アムスタス迷宮#29 エム-7
「まず、エムは『錬金術』、『魔術』、『魔法』についてどのような印象を持っている?」
シロシルにそう問われ、エムは考え込んだ。
「えっと……」
「別に思ったことを口に出してくれればいい。ああ、エム向けの説明とはいえ、君たちも質問、意見があったら構わない。あくまで優先順位はエムの方が高いと言うだけだ」
シロシルが3人を見ながら言っているのを聴き流し、エムは応えた。
「そもそも、わたしは『錬金術』と『魔術』については村に来る行商人の人から聞いた程度しか知りません」
「ふむ。世間で我々がどう認知されているか重要な意見だな」
そこでコウカの顔を少し伺うとエムは続けた。
「それによると、『錬金術師』は物を色々いじって怪しいことをしている人たち」
そこまで言うと、シロシルは苦笑を浮かべ、コウカは心外だとでも言うように口を開いた。
「ちょちょちょ、待ってください、エムさん。あなたは大きく勘違いしています。そもそも私たち錬金術師が目標としているのはこの世の真理を追求することです。この世の理を理解すればーー」
「どうどう、少し落ち着きたまえ。で、その言いぶりだと『魔術師』はどうなる?」
「訳のわからないことをしている怪しい人たち、です。あと、『魔法』は今日初めて聞きました」
そう言うと、シロシルは苦笑いをしながら口を開いた。
「なるほど。確かに私たちがやっていることは訳のわからないことだろう。これからは大きな街だけでなく町や村に赴いてイメージアップを図らないといけないな」
そう言ってひとしきり笑った後、シロシルは説明を始めた。
「まず、『錬金術』についてだが、そもそも錬金術師の目的は『見えるもの、一度起きたことは人の手でも起こせる。それを組み合わせ、突き詰めていけばなんでも人の手でできる様になる』と言うものだ」
そこまでシロシルが言った時、コウカが不満そうな声を上げた。エムにはこれでもよくわかっていないのだが、コウカにしてみれば不満のある説明だったらしい。
「確かにそれはそうですけど、我々の大目標は『真理への到達』であってそれを使いこなしたりとかはーー」
「その議論は後だ。それに今ここでエム相手に『事象の解析』、『理論の構築』、『再現性の確立』や『唯物論』の講釈を始めたところで理解はできないだろう」
彼女は皇国が過去目標としていた『成人までに取得させるべき基礎教養』すら学んでいないんだぞ。
そう言うと、シロシルは再びエムに目を合わせた。
「一方で魔術は、『この世の全てのものにはマナが宿っている。ならば、全てのものはマナを介して操ることができる』と言った様なものだ」
「…………?」
エムは首を傾げた。おそらく先ほどシロシルが言っていた『キョウヨウ』と言うものが無いから、理解ができないのだろう。しかし、首を捻っていたのはノイスやアルカも同じだった。
「あーー、なんだ。つまり『目の前の物質をごちゃごちゃいじる』のが『錬金術』で、『目に見えない何かをごちゃごちゃいじる』のが『魔術』ってことか。でも、さっきの説明だと目指すところは同じじゃないか?」
「ああ、それに関してはエム向けにかなり簡略化した説明だからそうなっただけだ。実情はもう少し入り組んでいる」
しかし、ノイスは自分なりに理解をまとめたようだった。そして、ノイスの言葉にシロシルはそう返していた。
「……それで、『魔法』は?」
「正直、魔術師の中でも伝承の中に存在する伝説扱いだ。詳細はよくわかっていない。だが、数少ない記述に共通しているのを言い換えるとーー、『世界を思うがままに操る』と言うところか」
「「「……」」」
正直、シロシルも頑張ってわかりやすく説明しようとしているのはわかる。しかし、エムにとってはその言っている内容がわからない。どこがわからないのかすらもわかっていない。
