アムスタス迷宮#5 ウズナ-1
「全く、精鋭揃いと言われている皇国軍第1軍にもあの様な手合いがいるとはな」
「このような事態が起きると考えていたんですか」
兵站隊に絡んでいた兵士を追い払い、一息ついていると皇国軍近衛騎士団特別任務部隊隊長ーーつまり上司であるノイス・ホトーが後ろからやれやれと言った様子でそう呟いた。それを聞いて、後続の部隊の状況からまだ時間に余裕がありそうだと判断したウズナ・アルカゼラディスはかねてから疑問に感じた内容について尋ねた。
今回兵站を任されている部隊長はよくない噂を聞くからちょっと様子を見ていてくれーー。
そのような内容をウズナがノイスから言われたのは四阿を抜けてすぐのことだった。ウズナたち特別任務部隊が先頭で入っていたこともあり、丁度抜けた先が草原だったと言うこともあってノイスは部隊を一時停止させ、隊を再編成すると命令を出して探索隊全体を停止させた。そのまま待っていると件の兵站隊が何故か歩兵隊の前よりさきに入って来ているのが見えた。兵站隊隊長を任された兵士の姿は見えなかったため、先頭を進んできた男に先程の件を伝え、一時待機させるように伝えると兵站隊はやっとゆっくりできるといった様子で荷物を置いて座り始めた。
それにしても兵站隊長はどこに行ったのでしょうか。ウズナは疑問に思いながら兵站隊の様子を見ていると、丁度兵士たちが兵站隊の奴隷に絡もうとしているのが見えた。
「確信があったわけじゃない。ただ、今回この任務に着けられたのは実力じゃなくて政治的駆け引きも含まれていたからな。色々良くない噂を聞く奴も多いんだ」
例えば、今回投入された騎士団でも第2近衛騎士団の連中とか、さっきの第1軍から選抜されてるやつらとかな。
そう言いながらノイスは今後の方針について固めるために老いを感じさせない機敏な動作で他の隊の隊長を探しに行った。
残されたウズナは引き続き兵站隊長を任されたはずの兵士を探していたが見つけることはできなかった。
ウズナ自身は一年程前に皇国軍に入り、半年前に騎士団の一員に加わった。そのような経歴となったのにはウズナ自身の事情と家と皇国の関係が存在する。皇国内においてアルカゼラディス家とは、建国以来脈々と宮廷庭術師を代々離出してきた歴史ある家系であった。ウズナはそこで次代を担う魔力量を持つ者として生まれた。そんなウズナがなぜ騎士団に入ったのかと言えば、たった一つの単純な、そして致命的な問題が存在した。ウズナには剣術の才能は人並み以上に有ったが、魔術の才能が家柄に対して致命的に足りていなかった。
魔術とは単純に言ってしまえば自身が保有する、あるいは空間に存在するマナに働きかけ、自身の望む事象を発言させることに尽きる。魔術を行使するだけならば、才能の如何にも因るが術をを理解し、適切な術式を組みさえずれば空間のマナ、あるいは魔力と呼ばれるものを用いて術は発動する。しかし、最低でも魔術師と名乗るならば様々な種類がある魔術に対し最低でも三つ以上の適性を示さなければならない。
適正とは、種類に対する相性の良さ、とも言い換えることが出来る。適性のあるなしによって魔術行使の難易度は最低でも倍以上、最大だと十倍あるとされている。そのため、古の昔から魔術師たちはひたすら術式を改良したり、呪文を改良してきた。しかし、それでもまだまだ御伽話や神話で語られているような腕一振りで何でもできるといったレベルには程遠いものであった。何なら、まだまだ黎明期と言っても過言ではなかった。現状最高峰の腕前を持つといわれている現アルカゼラディス家当主ーーウズナの父の、最も適性の高い火魔術ですら、手のひら大の火球を作りだし、それを25ラツ(おおよそ45m)先の的にあてるだけで直径2.5ドナヒ(約40cm)の大きさの陣を描き、長い詠唱を必要とする。
