アムスタス迷宮#4 エム-2
クリムがどこかに行ってしばらくすると、同じ服装をした人が3人やってきてエムたちに一度馬車から降りるように言った。エムも他の人たちもそれにすぐに従い、下車した。同じ服装をした人たちはそれぞれ手分けして馬車の中にあった商品を改め始めた。
「これとこれは必要か」
「目録の作成が済んだら必要なものにはそれぞれ印をつけていけ」
その様なやり取りが行われる中、エムたちは所在なげに立って待っているほかなかった。彼らは手早くクリムが運んできた荷物を改めると、エム達の方を向き、「これをつけておくように」と言って青い紐を渡してきた。持っていても仕方がないため、エムは右腕にその紐を巻いた。
彼らはエム達にまた馬車で待っている様に伝えるとさっさとその場を立ち去った。
少し長い間待つと、今度は兵士が紙を片手にエム達の乗る馬車に近づいてきた。
「・・・・・・ええっと、クリムって商人の馬車は・・・・・・これか。おい、お前ら、お前らは俺たちが買った。だから直ぐに馬車から降りてついてこい」
控えめに言って横柄な態度で兵士はそう告げると、「さっさと降りろグズども」「テメエらみたいに暇じゃねぇんだよ」などと言った暴言を舌打ちを絡めて垂れ流し続けていた。話には聴いていたが、まさか本当に奴隷というだけで見下してくる人間がいたことにエムは内心驚いていた。
兵士に連れられてエムたちは一つの建物に入った。建物の中では、エムたちと同じように奴隷が大勢集められていた。しかし、見渡す限り男が多く、女性はエムが見渡した限り自身を含めて片手で事足りるほどの人数しかいなかった。
兵士から待つように言われて同じ馬車に乗ってきた人たちと角の方にいると、周りからじろじろと見られている気がした。あたりを伺ってみるとそれは気のせいではなく、明らかにエムは注目を浴びていた。聞き耳を立ててみると、エムと同じくらいの年の子どもはいないようで、ただでさえ少ない女性という事に加え子どもという事で目立っているようだった。居心地の悪さを感じ、エムは身を縮こませた。同じ馬車に乗ってきた人たちはそれを察し、視線を切るように立ってくれた。結局集められたはいいものの、特に何か起きたわけでもなく時間が過ぎていった。
動きがあったのは翌朝になってからだった。
「静粛に」
突然前の方からそう声が聞こえてきた。待っているうちに、ここにいる人達を買った人が来た様だった。どんな人がこんなに大勢の奴隷を買ったのだろう。エムは疑問に思い前の方に立つ人物を一目見ようとした。首を伸ばして見てみると、最初見た人とは比べ物にならないくらいに立派な鎧を着た人が一段高いところに立っていた。
「・・・・・・マジかよ」
「どなたか、わかるんですか?」
「確かなことはわからないが・・・・・・。おそらく、あの鎧だと皇国軍の中でも精鋭の選抜部隊か近衛騎士団だ」
エムが尋ねると、近くにいた男は小声で教えてくれた。確かに、あの様な鎧は故郷で税の取り立てに来る兵士ともここで見た一般兵よりも遥かに上質に見えた。
「さて、今から諸君らに与える仕事について説明する。仕事とは、荷運びである。これよりそれぞれに割り当てられた場所に向かい割り当てられた量の荷を担き、その準備が完了し次第示された場所で待っているように。別次示すことがあればその都度指示を出す。以上だ」
正直言っていることの半分近くは後ろにいたこととざわめきで分からなかったが、わたしたちは荷物を言われたとおりに運べばいいらしい。エムはそう判断しそのまま待っていると、前の方からどんどん荷物が割り当てられて裏口から出されているようで、人が少なくなってきた。
エム達が立っていた場所はかなり後ろだったため、順番が来たのは残すところあと数人といった時であった。割り当て場所にいたのは、前で喋っていた様な鎧を着た人ではなく、秋に税の取り立ての時に来る役人のような服を着た人が十人ほどいた。もっとも、彼らの着ている服の方がエムから見ても数段上質なものであったが。
エムはそのまま空いている人のところに案内された。
「次は⋯⋯なんと」
「どうした? ⋯⋯ふーむ、どうしたものか」
エムを見るなり、役人が小さく驚きの声を上げた。それを聞いて隣の人がこちらに目を向けたが、エムを見るなり小さく唸った。役人は手元の紙を上から下まで眺め、考え込んでいるようだった。
「このような齢の娘までいるとは正直思わなかったぞ」
「大抵、子どもで売られたものが皇都まで残ることは稀ですからな。普通は途中の村や町で売られるものだが。ここまで来るとはよほどの高値で売れると踏んだからでしょう」
「しかし、この娘に持たせられる荷物があるのか?」
「軽いものなら、あるいは。しかしそのような荷物が残っているかどうか」
二人は相談しながらエムを見て、手元の紙を見て、といったことを数回繰り返した。時折エムに年や今までの生活について質問してきて、その答えを聞くと別の紙を取り出して先ほどと同じことを繰り返した。そのようなやり取りを五回くらい繰り返した後、手元の紙に何事か書き込んだ。
「おまえの荷物はこれだ。ここを出て右に二つ行ったところにいる人にこれを渡すように」
そう言って紙を手渡され、言われたところに向かうと渡されたのは、葡萄酒や水、薬草、布などが収められた荷物であった。背負うとそれなりにずっしりとした重さがエムの両肩にかかり、さらに肩掛けの荷物が四つもあることを告げられてエムは早くも心が沈んだ。
