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迷宮探索黎明期  作者: 南風月 庚
アムスタス迷宮編

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アムスタス迷宮#40 エム-9

 みんな何でそんなに慌てているのだろう。

 エムは、自身の身体に何が起こっているかを正確に把握しているわけではなかった。けれど、これが自分や周りに害をなすモノでは無いことだけは確信していた。

 つい最近、どこかで感じたような優しい感覚。思い出せないと言うことは、あの四阿の中でのことなのだろうか? そう思いながら、薄く輝いている自身の身体を眺めていた。

「一体、何がどうなったらそうなった」

「様子を見ながら水を飲ませたところ、徐々に光り始めました」

「その水は?」

「これだ」

 辺りではシロシルさんやアラコムさんたちが何か話しながらこちらに近づいてきていた。

「失礼、腕や腹、背中を見せてくれ」

 そう言うと、シロシルは服を捲った。そこには、肌に焼き付いた紋様がうっすらと光っているのが見えた。さらに、その光は常に一定というわけでもなく、エムの脈に合わせて明滅し、まるで脈打っている様だった。

「……この紋様が、件の?」

「ああ……」

 そう言いながらシロシルがゆっくりとその紋様に触れた。その手つきにくすぐったさを覚えたものの、シロシルはそれを気にするでもなく手元の紙と何か見比べていた。

「何かわかったか?」

「おそらく、単に彼女のマナに反応しただけ、だな。少なくともマナの流れに現状乱れはない。それにしても、この光はあなたたちにも見えているんだな?」

 その問いに、ノイスたちは頷いた。

「ああ。こうしてみると、肌が白い分、余計に血管が浮き出ている様にも見えるな」

「……イグム、隊長も。見過ぎ。エム、まだ未成年。嫁入り前。もっと気を使うべき」

「おっと。オレたちは向こうにいるから、何かわかったら教えてくれ。ほら、あんたらも」

 そう言ってノイスは男衆を連れて別の焚き火へ移動した。

「話を戻そう。アルカ、君にはコレは見えているんだな?」

 その問いにアルカはこくりと頷いた。

「失礼します。薬を届けに……って、エムさん大丈夫なんですかそれ!?」

「コウカにも見えている、と。純粋なマナが魔術師以外にも見えているとは」

 薬湯を届けに来てくれたコウカを怖がらせてしまったことに申し訳なく思いながら、エムは大丈夫という気持ちを込めて頷いた。

「マナがこんなふうに見えることってあまり無いですよね」

「そうだな。精々魔力溜まりの上空に稀に出来る極光くらいか。それにしたって自然界の極光とは比べるまでもないが」

 そう言っているうちに、その光は徐々に弱まり、落ち着いた。それでも、エムの中には先ほどまでの温かいナニカが全身を巡っているのがわかった。

 コレがマナと云うものなのでしょう。

 そう考えながら名残惜しく手を見つめていた。

「それにしても、これを見た時に気がつくべきだったな」

 そう言いながらシロシルが一枚の紙を取り出した。その紙の中には、エムの左腕に刻まれた紋様の一部と瓜二つの図が記されていた。

「これは、イグムが拾ってきた剣の中に見られた紋様だ。そしてこっちは丘の上の鏡に刻まれていた紋様。この紋様は分かり辛いかもしれないが、エム、君の右目の下から頬にかけて似た様な紋様がある」

「えっと、どう言うことですか?」

 エムの質問に対し、シロシルは嬉々として語り出そうとし、口を閉じた。

「?」

「……?」

「?」

「先輩、どうしたんですか?」

 その様子を不審に思い、口々に尋ねた。すると、シロシルはコウカとアルカの方を見ながら言った。

「ここにいるのが魔術師だけーーもしくは居たとしてもエムだけなら推論を語った。しかし、君たちの前で語るには根拠も何も不足しすぎている」

「つまり、直感だけで理論がないから話したくない、と。素直にそういうか、前置きを入れればいいじゃ無いですか」

 アラコムが呆れたようにそう言った。それに対し、シロシルは鼻を鳴らすと言った。

「君たちだって直感の内容に理論が不足していると感じたら発表はしないだろう」

「えっと、私は魔術について詳しいわけでは無いのですけど、シロシルさんが言いたいことってつまり、『剣と鏡とエムさんに対する攻撃は、全て同じ理論のもとにある』もしくは『何らかの術式を表したものである』ってことですか?」

 コウカの言った内容に、シロシルは鼻を鳴らして応えた。それは、その推論があっていることの証左に他ならない様だった。

「……?」

 エムにしてみれば理解できない領域に入っていたが。

「えっとですね。例えばこの国では1から10までの数字をこう書きます」

 そう言ってコウカは地面に見慣れた10コの記号を描いた。

「けれど、遠い東のアガクではこの様に書くと言われてます」

 その下に、今度は『癸、壬、辛、庚、己……』と見たことがない記号を書き込んだ。

「もしかして、彼の国の文字が読み書きできるのか?」

「研究に必要だったので、最低限ですけど。話を戻します。私たちは普段こちらで物事を考えています」

 そう言ってコウカは上の数字を示した。

「けれど、ここで使われている数字は下の方だとしたら、同じ内容でも全く私たちにはわからなくなります。けれど、どちらも数字ではあるため、私たちが知っている内容と言う可能性もあります。つまり、エムさんの肌に刻まれている『ソレ』は、ここに住む人の文字の可能性がある、と言うことです」

「えっと、私の身体の模様を調べたら、何か

手がかりが見つかるかもしれないと言うことですか?」

 エムが訊ねると、シロシルが重いため息をつきながら同意した。

「その通りだ。しかし、まだ証拠がない。それに、最も危惧すべきことは『ソレ』自体が何らかの魔術式若しくは魔法陣だった場合だ」

 最悪、解読どころの話ではなくなるぞ。そう呟きながらシロシルが立ち上がった。しかし、そのままぐにゃりと倒れた。それに慌ててコウカとアルカが支えたことで、かろうじて地面への激突は避けられていた。

「ああ、そう言えばもうマナが枯渇していたんだった」

「なので今日はさっさと寝ていてください」

 アラコムが呆れたようにそう言った。その様子を見て、エムはふと、『このポカポカをシロシルに流したらいいのでは?』と考えた。

 そして、シロシルの手を握って体内のソレに働きかけた直後だった。

「え?」

「なんですかこれ?」

「……?」

「なんだこれは。エム、君は一体何をーー」

 エムの紋様が今度は薄い翠色に光はじめ、そしてエムを中心として直径15ラツ程の半球を作り上げていた。

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