ではウズナどうかというと、魔力量に関してはここ数世代の中で最大と謳われるほど膨大な魔力を有していた。現時点でもその全てを破壊に向ければ大国でさえ消えると言われるほどであり、そして今尚もまだまだ総量は増加する一方であった。一方で適性に関してはここ数世代の中で最悪といわれるほどだった。一般的な魔術師見習いが入門のために受けるような試験においては約1.5カラウ(約1m)の大きさの陣で魔術が発動できるか否かを判定するが、その試験においてウズナはいかなる魔術も発動できず全適正なしと判新された。その後色々調べた結果、氷魔術と治癒魔術に関してはわずかに適性が見られたものの、他と比較すればと言う程度であった。一方でウズナは生まれつき魔力がみえたため、自身がなぜ魔術を思うように使えないのかはなんとなくわかっていた。考えられる理由としては既存の術式では彼女の魔力量に陣が耐えきれず、結果として術を破壊してしまっているためだとウズナは考えたいた。かといって慎重に流そうとしても彼女から術へ流れる魔力量がそもそも多すぎて上手くいかなかった。また、術式の改良に乗り出してみても既存の術式は一つの精緻な織物のようであり少しでも手を加えると不発になったりより魔力が暴走してしまったりし、なかなか改善することはできなかった。
しかし、適正がないといわれたウズナを両親はほかの兄弟姉妹たちと区別することなく魔術に関して教えた。そのため、ウズナも一通り魔術の基礎を収めている。そして、適性判断を受けられる上限年齢である15歳のとき、試験を受けてダメだった時も両親も兄弟も、みな口をそろえてウズナはアルカゼラディス家にいていいといってくれた。けれどこの時、ウズナは自分が家にいるだけで肩身を狭く感じていた。今思い返せばだいぶ家族には心配をかけさせたに違いない。けれども当時のウズナは少しでも家族と対等になろうと考えて皇国軍の門をたたいた。
軍に入隊してもアルカゼラディス家の名前は大きく、そしてウズナ自身の噂も広まっていたために偏見の目で見られ、いじめの標的になったこともあった。貴族の中には少しでも自身の地位をあげようと他人を蹴落とす者がいるとは聞いていたが、ウズナが今までそのような標的になったことなど一度もなく、心が折れかけることもあった。
しかし、出自に加えてウズナ自身の訓練成績が優秀である事からあまり表立って攻撃するものは少なくなった。そしてウズナにとってはあまり気分の良いものではなかった基礎課程を終えると、近衛騎士団に配属された。もっとも、近衛騎士団の中でも変わり者で編成されているという特別任務部隊だったが。
ウズナはあまり期待していなかったがその期待はいい意味で裏切られた。そもそも特別任務部隊とは皇族と皇国をいかなる強敵からも守り通すという考えのもと創設された部隊であり、ここに関しては出自に関係なく何かしらの達人が集う部隊であった。土地勘が優れているものや気配を消すのが上手なもの、狙撃の名手など様々な人が揃う中においてウズナは『アルカゼラディス家』ではなく『ウズナ』として扱われた。それに関してもウズナはノイスに以前尋ねたことがあった。
「隊長、なぜ私はここに配属されたのですか?」
「ああ、そりゃ簡単だ。現状皇国軍の中でお前さん以上に魔術に詳しい奴はいないからな。けど勘違いするなよ。俺たちは才を示す人間が欲しい。そこに家は関係ない」
そしてあの日、皇都にあの地揺れが起きた。皇国軍ーーその中でも皇都を管轄する第1軍は貴族が多く、表立っては言われなかったものの、地揺れの原因はウズナの所為ではないかと噂するものが後を絶たなかった。もちろん、誹謗中傷の類であるのはわかり切ってはいたが、辛いものがあった。
皇帝はすぐにあの地揺れとそれに伴ってできた大きな建物に調査隊の面々を派遣するように勅令を発した。そのため、皇都の警邏隊が速やかに内部に赴いた。しかし、調査開始から一週間経っても何の音沙汰もなく過ぎた。そして一月が経つ頃、調査団第二陣が出発したが、彼らもまた帰ってくることはなかった。
そして先日、第3次調査隊の派遣が命じられた。