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迷宮探索黎明期  作者: 南風月 庚
アムスタス迷宮編
32/234

アムスタス迷宮#31 シロシル-5


「さて、側から見れば魔術も錬金術も陣を描いてぶつぶつ呟いている人にしか見えないわけだが、その内容は全く異なる。わたしはコウカに聞かれたから『魔術』と『魔法』については答えよう。しかし、錬金術は聞きたければコウカに聞きたまえ」

「もちろん、自分は大丈夫です」

「ああ、それで良い」

「……、お願いします」

 三者三様に答えが返ってきた段階でシロシルは話し始めた。

「そもそも、魔術の陣は本来この程度の大きさだった」

「お、これウズナが入り口近くで書いたやつだな。たしか火を起こすやつ」

「おや、知っていたのか。まあいい。今の魔術が複雑になっている理由は単純に、『この陣に何が書いてあるのかがわからない』からだ」

 そう言うと、皆首を傾げた。

「どう言うことですか? 錬金術だったらありえない話なんですけど」

「錬金術の陣は複雑そうに見えて実際は簡単だろう? 言うなれば『AにBと言う物質を加え、C、Dといった工程を経てEと言う物質を作る』と言う内容を書いているだけじゃないか。魔術は逆だ」

「「逆?」ですか?」

 それに頷きながらシロシルは言葉を継いだ。

「ああ、本来なら、これで完結している」

「でも、こんな簡単な陣を使ってる人はいないぞ。あぁ、いや、ここに来た時ウズナが使っていたが。それこそ、アルカゼラディス家の現当主ですら……」

「さっきも言ったろう? 『これに何が書いているのかわからない』と。厳密に言えば、技術の進歩に伴い発展し続けてきた錬金術と異なり、最初から完成形が示されていた魔術は、当時の大衆には理解し難いものだったのだろう。歴史書を紐解けば代々迫害された歴史が見えてくる。アルカゼラディス家とて例外ではない。そのため、失伝してしまっている知識が多いんだ。だから、代々魔術師たちはこれが何をしているのかを解説する文を陣に付け加え始めた。言うなれば『マナ→火球 注:マナを炎に変換』と言った様な具合だ」

「では、そう言うのが繰り返されてきた結果……」

「ああ、複雑化している様に見えて、実際はさっきのエムに対する説明と一緒さ。複雑なものをなんとか自分たちが理解できる範疇に落とし込もうとしているが、そのせいで本質から離れていっている。おそらく数百年、いや数千年前の神話に生きるような魔術師からしてみれば今の魔術師がやっていることは児戯ですら無いだろう」

 そう言って言葉を切った。ああ、そうだ。昔一度だけウズナが魔術を使おうとしていた時のことを思い出す。『魔眼』を持っているとアラコムから聞いてどれほど優れた魔術師なのだろうと思った。しかし、彼女は目の前で陣を崩壊させた。けれど、彼女の陣を分析した時の衝撃は覚えている。

 私たち魔術師が術を起動させる際、陣を刻む場合においてはある意味で陣を水路の様に見立てている。水源、すなわちマナから水路を通り目的地、術の発露へと至る。しかし、彼女の場合はそのマナが多すぎて既存の水路では溢れてしまっている。

 じゃあ、こんな精緻な細い水路ではなく、目的地に最短経路で太い水路を引けたなら……。その時は彼女の今の評価が反転することだろう。そう感じたことを思い出しながらシロシルは口を開いた。

「言うなれば今の魔術は全部文字に起こすと『我らをこの世に生み出し繁栄を許したもうた大いなる神よ。そして三千世界に遍く表れ我らを見守りし天地の使徒、彼等を補佐せし数多の精霊よ。汝らに比べればはるかに矮小なるこの我が身、我が生命が奉り伏してお頼み申す。この世に存在せし数多の魔力、その一雫を我が望むように手を加えさせていただきたい。我が望むは炎。熱く、照し、人に叡智を授けたとされるその奇跡。その奇跡を人の手のひらに収まるほどの大きさとし、眼前の我らの敵を討ち滅ぼさん。その代償として、我が差し出すは我の魔力なり。故に我が魔力を持って、敵に大いなる神の裁きの代行を。かくして形成されし焔は玉となり、空を飛ぶ。その果て、我らが敵を裁くまで』と言う様な感じになる。しかも、これを古語でやるものだからさらにタチが悪い。その上、失伝した部分をのちの人物が補ったりしているせいで文章としても崩壊していたり、同じことを何度も言っていたりする」