エムの持っている知識は生家で育てていた作物の育成から収穫、保存方法と、野山の食べられる植物、危険な動植物程度だ。だからこそ、昨日の『蜥蜴』の襲撃には寸前で気がついたと断言できる。山で熊どころか猪や猿に遭遇した程度でも簡単に死ぬ。生き残るためには周囲の違和感、動物の息遣い、気配に常に気を配る必要があった。
けれど、そう言った知識はこの場においては何の役にも立ちそうになかった。こちらから尋ねておいて失礼だとは思っているものの、何も頭に入ってこなかった。
その様子を見てとったのか、シロシルは少し考え始めた。少しの間、その場には静けさが広がった。風が草を撫で、遥か遠くから鳥の鳴き声が聞こえた。
「先程、エムは私にスープを持ってきただろう?」
「……? ええ、はい」
考えがまとまったのか、シロシルは話し始めた。しかし、それがどう繋がるのかはわからなかった。
「料理人がスープを作る時、どうやって作っているかはわかるかな」
「火を起こして水を沸かします。その間に具となるモノを用意して、お湯になったら火の通りが悪いものから順に入れていきます。具に火が通ったら味をみて、煮詰めるか水を足して完成です」
「……ああ、そうか。すまない。君は北部の開拓村出身と言っていたね。概ねそれで間違っていないがーー」
((((まさかまともな煮込み料理を食べたことがなさそうだとは))))
何か皆からとても気の毒に思われた気がした。
「まあいい。話を続けよう。確かに料理人がスープを調理する時、お湯を沸かして具材を入れ、味を整えたら完成だ。それに対し、『錬金術』は『水』『具材』『熱』さえ用意すれば全く同じものが作れると言っている。しかも、一瞬で、だ」
「えっと」
「図で表すとこうなる」
そう言ってシロシルは地面に絵を描き始めた。
「こっちが料理人の調理過程」
そこには、人が火を起こして鍋を火にかけ、水を入れて、と言った調理の一連の流れが示されていた。
「……案外、絵上手いんだな」
「かわいいです」
「ノイス、コウカ、茶化すのはやめてくれ。それで、コウカ。君ならこの下に『錬金術の絵を描いてくれ』と言われたら何を描く?」
「そうですね……」
そう言って近くの石を拾うと、効果も地面に絵を描き始めた。そこには、火にかけられた鍋に具材と水を入れる図が、白汁が描いた完成部分の絵に両矢印で繋がれていた。
「つまり、料理が(火+水)+(具)+(調味料)→(完成品)となるなら、錬金術は(火、水、具、調味料)⇄(完成品)となる。なにせ、途中で何もなくなっていないだろう? ならば、スープと原料は等しく、そこに何も変わりはないと考えるのが錬金術だ」
「かなり乱暴ですけどね」
そう言われたけれど、エムには納得し難い部分があった。
「でも、これじゃ料理は材料に戻せるともみえます。それに、これで作ったとしても火を通すために時間は同じだけかかるんじゃ無いですか?」
「ふむ。確かにこの図だと分かりづらいな。まあいい。さっきの質問に戻るならば、時間はかからない。と言っても分かりづらいだろう。加減乗除ーー足し算引き算とかの計算はどこまでできる?」
「えっと……。100までの間なら増えたり減ったりの計算はできます」
「なら、上の図においてこの火は1だとしよう」
そう言ってシロシルは小さな丸を書いた。
「そして料理が完成するのに必要な熱ーー火は10だとする」
完成部分に大きな丸を付け加えた。
「料理ならば、時間が積み重なって1が10になる」
調理過程にどんどん丸を書き足していった。そして、丸を10こ描いた。
「一方、錬金術はこの段階で10の熱を与える」
下の図に大きな丸が描かれた。
「こうすれば、火は通るだろう? 実際だったら焦げ付いて終わりだが、とりあえず、そういうものだと思いたまえ」
「そしてもう一つの点ですが、それはーー」
「それに関してはあとでの方がいいだろう。続いて魔術だ」




