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迷宮探索黎明期  作者: 南風月 庚
アムスタス迷宮編

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アムスタス迷宮#48 ウズナ-7

(今、わたしはどれほど正気を保てているのでしょうか……)

 洞窟の奥深くで、ウズナは膝を抱えて考えていた。

 睡眠と覚醒のサイクルから考えれば、外はすでに20日暗い過ぎていても不思議では無い。その間、ひたすら1人で死ぬでもなく、かと言って生きるでもなく彼女は洞窟の奥にいた。

 何も考えていないと、異形とかした自分のことを思い返し、自分を攻撃したくなってしまう。しかし、生半可な攻撃ではこの異形の体は傷付かず、かと言って傷になるほどの攻撃を加えてもすぐに再生してしまう。さらに悪いことに、再生した場所はその直前と比べて明らかに『蜥蜴』に侵蝕されていた。

 そのため、自らの身体を傷つけることもできずにいた。そんな生活の中で、洞窟の奥に四阿似合ったものと似通った紋様があったのにはありがたかった。そのことについて考えていれば、その間は少なくとも自身の現状について忘れていられる。水分に関しても、洞窟内の別の道を辿った先に地底湖があるのを見つけた。その場所は壁面一体に光る苔が生えており、その空間を幻想的に照らし上げていた。そこには様々な魚が生息しており、周囲には見たこともない草木が生えて、一種の生態系を構築していた。そのため、ウズナは1人でいる分気兼ねなく研究に集中していた。ーー否、集中しようとしていた。


********************


 丘の上を飛び立ってから、ウズナはあてどなくふらふらと彷徨った。現状、変わり果ててしまったこの身体は自分の身体なのに思う様に動かせず、歯痒い思いもした。

 しかしながら、感覚はだいぶ敏感になってしまったようで、特に眼はその傾向が顕著だった。かなり遠くのものにも一瞬で見分けられる様になっていたことにも驚いたが、それ以上に今までは意識しないと見えなかった魔力の流れが普通に見えることに驚いた。

 逆に意識しなければ常に魔力が見えてしまい、まともに物を見るのにも難儀してしまった。その目から見えるこの世界は、マナに満ち溢れている世界だった。

(こんなに世界が色づいていたなんて……)

 陽の光の元で、様々な動植物が生命力に満ち溢れ、存在していた。そして湖を超えたあたりでウズナは一度地上に降り立った。

「さて、どうしましょうか……。わたしの未熟さで兵士を斬ってしまいましたし、この姿では……」

 おそらく話を聞いてもらえないだろう。1番可能性としてあり得るのは問答無用で交戦になってしまうことだ。その場合、ウズナは皇軍を傷つけるつもりはないため、兵士たちに殺されてしまう可能性が高い。そして次に考えられる可能性としては、無抵抗のウズナを捕縛し、見せ物として連れて帰ろうとする可能性だ。どちらにせよ、ウズナが自身のことを訴えても聞く耳を持つ者は小数だろう。下手をすると、『皇国の言葉のような鳴き声を出す生物』扱いどころか、『捕食した人の記憶を語る化け物』として扱われるだろう。

「姉様……」

 気が付けば、今最も近くにいる血縁を求めてしまっていた。もう2度と会えない。会う時は敵同士。そのような想像が過ぎり、胸が重くなる。

「ひとまず、拠点を手に入れなければ。流石に年頃の乙女が裸で野宿というわけにもいきませんしね」

 現実逃避をしたくて、改めて態と自身の現状を口にした瞬間、ウズナは一気に羞恥心が込み上げてきた。

(よくよく考えれば、わたし裸のまま大立ち回りしてたんですね!)

 身体の表面は鎧や手甲などをつけていた部分が鱗に覆われており、側から見れば革鎧でも纏っているかのように見える。しかし、ウズナの心情としては、それらの鱗は肌と同一であり、従って今の状態は何も着ていないに等しく感じられた。

「と、とりあえずローブだけでも……、いえ、布がわりになりそうなものなら……」

 そう言って辺りを見渡すが、周囲には当たり前だが何も無かった。

 こうなれば近くの草から布を作るしか無いのでは?

