アムスタス迷宮#45 シロシル-6
「さて、あれが件の洞窟か」
「そのようですね。地図とも一致してます」
騎士2人の声を聞きながらシロシルは手で口元を隠しながら欠伸をした。洞窟探査に当てられた面々は朝空が白み始めた頃に野営地を出立し、洞窟へと歩みを進めていた。
道中はアルカとエムの警戒もあり、特に危険には遭遇しなかったが、その分遠回りとなっていた。結果、野営地から直線距離にして22エリム(約40km)離れているところへ行くのに32エリム(約60km)費やしていた。
この距離を進むのならば普通なら1日がかりを見込まねばならない。しかし、個々の特殊な環境が作用しているのか、日はまだ天頂に達していなかった。
「準備を整えたら中に入るか」
「了解です。それに、中がどうなっているかもわからないので、食事を済ませてからにしましょう」
「その意見には反対です。少なくとも、食事をしっかり取って、仮眠を取ってからの方がいいと思います」
意見がまとまっていく中、コウカが否を突き付けた。
「どう言うことだ。錬金術師」
「えっと、まず、ここの1日は計測した結果皇都の1日と比較すると約2倍になっています。けれど、夜の長さは外とあまり変わっていないんです」
そう言われてシロシルも合点が行った。
「つまり、ここは私たちの数え方で言うと1日は24ルオ(48時間)になっているが夜中の時間は約6ルオで変わらない。日中が18ルオになっているのか」
「はい。厳密に言うと2倍じゃ無いですけど。話を戻すと、私たちは夜の長さが変わらないことからついつい日中も6ルオの感覚で働いてしまっています。しかし、実際には18ルオの時間働いているんです。なので、普段の感覚で動くと、3倍疲れている状態で動くことになります」
「では、探索隊の被害が甚大なのも、野営地に戻るなり戦闘職の方が倒れるように寝るのも……」
「はい、気がついていないだけで、みんな疲れ果てているんです。野営地に残っている人たちーー特に私たちみたいな戦わない人たちは適度に休息をとりながら動いている分まだマシです。けれど、それでも4日ぐらい前からみんな疲労の色が濃くなっています。兵士の方達にとっては言わずもがなです」
そう言われてシロシルもやっとここ二、三日身体を悩ませている不調の原因を知った。通りでここ最近呆けたり欠伸が止まらなかったりしたわけだ。休んでいると思っていても、身体が休めていなかった。
「なぜ、そのことを誰にも伝えなかったのですか」
「わたしも、ここ最近身体に違和感を覚え始めてから計測したからです。それに、探索が始まってから二、三日は怪我人が多かったのは未知の相手なので納得できますが、ここ最近の二、三日怪我人が急増しているんです。しかも、しょうもない理由で怪我をする人が特に。それで気になって色々調べた結果です。昨晩には他の方々にも伝えたはずなのですが……」
そう言うコウカの様子からは嘘をついているようには見えなかった。そして、改めて騎士や同行者の顔を見ると、目の下に隈ができているものや、疲労の色が濃いものが殆どだった。コウカですら時々目を瞬かせている中で、例外的にエムとアルカだけはそういった様子が見られなかった。
「確かに、頭がぼぉっとしている状態で中に入るべきではないな。それに、みんな気がつかないうちに疲れて伝達がうまくいかなかったんだろう。私も今初めて知ったぐらいだし」
シロシルがそういうと、イグムやもう1人も納得した様子だった。
「今からだったら、日の入りまで10ルオくらいはある。しっかり寝てもいいはずだ」
「確かにそうだな……。不寝番はーー」
「……、わたしがやるから、休んでて」
イグムの発言を遮るようにアルカが名乗りをあげた。
「つっても、1ルオずつ交代みたいな感じでーー」
「……そんなふらふらな人に任せられない。寝てても気になって眠れない。コウカ、シロシル、あなたから見て私は不安?」
彼女はこんなに喋る人だっただろうか?
訝しく思ったものの、睡眠不足の頭は回らなかった。
「だが、彼の言う事も一理あるでしょう。この際、8人いることだし警戒を主として二人組を作って1ルオ交代でどうですか?」
学者の1人がそう提案し、その流れで警戒する事になった。食事をとり、学者と騎士の2人が見張りに立ったのをみて、シロシルも眠りに着こうとした。横を見ると、コウカやエムはもう寝息を立て始めていた。その時、偶然アルカが目に入った。
彼女は横にならず、座ったまま顔を俯かせていた。そのため表情はわからなかったが、一つ確信を持って言えることがあった。
ーー彼女はおそらく寝ないだろう。
そう言い切れるほど、今の彼女は張り詰めた気配を感じた。




