アムスタス迷宮#39 アラコム-3/ノイス-7
「ふぅー、やっぱり慣れない事はするものじゃない」
「そもそも何をどうしたら『亡霊』を殴ろうという発想に至ったんですか」
先程の戦闘終了後、アラコムはシロシルに水を飲ませ、診察をしていた。近くでは同じように身体を掴まれ、入り込まれそうになった魔術師が同じ様に診察を受けていた。
その最中、大きく息を吐くとシロシルがこぼした台詞がそれだった。
「いや、マナで撃退ができると分かったら身体に魔力操作でマナを巡らせれば殴れるのでは無いかと考えてね」
「その発想に至った根底を聞いているんです」
「『魔法の剣』が効くなら、魔力も効くのでは無いかと考えただけさ。いずれにせよ、あそこに留まっていても死ぬだけだと思ったし」
それにしても、マナの操作があそこまで集中力を要するものだとは。そう呟きながらシロシルが上体を起こした。しかし、すぐに力が抜けたように倒れた。
確かに、診察した限りではシロシルはの症状は魔力切れによる疲労と筋肉痛と推測された。しかし、アラコムは納得がいかなかった。
「そんなに疲れるものなんですか? 普通に術を行使する時にはそんな感じはしませんけれど」
「普通術を行使するときに激しい運動はしないだろう。それに、あの時私は最終的に全力で魔術を発揮する時に等しいマナの操作を全身に、特に両の拳に対して行なっていた」
サラッと告げられた言葉は恐るべきものだった。シロシルは歌舞いた言動が目立つが、その根幹を支える才能には目を見張るものがある。特に、彼女の全力ともなると、多大な時間と膨大な陣が必要になるとはいえ、単独で一個師団を全滅することができるほどの広範囲魔術を行使することができる。そんな彼女の全力を持って戦っていたとはーー。
「しかし、まだまだ研鑽する余地がありそうだな。いやはや、基本が大事と言うが誰も極めてこないほど基本的な部分に隠れたものがあったとは」
そう言っていると、ノイスたちが近づいてきているのが見えた。そして、その後ろには遠くに遠巻きにしている兵士たちの姿も見えた。
先程まで兵士たちと何か言い合っていたけれど、大丈夫なのかしら。
そう思っているうちにすぐ近くまで来ていた。
「ここ、いいか?」
「ああ、私もこんな姿勢だから気にしないでくれ」
寝転がりながらシロシルが許可を出していた。あの面々ならおそらく暴走しても手綱を抑えてくれるだろう。そう考え、アラコムはエムの様子を見に行くことにした。
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「それで、お前はあの『亡霊』についてどう考えている」
アラコムもいたほうが、シロシルが何か変なことを言った時に止めやすいんだがなぁ。仕方ない、あいつも何か仕事があるのだろう。
アラコムがどこかへ行ってしまったことを少し残念に思いながら、ノイスは質問した。それに対し、シロシルは夜空を見上げ、どこか遠くを見る様にしながら答えた。
「恐らくマナの集合体だ。顔見知りの誰かの姿を撮っているのはそのもののマナを使用しているからか、はたまた擬態しているかのどちらかだろう。そしてマナの集合体なら物理的な攻撃が効かないのにも納得がいく」
「なぜだ」
「マナに対して力を加えるならば、マナを使わないと無理だからだ」
そう言われると、魔術師たちが少しは抵抗できていたことに納得はいった。しかし、とそこで新たな疑問をノイスは感じた。
「確か、万物にマナは宿ると言っていたな。なら、なんで剣では斬れず、兵士には潜りこんでいったんだ?」
「あるだけでは意味がない。君たちだって『剣』を『刃物』と認識していても、それが置かれている時に刃を素手で触っても怪我しないだろ」
「使い方次第ーー否、使いこなせているかいないかの違いか」
その言葉にシロシルは「おそらくな」と応えた。
「しかし、だったら何故イグムの剣ではーー。ああ、そう言うことか」
「隊長、わかったんですか?」
その言葉に頷き、ノイスは推測を話した。
昨晩、シロシルの講釈により、イグムが回収してきた剣は『魔法』によるものだと聞いた。そして、魔法の大本も『マナ』である、と。つまり、理屈は違えどイグムの剣も高濃度のマナの結晶であり、同じマナの存在である『亡霊』に対して効果を発揮できたのではないかーー。
「概ねその解釈で間違いはない。しかし、改めて近くの視座を手に入れると、その剣の恐ろしさがわかるな」
その言葉に真っ先にイグムが反応した。
「どう言うことだよ」
「言葉通りだ。先程アラコムには話したが、先の戦いにおいてわたしは全力を出した。それであっても、わたしが『亡霊』を倒すまでには何十、何百という拳を叩き込んだ。もちろん弱点がわからなかったと言うのもあるが、弱点を特定した上でも心臓を叩き潰すのに10回以上は拳を振るっただろう。アレが拳の衝撃を全部受け止めてくれなかったら私の腕は壊れていた。それより強い攻撃をを、その剣は振るうだけで与えられる」
「……確かに、おれはアンタみたいにマナとか魔術とか詳しくねぇしな」
「ああ、それに、その剣に透けて見える紋様だがーー」
そこでノイスは引っ掛かりを覚えた。
イグムの今使っている剣ーー『蜥蜴人』が使っていた剣に紋様なんてあったか?
イグムの顔を見ると、彼も首を横に振った。もしかしたら見落としているだけかもしれない。そう考え、剣を引き出してもらった。焚き火の明かりに透かしてみても、その剣は薄く輝くだけで中に紋様など見えなかった。ためつすがめつ隅々まで見たが、特にその様な物は見当たらなかった。
「アルカ、何か見えるか?」
「……否。けど、形が変わっているように見える」
「「「形が?」」」
3人の声が重なった。
「どう言うことだ、狩人」
「……それ、私? ともかく、最初見た時、もっと細かった、と思う」
人の部下に適当なあだ名をつけていたことに抗議すべきか悩んだが、それ以上にアルカの証言が気にかかった。
当初と比べ変形する剣、ますます現実の物とは思えない。
「それは確かか」
その言葉にアルカはこくりと頷いた。
「……最初、等身の幅、私の握り拳くらい。今、私の子指の太さの半分くらい、膨らんでいる。と思う。少なくとも、鞘に対してもう少し余裕、あったはず」
「そうだった、か? いや、言われてみれば……」
イグムが自分の武器の状態を把握していないことがわかった。後で説教だな。
そう思いながらもシロシルの様子を見ると、彼女は彼女でメモと見比べながら刀身を透かして見ていた。
「紋様に変化はなし。しかし、確かに言われてみれば……。クソ、わたしの愚か者め。最初に刀身についてもっと調べておけばよかったものを」
「ああ、そうだ。その『紋様』ってなんだ? 見えないんだが」
「嘘だろう? こんなにはっきりと……」
そういった時、アラコムが魔術師を連れながら戻ってきた。見てみると、彼女はエムを背負っている。どうかしたのだろうか?
「お話の途中すみません。シロシル先輩、起きてください。エムの様子がーー」
「どうした?」
「呪いの痕跡が光ってます」
そう言って示されたエムの身体は、夜の闇の中で薄く朱があの不気味な紋様に沿ってに光っている様に見えた。