「……この形には、戻せない?」

 アルカにそう尋ねられ、シロシルは静かに首を振った。

「今の術は原型からなはれすぎている。さらに発音もこの数百年でだいぶ変わった。正直、どこの文言が術のどこに対応しているかわからなくなっている」

 そして、もう一つ。彼らにとっても辛いかもしれないが言うことがあった。

「そして、今の世においてその研究の第一人者はウズナだったが、彼女の論文は彼女が『魔術師ではない』との理由によって日の目を見る事はなかった。私も彼女の論文は存在しか知らないし、アラコム曰く『完全に解読し、削っても問題なさそうだと特定のはまだ一部分のみ。更に理論上、という註訳込み』といった内容に過ぎないらしい」

「……そうか。だが、アイツの研究内容は残ってるわけだろ? なら復元とかは……」

「それは「それはおそらく難しいです」」

 説明しようとして、コウカと言葉が重なった。

「知っているのか?」

「いえ。ですが、錬金術師ーー特に、新たな法則や理論の研究を行っている者は、その内容を第三者に横取りされたり、悪用されたりしないよう暗号化します。さらに、私自身も様々な学者の方とお話ししましたが、彼らも場合によっては自分の研究内容が横取りされるのを防ぐために、研究中は自分にしかわからない記号や略称を使うことが多いそうです。魔術師がそれをしていても不思議ではありません」

「ああ、さらに付け加えると、迫害されていた頃は自分が死んでも研究が引き継げる様にと魔術師共通の文字や記号が存在した様だが、地位が安定している今、逆にそれを使う理由もなくなり、自身の地位を確固たるものとするため研究競争が激化。結果内容は暗号化される様になった。おそらく本人にそのつもりがなくても、あそこは古くからの名家だ。ウズナは自分の研究内容を無意識に暗号化しているはずだ」

 

**********************


「それで、魔法についてはどうなんだ?」

「魔法はそれこそ、『この世の法則を自身の設定した法則に塗り替える』ことだと思うとしか言いようがない。何より詳細がわからない」

 そういった時、コウカが疑問を口にした。

「でも、丘の上で『魔法なら壊れない』って言ってましたよね。それはどういうーー?」

「ああ、魔法は『大量のマナで、既存の法則と遜色ない別の法則を組み上げること』だと私は認識している。その上で聞いてほしい。この時、魔法を成立させたならその時この世界の法則はどう認識しているのか。わたしは次の二つだと考えている」

 そう言ってシロシルは指を伸ばした。

「一つ、圧倒的な魔力でその魔法が崩壊するまで塗りつぶし続ける。一つ、元の法則が誤認するほど完成された法則を構築する」

「つまり?」

「例えば魔法で剣を作ったとしよう。前者の場合は世界が『これはこの世に存在する剣ではない』としているのを、剣に込められた魔力のみで『ここに存在する』と言い張り続けている様なものだ。破壊すると言うのは、それを否定するためにこちらも圧倒的な力を振り翳さなければならない。一方、後者の場合は世界が『これほどこの世界の法則に沿う素晴らしい出来栄えならば、この世に存在しているに違いない』と勘違いさせる。これを破壊するにしても先と同じ様に、否定するために多大な労力が必要となる」

 そう言って一口水を飲んだのち、シロシルは話を続けた。

「おそらくだが、丘の上の火事の後は前者、一方氷の方は後者かそれに近いものだと考えている」

「どうしてですか?」

「前者は無理やりやっている分崩壊しやすいが、そもそも魔術ですら暴走や崩壊すれば爆発的な被害を与える。それが魔法クラスなら言わずもがな、だ。ただでさえ火球を例にすると魔術ならばマナ1で出来る様なものをマナ100使って同じものを作っている様なものだ。一方で氷の方は荒々しさは感じず、ただ静かに佇む様な印象を受けた。実際のところはわからないが。そして崩壊させる時恐ろしいのは後者だ。自然に崩壊するだけなら後者はそこまで被害を与えないが、無理やり壊すならば前者と比べて崩壊時に内包しているエネルギー量が違う。前者が100から10に減る様な時間で後者なら100から95くらいまでしか減っていないーーと考えている」

 そう言うと、口を閉じた。皆、各々で話の内容を咀嚼している様だった。そして少し時間が過ぎたのち、ノイスが呟いた。

「何れにせよ、遥か強大な未知の生き物が多くいると分かっただけでも収穫だ。明日は引き返せそうなら引き返す。あんたらふたりは寝た方がいいんじゃないか」

 気がつけば、月は頂点に差し掛かろうとしていた。

「ああ」

「そうさせてもらいます。シロシルさん、ありがとうございました」

 

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