一致しているというわけでもあるまい?」

 確かにその通りではあるのだが、流石に無神経な発言に神経がささくれだった。

「取り敢えず、アラコムさん。野営地で使ってたマントは無いんですか? ワタシはとりあえずお湯とか準備するので」

 そう言うとコウカは地面にさまざまな陣を描き始めた。今のままシロシルと睨み合っていても埒が開かない。そう考え、アラコムも治療に取り掛かった。しかし、検診している最中に傷口はどんどん塞がっていきあっという間に怪我は消えてしまった。

「脅威的な再生能力だな。エムといい勝負だ」

 シロシルがそう呟いているのが聞こえた。


************************


 結局、どう取り扱ったものか。

 ノイスはアラコムの膝枕の上で寝息を立てている『彼女』を見ながらそう考えていた。

 アラコムは『彼女』をウズナと認めているが、だからと言ってハイそうですかとそれを認めるわけにもいかない。ともすれば、ここで何が起きても不思議では無いため、再開した仲間が仲間であるとは限らないと言ったことまで考えられる。なので、そのことを言い出せばキリが無い。

 しかし、『彼女』は異なる。姿が一致せず、今まで邂逅した中で敵対的と認められる行動が多く、そして何よりシロシルやアラコムが協力したところで太刀打ちできないほどの魔術ーーもしかすると魔法かもしれないがーーを使っている。そのため、現状では監視せざるを得ない。

(せめて、対話ができればな)

 そう思わずにはいられなかった。言葉が通じるのはアラコムとのやり取りで分かった。しかし、彼女は現状消耗しており、いつ目を覚ますかわからない。ここにおいていって洞窟内の調査に行けば、逃げられる可能性が高い。かといって小数を見張りに残していっても敵対行動を取られたら一瞬で命を散らすだろう。それに、アラコムには敵対行動を示さなかったが、それが他のものにも同様であると言う保証はない。また、寝ていることをいいことに野営地まで連れていったら他の人々がどう反応するかわからない。最悪、そこで暴れられたらそれで終わりだ。

(結局、全員でここで見張るしかない、か・・・・・・)

 そう結論づけると、ノイスは空を見上げた。

(この件は僥倖か、はたまた不幸の前触れか・・・・・・。いずれわかるか)

 『彼女』が眼を覚ます様子は今のところ見られなかった。長丁場になりそうだ。そう考えると、ノイスは交代で休憩を取るように指示を出した。

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