 そのことを真面目に考えるくらいには追い詰められていた。

 兎にも角にも身体を隠さなければ収まりが悪い。そう考えて近くの草に手を伸ばした瞬間だった。その奥に何やら大きな魔力反応を見てとった。

 後ろに下がって間合いをとると同時に草むらの中から現れたのは、一匹の蜘蛛だった。しかし、その大きさがとてつもなかった。腹の部分はおそらく今のウズナが横になって足を伸ばしてもさらに余裕がありそうなほど大きかった。青みがかった黒色の体毛で全身が覆われていた。

(牙付近に生命力とは異なる魔力反応? 蜘蛛ならば……、毒、かしら)

【コノ程度ナラバ雑魚ダ。襲ワレテモ問題ニモナラナイ】

 今、頭の中に変な考えが湧いたような。そう思った直後、蜘蛛は一気に襲いかかってきた。思考の乱れに気を取られていたウズナはそれに反応することができず、気がついた時には全身に糸を吹き付けられて拘束されていた。

(しまった)

 後悔したときには遅く、すでに視界も半分ほど糸で覆われていた。そして蜘蛛はすぐさまウズナの上にのし掛かると、首筋に牙を打ち込んだ。

「……?」

 確かに、首筋に牙を当てられている感触はする。しかし、牙は全くウズナの肌に刺さっていなかった。それを見てとったのか、蜘蛛はすぐに首筋から牙を離すと、ウズナの顔の上に牙を持ってきた。まさか、と思う間も無く、ウズナの顔に毒液が降り注いだ。

 鼻を毒液が逆流して痛みが走る。顔を背けながらむせていたが、途中で不思議なことに気がついた。今だに毒液はウズナの身体に降り注いでいる。顔を少し粘度が混ざった液体が流れていくせいで目を開けることすらできない。けれども、感じる痛みは鼻の中に逆流してきた時ぐらいで、口の中に入っても、瞼の隙間からわずかに染み込んできても、痛みも何も感じなかった。

(麻痺毒か神経毒の類なのでしょうか?)

【コノ程度ノ毒デワタシヲ倒セルトデモ?】

 再び思考に雑音が入った。ウズナはそう感じたが、一先ず逃げ出すことが先決と考えた。

(魔術式を構築しないと。この場合は……)

【中々ノ獲物ダ。殺シテ食ベテシマエ】

 氷柱を打ち出そう。そう考えた瞬間だった。

 ドスッ、という鈍い音が響いた。見ると、蜘蛛の脳天にウズナの胴体ほどもありそうな太さの氷柱が突き刺さっていた。そして、呆然と眺めているウズナの目の前で次々と空中に氷柱が現れ、蜘蛛を串刺しにしていった。

 コレはわたしがしていることなの?

 ただ茫然と

 目の前の虐殺を

 見てイる

 うチ二

 ウずナノ意識は徐々二溶けテイキーー。

#####################

 それでもまだ生きているらしく、ギチギチと牙を鳴らし、蜘蛛は弱々しい抵抗をしていた。そんな蜘蛛を彼女は左腕で突き飛ばし、立ち上がると左腕を振り下ろした。その腕に引かれるように次々と氷柱が蜘蛛に命中し、次第に静かになった。そして動かなくなった蜘蛛を見ると、彼女は笑みを浮かべながら口を広げた。


************************


 気がつくと、ウズナは草原に立っていた。口元は変に濡れて、先程まで空腹を訴えていたお腹はナニカで満たされていた。全身はいつの間にか白いローブで覆われていた。そして、後ろを振り向くと、そこには食い散らかされた蜘蛛の残骸が残されていた。

 それに気がつくと同時に、ウズナは知らずのうちに悲鳴をあげていた。

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