アムスタス迷宮#61 ウズナ-12
ウズナは自身の額に衝撃が広がった事を意識できないほどの衝撃を感じていた。やっと先ほどから続く『嫌な気配』の原因を捉えた。遥か高みから、ウズナを捉えんとするその瞳。『蜥蜴』が彼方からこちら目掛けて急速に接近してきていた。
まだ距離があるように見えるが、自身が『半端者』となってしまった為だろう。限定的ながら『蜥蜴』の力を振るえるようになってしまった今では、あの距離はとても安全と言える距離ではなく、もはや死地に等しいものだった。アルカの発砲炎に気が付かなければ『蜥蜴』を見つけるのが遅れていたかもしれない。その点に関しては感謝してもいいかも。そう思ったのも束の間、『蜥蜴』の口にマナが集中しているのを認めた。その光景は、あの時のことを思い起こさせるには十分だった。
(火焔攻撃ッ!)
探索隊の方をチラリと見ると彼らは気がついた様子もなくウズナ目掛けて攻撃をしようとしていた。もはや一刻の猶予もない。呼びかけたところで聞く耳を持たないだろう。先程の銃撃がいい例だ。どうすれば助けられるだろうか? 頭を必死に回しながら探索隊の直上に迫り来る『蜥蜴』を見つめていた。『蜥蜴』は今にもその息吹を吐き出そうとしている。それを止めるためにはーー。
(土壇場で全力を試してみようだなんて、下策もいいところですね)
そう自嘲しながらウズナは今まで恐れていた力を解放した。次の瞬間、全身に凄まじい衝撃を感じた。
(これ、は・・・・・・。わたし自身がマナを制御しきれていない・・・・・・。けれど、身体のーーわたしの中の何かで制御されている!)
そう感じた時、探索隊の方に目を向けると、『蜥蜴』は焔を吐く寸前だった。それを認めるとウズナは躊躇うことなく宙を駆け、彼らの上空に達した。
[わたしの身内に手ヲ出スナ!]
無意識のうちに叫んでいた。そして吐き出される焔めがけて両手を突き出し、氷の壁を創造した。
魔法と魔法がぶつかった時の衝撃は想像以上のものだった。互いの魔法が互いの魔法を打ち消そうとしあい、周囲にはそうやって崩壊したマナの奔流が溢れた。直接的な被害は探索隊の方には降り注いでいないだろう。しかし、その余波まで気にする余裕は一切なかった。
(分かっていたこととはいえ、格が違いすぎる・・・・・・ッ!)
純粋なものと紛い物の差だろうか。それともそもそもの生物としての格の違いか。いずれにせよ、ウズナの視界に映る中ではウズナの魔法が徐々に押し切られ始めている様子が見えた。今はまだ魔法を維持するに足る核の部分までは崩壊していないものの、それも時間の問題と考えられた。そうなる前に手を打たなければ。
(どうすれば・・・・・・)
そう考えた時、頭の中に何かが響いてきた。
[貴様、ソウカ。コノ前ノ不遜ナ虫ノ中ニイタナ。力ヲ持チナガラ矮小ナ塵芥ト共二居タトハ]
ソレが何を言っているのかわからなかったが、ただ自分だけでなく彼らも共に馬鹿にされていると言うのは感覚的に察することができた。しかし、見返してやりたくともその方法がない。だがーー。
(恐らく、理由はわからないけれど奴はわたしに執着している。ならばーー)
こちらに狙いを集中させればいい。
そして、防御だけでは埒が開かない。
そう考え、少しずつ魔法を受け流す方向を変えながら、同時に周囲に氷柱を作り出し、打ち出した。
[搦手モ使ウトハ]
理由は不明だが、僅かに攻撃の手が緩んだ。その瞬間を見逃さず、ウズナは自然と大きく息を吸い込んだ。そして、喉の奥ーー胸の中心辺りで取り込んだ息とマナを混ぜ合わせるようにして全力をもって吐き出した。それは『蜥蜴』が吐き出す火焔と手法は同じものだった。ウズナの吐き出した吐息は極寒の吹雪となり、火焔と拮抗した。実際に息を吐き出す必要はなかったが、現状では感覚的に行使できるように呼吸を利用した。そのまま息の続く限り吐き続け、両者の息吹は同時に収束した。
空中でウズナは『蜥蜴』を睨みつけた。正直、とても恐ろしかった。丘の上で遭遇した時、よく観察していたつもりだったが、今こうして解析するとその時の分析がいかに漠然としていたものだったかがよくわかる。
(よくもまぁ。あの時は傷をつけられたものです)
あまりの隔絶とした差にもはや笑いすら出てくるほどだった。しかし、ずっとこうして見ているわけにもいかない。覚悟を決めてウズナは剣を創造した。
[あなたがどのような意図で襲うのか分かりませんが、それならばこちらも全力で抵抗するまでです]
聞こえているのか、理解しているのかは不明だがウズナはそう宣告した。
剣を構え直すと、ウズナは一気に亜音速に加速し、『蜥蜴』に肉薄して一撃を見舞った。
刹那、『蜥蜴』の身体から鮮血が迸った。
地上からは驚愕の声が上がっていたが、対象的にウズナの顔は険しかった。そして剣を蜥蜴に突き刺すと、瞬時に上昇した。次の瞬間、剣は刀身が砕け、爆散した。
(まさか一撃でくだけるなんてーー)
さらに今の攻撃で確信したことがあった。
(丘の上では全力の1ウブ(1%)どころか1ニル(0.1%)も出していませんでしたね)
歯噛みしながら背後を振り返り様子を伺った時だった。ウズナは信じたくない光景が見えた。
(まさか、あの巨体でわたしの全力を楽に追いついてくるなんてーー)
なんて加速性能だ。急旋回して振り切ろうとしても悠々とついてきている。小回りもかなり効くようだった。ウズナは自身の加速に振り回されて気が遠くなりそうだと言うのにも関わらず。
この時、ウズナの速度は優に音速の倍にまで達していた。地上からはウズナは大気との摩擦で体表から炎が吹き出しているようにみえ、それでもなお悠々と追撃している『蜥蜴』に今にも殺されそうに見えていた。
その光景を地上で眺めながらアルカは誰かに指示をされたわけでもなく銃を構えた。そして狙いを定めると、静かに引き金を引いた。




