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迷宮探索黎明期  作者: 南風月 庚
アムスタス迷宮編
38/234

アムスタス迷宮#37 コウカ-2

 その日の夜は昨晩までとは異なり、静けさに包まれていた。それこそ、昨日の夜は『帰ったらどんな風に話そう』とか『生きて帰れる』と言った希望に満ちたやり取りが多かった様に感じられた。けれども、今野営地を包み込んでいるのは『本当に生きて帰れるのだろうか』という、諦観や絶望など負の感情が入り混じったものの様に感じられた。

 実際、隊長から『帰れない』と聞いた時の様子は、どこも荒れていた。その中でコウカは一瞬動揺したものの、どこかでその可能性を考えていたのか、あまり衝撃は受けなかった。けれども、人によっては絶望のあまり体調に食ってかかる人もいればどこかへ走り出そうとしている人もいた。その様な光景はそこかしこで見られ、もはや隊としての行動が成り立つかも怪しかった。

 今、静かになっている理由としては単に食事時で騒ぐ気力も無くなったからだろう。そう考えながらコウカは手早く食事を済ませると、隊長たちに断って、薬師らと近くの森に来ていた。もちろん、護衛というか見張りというかと言う様な立ち位置でアルカともう1人兵士がついてきていたが。

「しっかし、みなさん。態々日が暮れてから森に来る必要なんてあったのかよ」

「えっと、帰れる見込みが薄くなったと言うことは、最悪ここで自活しなければなりません。そう考えると、現状医薬品が全く足りていません。今晩、襲撃がないとは限らないので、少しでも夜が深まる前に医薬品代わりになりそうなものは調達すべきかと思って」

「……不足、どれくらい?」

「逆に、今あるのが胃薬くらいしかないと言ったら深刻さがわかりますか? 昼も調達に動こうとしましたが、許可が降りなかったんです」

 そう言いながら、コウカ達は手分けして草や木の実を片っ端から集め始めた。現状、何が毒で何が薬かわからない以上、博打だと言うのは分かっていた。それでも、私たちが知る薬効成分が含まれているならば、強引に錬金術で抽出は可能だ。それに、そうしなくても薬師が見れば薬草とわかるものがあるかもしれない。その思いでかき集めていた。

 そうして少し経った頃、ある薬師が栗のような木の実に手を伸ばしているのがコウカの視界の隅に入った。その木の実に嫌な予感を覚えて、コウカは声をかけた。

「あの、いくら手袋をしているとはいえ棘のあるものを触ろうとするのは……」

「しかし、採取しないことには安全か危険かもわかりませんよ」

 お互い、相手が何を懸念しているかは十分にわかっている。コウカは喫緊生じうるリスクについて懸念しており、薬師は可能性によって得られるかもしれないリターンに期待している。現状を踏まえれば、余計な危険は犯さない様にするべきだ。現に採取中にも触った瞬間燃え出す草や、慎重に触らなければすぐに弾けてしまい、あまつさえ手袋や服を溶かす汁を内包していた木の実もあった。逆に、明らかに毒キノコのように鮮やかな色彩をしているキノコが、実は人によって色は変わるものの持つと光りだしてランタン代わりになったり、ぱっと見は林檎にしか見えないような樹の葉から麻と似た様な香りがしたりと利用できそうなものもあった。

 お互いに言い合っているうちにアルカが揉めていることを察知して近づいてきた。

「……なら、わたしが落とす。それを回収。だめ?」

「確かに、それなら安全に取れるかもしれませんが……」

 薬師は難色を示したものの、コウカはその案に賛同した。

 樹から10ラツほど離れた位置で待っていると、アルカは弓に矢をつがえず、左手で足元に転がっていた拳大の石を拾った。コウカは、アルカのことだから、てっきり弓で落とすものと思っていたため驚いた。彼女はそのままゆっくり腕をひくと、次の瞬間には目にも止まらぬ速さで石を投げていた。コウカが石が投げたことに気がついたのは、木の枝が大きく揺れ、木の実がついた枝が折れた時だった。

「……す、っごいですね。アルカさん」

「……慣れ。皆、出来る。練習次第」

 なんでも無いかのようにアルカは呟いた。そして、辛うじて木の皮一枚で繋がっていた様な枝は、その重さに耐えきれず、3人の目の前で地面に落ちた。その瞬間、コウカとアルカが同時に叫んだ。

