アムスタス迷宮#34 ノイス-6
言われたものをとってくると、すぐに魔術師たちにひったくられ、さらに次々と必要なものが要求された。
(これは……。ある意味エムが荷物ごと抱えて落ちてくれたことがある意味幸いだったか)
要求される医薬品の類が辛うじて存在するのは、ある意味エムとウズナのおかげと言えた。もし、ウズナがそこらに置く様に指示していたら今頃燃え尽きて、今のアルカだけでなく多くの怪我人を救う事はできなかっただろう。また、エムがしっかりと荷物を持っていてくれたお陰で坂から落ちる途中に荷物が離散せずに済んだ。
**********************
そうして言われるものを運ぶこと何度かすぎ、ようやく落ち着いて見てみると、アルカの右肩から指の先まで一本の棒のように布で巻かれていた。また、手のひらのあたりは特に厳重に巻かれており、何も掴む事はできなさそうだった。
「結局、なんだったんだ」
「強力な呪詛です。それこそ、文献でしか見たことがないような」
答えたのは魔術師の1人だった。彼曰く、咄嗟に手を離したことが幸いして表面しか侵食されていなかった。仮に縄が腐り落ちるまで握っていたら今頃右腕は無くなっていた、との事だった。
「とはいえ、解呪には丸一日はかかると見ていいでしょう。一瞬で、しかも咄嗟に躱したのにも関わらずありえないほど強力な呪詛です。それこそ、我々の知る限り最も呪詛の上手なものが全霊をかけた呪詛でも一瞬でここまでの強さを持つかどうか……」
「……そうか。アルカ、調子はどうだ?」
「……手首より先、感覚無し」
「そりゃそうですよ。と言うか、我々が速やかに抗呪、解呪、禊を行わなければ今頃右腕全体真っ黒に染まってますからね」
そう言われても、術に詳しく無い人間からすると何がどう脅威なのかいまいちよくわからない。ただ、彼らの様子から並々ならない恐ろしいものなのは確かだろう。
「『呪い』というのは、他者の持っているマナに干渉して悪影響を及ぼす術全般のものを指します」
あまり理解できていないのを悟ったのだろう。アラコムが静かに説明を始めた。
「マナが一種の生命力、と言う話は昨晩したと思います。通常、このマナは澱みなく全身を巡っている者です。それが何らかの要因で阻害されると機能不全に陥ったり、最悪マナを宿しているものを破壊したりします。古の魔術師たちが病の原因と考えたのはまさにそれで、マナの回りが悪くなった状態だとしました。それを意図的に引き起こそうとするのが『呪い』です」
アルカの腕を摩りながら、アラコムは説明した。近くではシロシルがこちらに興味を示すかと思っていたが、彼女は四阿の方で色々作業をしていた。その代わりと言ってはなんだが、アルカの腕を様々な魔術師たちが触診したり記録にとどめていたりしていた。
「じゃあ、ギムトハのあれはーー」
「アレも、広義で言えば『呪い』になるとは思います。けれど、彼の場合は全身のマナがその場に氷の様に固まっているから、単純な呪いとも異なる気がします」
そして、アラコムは四阿の中を眺めた。その中では先ほどと変わらずエムが脱力し伏せていた。
「あの中は、巧妙に術が展開されている。私たちとは異なる魔術体系だが、何らかの魔術は確実に発動している。それにしてもなぜ私の時は何事もなく、エムの時には作動したんだ?」
お手上げといった様子でシロシルが近づいてきた。その顔は苛立たしげに歪み、頭を乱雑に掻きむしっていた。
「個人差、マナの質、量……。どれをとっても今となっては推論にしかならん。それよりも迂闊だった。せめて呪詛返しの符でも持たせておけばーー、いや、あの濃度だと役に立たんか。それでもーー」
「はい。なんの心得も持たない人が魔術攻撃に、しかもよりによって『呪詛』に対して無防備に晒されるなんてーー」
「……これより、酷い?」
アルカが右腕を振りながらそう言うと、アラコムは深く頷いた。
「最悪の場合、生きる屍です。生命活動は反射ですれども、自発的な行動を起こせない。けれど死んでいるわけでは無い状態になります」
**********************
ここはどこだろう。
さっきまでみんながみえていたのに。
いまはなにもみえない。
まっくらなばしょ。
たっているのか、よこになっているのか。
おきているのか、ゆめのなかなのか。
ゆびさきにはなにもない。
ふみしめるじめんもない。
「……、……。」
「……、……?」
「……!」
「……。……。」
とおくでなにかきこえる。
わたしをヨブコエではない。
シラナイコトバ。
シラナイ旋律。
けれど、それは確かに耳に心地良くてーー。




