アムスタス迷宮#41 イグス-2
夜が明けると、明らかに夜より人数が減っていた。恐らく、帰還できる当てがないと言う絶望感から組織的に逃げ出した隊が生じたのだろう。学者たち非戦闘員は昨晩の『亡霊』や『夜襲』による犠牲者を除き全員が残っていたが、軍や騎士団の中からは少なくない離反者が出ているようだった。その有り様を見ながら、イグスは配給を受け取っていた。
「それにしても、こいつは酷いな」
「そんなこと言ってる場合じゃ無いっすよ、隊長。うちの班からも離反者出てるんですから」
「そうは言っても、お前らは残ってくれたじゃねぇか。抜けてった奴らは、どうせ戻ってくるか野垂れ死ぬだろうよ」
朝食時の話題は離反者についてで持ちきりだった。
「そういえば、小隊長はなんで残ろうって考えたんすか」
そう部下から尋ねられ、イグスの匙が止まった。
何故離反という選択肢を選ばなかったか。
理由は単純だ。
襲われる可能性が少しでも低い方を選ぶ。生き残れそうなのはどちらかを考える。結果、集団としての戦力や持久力を考え、残留する方がメリットがあったからに他ならない。
これがもし、食料もなく水の当てもない。薬も治療ができる人もいないとなったら、一か八かで逃げ出すと言う選択肢もあった。
しかし、現状はまだ不足はしているものの枯渇はしていない。また、今日から本拠地を定め探索に赴くと言う話だ。それならば、まだこちらの方がメリットはある。
それらをどう伝えるべきか。一瞬考え、イグスは答えた。
「そりゃ、お前。地図も持ってねえのにどこに逃げるって言うんだ。水もねえ、食い物もねえ、そんな状態でここから出たところで飢え死にするのが関の山だろ。それに、俺たちはともかく、学者連中を守るという誇りさえ失ったら、外に出られたとして破落戸扱いじゃねえか。お前ら人から後ろ指さされたいか?」
「……確かに、こっちならまだ水や食い物が手に入りますもんね」
「出口を探して出られたところで村八分受けたら生きていけねえしな」
「さすが隊長。はるか先のことまで考えてたんすね」
「……当たり前だろ」
話を盛ったりその場で出任せで喋った部分がある分、素直に受け取りづらかった。
「それにしても、特別任務部隊の奴ら、あんな凄い剣を持ってたなんて狡いですよね。あれさえあればもっと助かった命だって……」
「そう言うな。見たところ一本しかないようだったし、量産はまだ出来ない物なんだろ」
昨晩、1人の騎士が振るっていた『白い剣』は見事なものだった。何故アレが自分の手元にないのか。嫉妬の感情がないとは言い切れなかった。
さらには、兵士たちが手も足も出なかった『亡霊』に対し、魔術師が対抗できていたのも正直なところ腹立たしさを覚えた。兎にも角にも、ずっと戦いの最前線で命を張り続けているのは軍であり、兵士であるにもかかわらず、ぽっと出の奴らが戦果を掻っ攫っていく。正直面白くない。そこをグッと堪えて。イグスは続けた。
「それに、戦いはなんといっても数だ。あんな一人一人は神業を持っている特別任務部隊だって、もう残りは3割くらいしかいないじゃねえか。あんな数じゃとてもじゃないが守れて10人だ。やっぱ、俺たちは必要とされてるんだよ。そう思っとこうや」
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移動中何度か襲われたものの、奴隷と狩人の索敵により迎撃体制を整えられる分楽だった。さらに、一度場所がわかっていると言うこともあり、人数が多いにも関わらず見込んでいた移動時間より早くついた。
「それでは、ここに野営地を設営する。各隊は示された行動にかかれ」
その号令が発せられ、イグスたちは示された場所で見張を始めた。しかし、見張るべき方角は草が生い茂り、何も見えない。
これじゃあ気づいた時には即迎撃しないと無理だな。
イグスはそう考え、部下を呼び寄せた。
「いいかお前ら、ここは草が生い茂り視界が悪い。だから今から草を刈る。丁度俺を入れて8人いるから、2人ずつ休憩、見張り、草刈り、草刈りの直掩で回していこう。目安としては草刈りする者たちが合計で幅4ラツ、見通し6ラツ開いた時点で交代とする。いいか」
「「「了解」」」
指示した手前、自分が休むと言うわけにもいかない。イグスは草刈りに付き添う護衛を始めた。草刈りといえど、何かしら専門の道具があるわけでもない。ひたすら手作業で草を抜いていたらいくら時間があっても足りない。そのため、膝くらいの位置で剣を水平に振り、見通しを確保することにした。
作業を始める前はそれくらいの範囲なら5ウニミくらいで回していけるかと見積もりを立てていたが、すぐにその見積もりが甘いことに気がついた。
「隊長、この草めちゃくちゃ硬いです」
「一本ごとなら普通に斬れますが、束ねて切ると通りません」
「何だと」
実際に試してみると、確かに強靭で、かつしなやかであるため、切ろうとしても途中で刃が止まるか倒れてしまい、一気に水平に剣を振って見通しを確保すると言うのは困難だとわかった。そのため、ちまちまと時間をかけて少しずつ範囲を広げていくほかなかった。結果、交代するまで半ルオかかり、他の者も似たり寄ったりであった。
幸いなことに日が暮れるまで襲われる事はなかったものの、他の正体と交代した時には皆へとへとに疲れ切っていた。
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野営地まで戻ると、そこには目を疑うような光景が広がっていた。地面が整地され、敷物が作られ、天幕も張ってあった。
「なあ、アンタ。どこにこんな資材があったんだ?」
近くを通りかかった兵士に尋ねると、兵士も興奮を隠せない様子で説明してきた。
曰く、錬金術師たちが何やら錬金術を使い始めると同時に、草がなくなって綱や布ができたのだという。それからみるみるうちに地面も整地されていき、天幕が立ち……、と言うことらしい。
「そんなんありかよ……」
そう溢した部下の言葉に、イグスは内心強く同意した。