「離れて!」

「……隠れて」

 叫ぶと同時にアルカは近くの木の陰に入り、コウカは外套のフードを被り、後ろを向きながら地面に伏せた。薬師は一瞬混乱した様だが、咄嗟に後ろに飛び退っていた。その直後、コウカの背に何かがバラバラと降ってきた。外套を貫通していないことを確かめて、コウカはゆっくりと立ち上がった。

「あの木の実、地面に触れた瞬間に爆ぜましたね」

「やっぱり、手でもいだ方が良かったんじゃ無いですか?」

「いえ、触った瞬間に爆ぜる可能性もあった事を考えると、これが最善策だと思います」

 そう言いながら慎重に近づいた。木の実は表面の棘が四方八方に飛び散っていた。そのため、今見ると栗には見えず、大きな胡桃か何かの様に見えた。

 ひとまず回収して戻ろうとした時、コウカは何かが高速で近づいてくる足音を聴いた。集団の方を見ると、兵士がこちらに駆け寄ってきているところだった。それをみて、少しは安心しながらコウカは薬師に告げた。

「何かが近づいてきてる音がします」

「本当ですか!?」

「シッ。静かにお願いします。なので、急いでみんなのところに戻りましょう」

「分かりました」

 そう言って駆け出した。すぐに兵士と合流した。

「お前ら何をしている。もう撤収だぞ」

「分かってます。それより、森の奥から何かが来ている様な気配が……」

「なに? わかった。少し様子を見てこよう。お前らはさっさと戻れ」

 そう言われて二人はかけだした。しかし、コウカは嫌な予感が消えず、気になって後ろを振り返った時だった。

 夜の森に銃声の様な破裂音が響いた。

「……え」

 後ろを見ると、彼がお腹を抑えながら崩れ落ちるのが見えた。

 そして、その奥から大きな百足が現れた。

 見ると、尻尾の棘がある場所に不自然に欠けている。

 そのまま百足は痙攣している兵士を頭から食べ始めた。

 バキ、ゴリッ、と嫌な音が響く。

 いつの間にか、彼の頭はなくなっていた。いまだにビクビクとしていた身体も、徐々に反応が弱くなり、そしてだらんと脱力した。

「コウカさん。何しているんですか。早く逃げま、しょ……」

 いつの間にか足が緩んでしまっていたらしい。ともに逃げていたはずの薬師はもう遠くにいた。そして隣に居ないコウカを不自然に思ったのだろう。振り返ってコウカに声をかけ、そこで惨状に気がついた様だった。

「うわああああああ」

 薬師は絶叫しながら走り始めた。その声が響くと、百足は兵士を食べるのをやめて、こちらに尻尾を向けた。

 (来る!)

 そう感じた瞬間、コウカは直感に身を委ねて大きく横に飛んだ。それと同時に再び破裂音がして百足の尻尾から棘が2本発射された。一本は先程までコウカがいた空間の、丁度鳩尾あたりを通過し、もう一本は薬師が偶然つまずいた結果彼の頭上を飛び越えていった。それを確かめる間もなく、コウカは走り始めた。

 命からがら2人は森から出て、集団と合流した。

「……遅い。何かあった?」

「とっても大きい百足が……」

「兵隊が食べられました」

 2人がそう言った瞬間、森から件の百足が現れた。百足はコウカたちを認めると、一瞬追うそぶりを見せたが森から出たことに気がついたのだろう。身を翻して去っていった。

「……殿、わたしがする。撤収、早く」

 アルカがそう指示を出した。その声に皆弾かれる様に行動を開始した。森から四阿まではほんのすぐそこなのにも関わらず、無事に辿り着いた時には皆ホッとしていた。

 さあ薬の調合を。そう思って陣を描こうとした時だった。

「……あれ? おかしいなぁ」

 地面に描いた陣は歪み、崩れた下手くそなものだった。何度描いてもそれは変わらなかった。それを見ていた錬金術師の1人がいった。

「コウカ、もう休め。お前じゃなくても薬の調合はできる。それに、何があったのか知らないが手ぇ震えっぱなしじゃないか」

 そう言われて初めてコウカは自分の手が震えていることに気がついた。それを、どうしても抑えることができなかった。

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