何とか渡された荷物を全部持つと、役人はエムが向かうべき方向を淡々と告げた。ふらつきながら言われたところに歩を進めると、エムが最後だったようですでに列が作られており、エムに気付いた兵士が怒鳴り声をあげていた。よく見てみると、エム達を馬車から建物まで連れて行った兵士と同じであり、エムが列についたことを確認もせずに、兵士は「前進!」と指示を出した。それを見て慌ててついていくものの、やはり荷物が重くエムは一人列から落伍した状態で追いかけることとなった。
前の人との間隔は開く一方で、それでも追いかけていると突然後ろから押されてエムは転んでしまった。振り返ると、いつの間にかエムは後ろに列を組んでいたらしい兵士達に追いつかれてしまっていた。そのなかでこちらをあの兵士と同じように冷ややかに眺めている一団がおり、どうやら彼らに押されたようだと思われた。なんとか立ち上がろうとして地面でもがくエムを嘲笑い、早く歩けとせっつくようにエムを足で小突いてきたため、起き上がると私エムは自身が出せる精いっぱいの速さで走った。それでもすぐに追いつかれ、エムは度々嫌がらせを受けた。
前の方で列が止まり、やっとの思いでエムは追いつくことができた。正直なところ、その場にへたり込みたい気持ちでいっぱいで息はとうに上がっていた。けれども、後ろの兵士たちを筆頭に周囲から嘲笑われたくない一心で立ち、呼吸を整えた。
そのまましばらく待っていると、前の方からどよめきが上がった。疑問に思い前の様子を伺ってみると、どうやら広場の中にある不思議な建物に列は入って行っているようだった。それにしては随分と進みが遅い。エムは不思議に思い、目を凝らしてみると、光っているみたいで分かり辛いが、どうも一度に入れる人数に制限があるために止まった様だった。
なんにせよ休息がとれたのは幸いだった。エムはそう思いながらゆっくりと列についていった。そしてエムが行く番になったとき、これまた人数の都合から荷運びで入るのはエム1人だけだった。
(ついてない)
そう思いながら荷物を背負いなおし、エムは建物の光の中に歩みを進めた。
一瞬目がくらんだものの、すぐに視界が戻りエムは周りを観察した。建物の中は明るいが、外から見た時の予想と異なり眩しいという程ではなかった。また、外の様子も普通に見ることができた。一方で中心に目を向けると、不思議な紋様が描かれた石柱があった。高さはエムの鳩尾より同じくらいか、少し低い程度に見えた。近づいて行くと、紋様に見えたのはなんらかの文字か記号が連なっているものだとわかった。石柱の上面にそれらは続いていて、そこで一つの大きな模様を描いていた。
(なんだろう、これ……。)
まじまじと眺めていたが、そもそも読み書きが覚束無い自分が見てもあまり意味がないと思い直した。そして外に目を向けると、後続の兵士達が入って来ようと近づいているのが見えた。わざわざあの人達と一緒になる必要もないだろう。そう考えて、先に進もうとしてはたと気づいた。
(先に行った人たちはどこに行ったのかな……?)
ここからは周りが見えるのみで先に入った人たちの姿はどこにもない。じゃあこの石柱に何か仕掛けがあるのでは。そう考えたエムは石柱をとりあえず横に押してみたが、何も起こらなかった。では縦方向にはと考え、上面を両手で触った瞬間、紋様が光だした。そのまま光は強まり、エムはその光に飲み込まれた。
気がついた時、エムは白い場所の中にいた。そこは夢の中にいる様なふわふわした感覚で、まっすぐ立っているような気がしなかった。周囲を見ても前にいた筈の人は見えず、後ろを見てみても人影は見当たらなかった。エムはとりあえず前に進もうと足を踏み出したものの、まっすぐ歩いているのか、はたまた上っているのか下っているのかいまいちわからなかった。全部が当てはまるようでいて、当てはまらないような不思議な感覚の中、それでも恐らく前に進んでいくと、突然足が何かを踏むような感触がした。その瞬間、光に飲み込まれたときのように目がくらんだ。
目を開くと、エムは草原にいた。立っている場所だけ先程の建物と同じ大きさくらいの石畳で整地されているが、そこから先は草原が広がっていた。草の丈はエムのすねほどまでしかなく、そよ風が吹くたびにさらさらと音を立てていた。
さっぱり訳が分からない。先ほどまでこんな場所は近くにはなかったのに。
兎にも角にも、まずは前の人を見つけなければ。そう思い、辺りを見てみると、少し離れたところで整列して座っているのが見えた。
「すみません。これは今何をなさっているのですか?」
エムは近づいてそう尋ねると、列の後ろの方に座っていた男達が口々に答えた。
「ああ、なんでも後ろの兵隊や学者連中を待ってから出発するらしい」
「全員揃うまで待機だとよ」
「荷物も一旦下ろしていいらしいから嬢ちゃんも下ろしたらどうだ」
それらの答えを聞き、エムは列の後ろで肩掛けの荷物を下ろして座る事にした。休めるのはありがたかったが欲を言えば水も欲しい。そう思いながらエムは次の指示が来るのを待った。
後ろの兵士たちがこちらに来た時、またいちゃもんを付けにこようとした。奴らはニヤつきながら罵倒しようとしてきたが、それに気が付いたのか立派な鎧を身につけた女性がすぐに駆け寄って来たため、兵士たちは何も出来ずに舌打ちをして去っていった。